珈琲3杯目 (12)深く反省

 わたくしとリュライア様は顔を見合わせました。わたくしはただちに玄関に向かいましたが、いつもは二階の居間から動かないリュライア様もついて来られます。

「久しぶり! って三日くらいしか会ってないだけだけど」

 玄関を開けると、クラウ様がにこにこと立っておられました。わたくしが口を開く前に、背後のリュライア様が生き物とは思えぬほど感情のないお声で尋ねられました。「クラウ。お前は自室謹慎中のはずだが、何故ここにいる?」

「そりゃー、しっかり反省したから。もう今日のお昼には自由の身だったよ」

 リュライア様から発せられる凄絶な殺意に気付かず、クラウ様は無邪気な笑顔で答えられました。「もー自室謹慎とかたまんないからさ。今朝教務室で先生方に、『何も知らない学友を競馬場に誘ったことは軽率でした。しかし我が一族は、馬たちの真剣勝負に感動し、励まされ、人生の糧としてきました。だからその感動を、友達と分かち合いたかったんです』って涙ながらに訴えたら、真摯に反省しているって認められて自室謹慎は解除。やっぱり自由に外に出られるっていいね!」

 わたくしは背後を振り返る勇気がございませんでしたので、おとなしく脇に一歩下がりました。代わりにリュライア様が無音で一歩進み出られます。

「というわけでさ、釈放記念に夕飯はこっちで食べようかなーって思ってさ。あ、リュラ叔母様。僕が来なくって寂しかった? え、何でそんな瞳孔全開みたいな顔してるの? ……って、ちょ、待って! そ、それ<雷霆>の魔法だよね!? 何で僕!? 僕何かしたの!? 反省して謹慎も解いたじゃん!」

「リュライア様、いくら何でも<雷霆>は危険すぎます。せめてもう少し殺傷力の低い魔法を……」

 見かねたわたくしが控えめに申し上げましたが、リュライア様は聞く耳を持たれません。さすがに魔法の発動は思いとどまられたものの、岩をも穿つ鋭い視線をクラウ様に向けられました。

「お前のせいでどれほど大変な目に遭ったか分かっているのか!?」

「え、そうなの?」

「私よりもファルの方が危険で大変な目に遭ったのだぞ」

「ええっ!」途端にクラウ様の態度が、音を立てて豹変いたしました。「ファル、大丈夫だった? ごめんなさい、僕のせいで……」

「わたくしは大丈夫でございます」すがりついて来られたクラウ様の肩を、わたくしは安心させるように撫でて差し上げました。しかし、とわたくしはちらりと横目でリュライア様の憤怒のお顔を捉えて続けます。「どうかリュライア様にお詫びなされますようお願い申し上げます。このままですと、クラウ様がリュライア様の魔法の餌食になってしまわれますから」

「うん……よく分からないけどごめんなさい、叔母様」

「そんな謝り方があるか!」

「リュライア様、どうぞお怒りをお鎮めください」わたくしはクラウ様から離れ、ご主人様の耳元に口を寄せて囁きました。「今回の件も、結局はクラウ様の功績ではございませんか?」

 わたくしの指摘に、リュライア様はぐっと言葉に詰まられました。確かに<障壁>魔法の使い方の件は、クラウ様の悪戯がなければ思いつくことは無かったでしょう。

「……分かった。クラウ、今回のお前の自室謹慎のせいでいろいろ大変な目に遭ったことは特別に許してやる。だが二度とするなよ?」

「はい。自信はないけど、努力します」

「次に同じことがあれば、大変な目に遭うのはファルだ」

「絶対に二度としません」

「ではこのくらいで」リュライア様が新たな怒りを覚える前に、わたくしは言葉を挟みました。「いかがでしょう、夕食はクラウ様もご一緒というのは?」

「なっ……!」リュライア様は絶句されましたが、先ほどわたくしに「何でも言え」とおっしゃられた手前、拒絶はされませんでした。その代わり、クラウ様を睨みながら条件をつけられました。

「いいだろう。その代わり、<障壁>魔法でいろいろな形を作るやり方を教えろ。この間牛乳で白磁のマグを作った、あれだ」

「? うん、別にいいけど……うまく教えられるかなあ」

「わたくしも是非ご教授を賜りたいものです」

「分かった、頑張ってみる」クラウ様は意気揚々とうなずかれました。リュライア様は憮然とした面持ちで、ぱんと手を打ちました。

「決まりだ。私とファルは着替えてくるから、クラウは応接室で待っていろ」

「はーい」

 そして二階への階段を昇りながら、わたくしに顔を寄せてささやかれました。「クラウから<障壁>のコツを聞き出すには、結果的にこれが一番良かったな」

「まことに。失礼ながら、リュライア様が教えてくれとお頼みしても、素直に応じていただけたかどうかは自信がございませんので」

「まったくだ。すまんが、あの馬鹿をおだてて魔法の秘訣を聞き出す役、頼んだぞ」

 ご主人様のお頼みに、わたくしはいつもの笑顔でお答えいたしました。

「心得ております。万事、このファルナミアンにおまかせあれ」

                               珈琲3杯目 了

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