珈琲3杯目 猫と執事と自室謹慎(3)

「……なあ、ファル。私は夢でも見ているのか?」

 夕方にわたくしが戻ってほどなく、スティア号から届けられた書状を何度も読み返されていたリュライア様は、信じられないといった表情お顔を上げられました。いつもの執事の服装に着替えていたわたくしは、達成感を表に出さぬよう努めつつ、おごそかにお伝えいたしました。「いいえ、夢ではございません」

 リュライア様のお顔が、安堵のあまりふにゃりと緩みました。そしてすぐに表情を引き締めると、わたくしと歓喜を分かち合おうと勝ち誇った叫びをあげられました。

「見ろ! マーファ姉様は帝都に戻られたぞ! 助かったのだ!」

 わたくしは深い笑みで応じながら、リュライア様が差し出されたマーファリス様の書状を拝読いたしました。

<親愛なる私の妹、リュライアへ

 本当にごめんなさい。どうしても帝都に戻らなければならない急用ができてしまったの。今日そちらでクラウと一緒にお話をする件は、また今度。必ず埋め合わせするので、どうか身勝手な姉を許してね。それと、クラウに愛していると伝えておいて。ファルにも、いろいろ準備が無駄になってしまったことを心から詫びていると言っておいてください。

                  取り急ぎ。あなたの姉、マーファリスより>

「これで安心して眠れるな」

 わたくしが書状をお返しすると、リュライア様は目を閉じて、満足そうに椅子に背をもたせかけました。それでは、とわたくしが珈琲をお淹れするために下がろうといたしますと、リュライア様は「待て」と目を開けられました。

「まさかどんな手を使ったのか、秘密にするつもりではないだろうな? ずっと気になって仕方がないのだ……さっきは安心して眠れると言ったが、どうやったか聞かねば気になって眠れん。今夜寝かさない気か?」

「お話するほどのことではございませんが、お望みとあれば」

「頼む。座って話してくれ」

 リュライア様は目を輝かせ、わたくしが向かいの椅子に座るのを待ちかねたように話し始められました。

「姉上にクラウの謹慎の件を知られぬための方法については、昨日もいろいろ考えた。クラウを学院から引っ張り出す、クラウの身代わりを立てる、姉上を足止めする……どれも考えただけで無駄だという結論に達したが、それでもお前はやってのけたな」

「おそれいります」

「姉上の書状だと、帝都に戻らなければならない急用ができたということだが」リュライア様は言葉を切って、少し考え込まれました。「娘と会う機会よりも重要な要件とは何だ?」

「それでは、最初からご説明いたします」

 わたくしは椅子の上で背筋を伸ばし、まっすぐリュライア様の目を見つめました。

「おっしゃるとおり、昨日さまざまな方法を検討いたしましたが、いずれも不可でございました。しかしながらわたくしは、最後に検討した『マーファリス様を足止めする方法』が、最も有用ではないかと考えたのでございます」

「確かにな。姉上は多忙だ、面会の時間も市長との会見が終わった後の一時間しか取れない……その一時間さえどうにかできれば、時間切れで姉上は帝都に戻らざるを得なくなるわけだが」

「はい。しかし、生半可なことではマーファリス様の強固な御意思――激務の合間を縫ってでも、久しぶりにクラウ様とリュライア様にお会いしたいというお気持ちを曲げることはできません」わたくしはふっと肩の力を緩めて、リュライア様に優しく申し上げました。「そこで注目いたしましたのが、マーファリス様の現在のお仕事でございます」

「あのヘルドレンス攻囲戦の件か? ザンドリンドが要塞の門を破壊するのに使った魔法を調査するという、あれのことだな?」

 その問いにわたくしがはっきりとうなずきますと、リュライア様はちょっと首を傾げられました。

「確かにあの任務は帝国にとって重要だからな。身内のことよりも優先するだろうが……」そこまでおっしゃられてから、急に愕然とした表情になられまして、「まさか、解決の手がかりを姉上に教えたのか!? お前が!?」

「まことに僭越とは思いましたが、他に方法が思いつきませんで」わたくしは弁明するように申し上げましたが、リュライア様は激しく手を振り、椅子から腰を浮かせてお尋ねになられました。

「確かにあの件を解決できるなら、一時間の足止めどころか、我々を放って帝都に戻るだろう。だがよほど説得力のある答えでなければ、姉上は動かんぞ」そして、わたくしに食ってかかる勢いで続けられました。「教えてくれ、ファル。ザンドリンドの奴らは、どんな魔法でヘルドレンスの城門を突破したのだ?」

「はい。彼らが使用したのは、<障壁>の魔法と推察いたしました」

 わたくしはリュライア様の興奮にも怖気づくことなく答えましたが、リュライア様は目を丸くして身を乗り出されました。

「な、何?」そのまま数回目をしばたたかせてから、上ずった声をあげられました。「<障壁>はあらゆる打撃衝撃を遮断する、基本中の基本の防御魔法だぞ? 攻撃する側のザンドリンドが、何から身を守るというのだ?」

「火薬の爆発からでございます」

 わたくしがよどみなく申し上げますと、リュライア様はそのまま固まってしまわれました。そのお顔は、どういうことだ、とわたくしに問うておられます。

「要塞の門を攻撃していたのは、大砲でございます」わたくしは淡々とご説明を続けました。「大砲の弾は、砲身の薬室に詰めた発射用の火薬が爆発することで打ち出されます。当然、発射薬の量が多ければ多いほど放たれる砲弾の威力も増しますが、しかしあまりにも大量の火薬を詰めて爆発させますと、砲身が耐えられません」

 硬直されていたリュライア様のお顔の表情筋が、わずかに動かれました。わたくしはゆっくりと先を続けます。「それならば、何かで砲身を強化すればよいのではないでしょうか?」

 別に劇的効果を狙ったわけではございませんが、リュライア様の反応はまさしく熱狂そのものでございました。

「砲の中を<障壁>で覆って強化したのか!」

「この答えに至る手がかりをくださったのは、クラウ様でございます」リュライア様の昂ぶりをお鎮めするように、わたくしは静かに付け加えました。「以前クラウ様が、<障壁>の魔法でマグカップの型を作ったことを覚えておいででしょうか? 確かに<障壁>は、曲線を形作ることも可能です――誰も試みないだけでございます。もしザンドリンド軍の魔導士の中に、クラウ様のような自由な発想の持ち主がいたとしたら、いかがでございましょうか? 大砲の砲身の内側を円筒状の<障壁>で保護し、点火用の火門だけ開けておけば、発射薬を大量に使用しても砲身は痛みません。そうして威力を向上させた大砲で城門を集中的に砲撃すれば、いかに堅固な門といえども耐えられますまい。それに魔法を使っているのは大砲だけですから、城門を覆うラステリウムも意味をなしません」

「ふふん、あの馬鹿と同じ頭の構造の輩がいるなら、ザンドリンド軍は帝国の敵ではないな」

 リュライア様はそうおっしゃられてから、急にすとんと椅子に腰を落としました。

「しかし、私はともかく、姉上が気づかなったとは……」

「優秀な魔導士ほど、お気づきになられないかと存じます。魔導士の皆さまは、<障壁>は自分の身を守るために壁のように展開するものと思っておいでですから。かく申すわたくしも、クラウ様の“実演”がなければ、思い至らなかったでしょう」

 リュライア様はしばらく無言で椅子にもたれかかっておられましたが、やおら背を起こすと、少々戸惑い気味にお尋ねになられました。

「確かにこの考えを伝えれば、姉上は帝都に飛んで帰って実証しようとされるだろう。だが、お前のあの格好……商家の婦人に変装したこととはどう関係するのだ? それと、市長の猫は結局どんな役割を果たしたのだ?」

「わたくしの考えを、マーファリス様にお伝えするために必要でした」わたくしはリュライア様の目を見つめ返しました。「わたくしが直接、手紙か何かで<障壁>の件をお知らせすることは容易でしたでしょう。しかしながらその場合、いささか不都合な事態が出来しゅったいいたします」

「不都合?」

「はい。もしわたくしの考えが当たっていた場合、マーファリス様がわたくしを副官に欲する可能性が極めて高くなります」

 リュライア様が非難と悲鳴を同時にあげたようなうめき声を発されました。元々マーファリス様は、このわたくしめをご自身の副官にされたがっておいでございまして、リュライア様はお断りするのに非常に苦労をされておいででした。ここしばらくはそうした動きはございませんでしたが、もし帝国の重要任務の手がかりを見つけ出したとなりますと、再び欲望に火が付くおそれがございます。

「だめだ、絶対にお前はやらん。たとえマーファ姉様にでもだ」

「わたくしもリュライア様のおそばを離れとうございません」

「だが……別にお前の手柄を横取りするわけではないが、<障壁>の件は私の思い付きだと言ってはどうなのだ?」

「その場合は、リュライア様が帝国白薔薇勲功章の授賞式にご出席されることになるでしょう。マーファリス様からの御推薦があれば、皇帝陛下直々に帝国黄金騎士武烈軍功大勲章を授与されるやもしれません」

 恐怖にかられたリュライア様は、音を立てて首を横に振られました。「それも絶対に嫌だ。宮廷に参内するなぞ拷問ではないか……だからといって、匿名の手紙というわけにもいくまい。姉上なら、普通に破り捨てて終わりだろうからな」

「はい。そこで、いささか手間のかかる方法を使いました。わたくしが直接マーファリス様に申し上げられないのであれば、他の方の口から伝えていただこうかと思料いたしまして」

「なるほど、それで市長ということか」

 リュライア様はようやく話がつながったと安堵のため息を漏らされました。

「分かったぞ。市長の猫を誘拐したのは、市長に面会するためだな」

「ロシャム嬢は誘拐ではなく合意の上での散歩のお誘いです。それはともかく、猫好きのクラニアル市長が愛猫の不在に気づけば、翌日は仕事どころではなくなります。気もそぞろで執務しているところに、猫を保護したというご婦人が参られていますと告げられたら?」

「婦人の素性もろくに詮索せずに、直ちに面会に応じるだろうな」リュライア様は面白そうに目を細められました。「そうか。お前がリュライア・スノートの使いと言えば市長はすんなり会ってくれるだろう。だがそれでは、直後の姉上の訪問の時に、必ず話題になってしまう……さっきも言ったとおり、我々の存在は絶対に隠さねばならんからな」

「はい。実際、市長はわたくしの素性もろくに確認せずに応接室で会ってくださいました――会いたかったのはわたくしではなくロシャム嬢でしたから」わたくしはその時の様子を思い出して、かすかに頬を緩めました。「市長は猫を抱き留めるや、わたくしの視線も気にせず再会を喜んでいらっしゃいました。わたくしは自分の素性を語らぬよう、ほとんど一方的に猫を保護した時の状況から昨夜の様子をまくし立てましたが、市長はうれし気にうなずくばかりでございました」

「あの市長の狂態も見てみたかったが、それよりおしゃべりな婦人になりすましたお前も見てみたかったぞ」

 リュライア様はにやりと微笑まれました。わたくしも思わず釣り込まれて笑い合います。

「最大の懸念は、肝心の<障壁>魔法についていつ切り出すかでございましたが、その問題はロシャム嬢が解決してくださいました。話の途中になったら、わたくしの方にすり寄ってくるようにお願いしておいたのです」

「すっかり手なずけたのだな、この女たらしめ」リュライア様の口調は楽し気でしたが、琥珀色の瞳の奥に少々不穏な気配が見えましたので、わたくしは急いで先を続けました。ロシャム嬢を、わたくしの猫形態時の得意技「絶技・ぺろぺろ毛づくろい」で篭絡したことが発覚したら、リュライア様は控えめに言っても良い心地はされませんでしょう。

「市長の腕から飛び出したロシャム嬢は、わたくしの足元で甘える仕草をされました。そこでわたくしが市長に説明したのです。お預かりしている間、ちょっとした魔法を使って遊んで差し上げたのです、と」

「それが<障壁>か?」

「はい。市長の前で実演いたしましたが――」わたくしは立ち上がりますと、軽く目を閉じて意識を集中させました。「――このとおり、円筒状の<障壁>を作ってお見せしたのです。その上で、『狭いところを好む猫にとって、格好の遊び場になります。こちらのお嬢さんは、一晩中この筒に出たり入ったりして遊んでいたのです』と申し上げました」

 わたくしは、魔法で作り出した半透明の円筒を、恭しくリュライア様に差し出しました。リュライア様はコツコツと指先でそれを弾き、金属のような感触を確かめて机の上に置かれました。「実に見事だ、ファル。クラウの阿呆な悪戯から、こんな芸当をやってみせるとはな。今度コツを教えてくれ」

「それはもちろんよろしゅうございますが、わたくしよりもクラウ様に教えていただく方がよろしいかと。ところで市長の方は、すっかり目を奪われたようでした。そこでわたくしが申し上げたのです――こういう<障壁>の使い方も便利でございますでしょう? 南の方の魔導士から教わりましたの。でもザンドリンドあたりがこんな魔法の使い方を知ったら不安ですわ。だって<障壁>は火薬の爆発も防ぐのでしょう? <障壁>で作った筒で大砲なんて作ったら……あらいけませんわ、もう四時になりますのね。もう帰らなくては」

「そして謎の美女を見送った市長は、“南への鉄槌”マーファリス・クロリスと対峙する。ひととおりの挨拶の交換が終わった後はおそらく間がもたない。帝国やこの街の現状について気軽に話せる雰囲気でもないし、何か話題はないかと考える。そうだ、相手は魔法使いだ。さっきの御婦人から聞いた<障壁>魔法の使い方なんて、気の利いたネタではないか?」

 リュライア様は、感に堪えないといったご様子で首を振りました。「おそらく姉上は、すぐに理解されただろう。猫の遊び道具ではなく、大砲の強化に<障壁>が使われる可能性のことをな。ザンドリンドの連中が本当に<障壁>魔法で砲撃力を強化したのか。そもそもそんな<障壁>魔法の使い方は可能なのか。おそらく市長との面会も途中で切り上げたに違いない」

「市長がこの話題に触れないという可能性もございましたが、どうやら賭けに勝ちましたようで」

 わたくしは机の上に置かれたマーファリス様の書状に視線を落としました。ご家族の再会を邪魔する結果となってしまったことは残念ですが、今回ばかりは再会していた方が残念なことになっていたのですから仕方ありません。

「ともかく姉上は今頃帝都に向かわれている。おそらく半年後には勲章を授与されているだろう」

「まだお気が早いかと。そもそもわたくしの予想が外れているやもしれません」

「それはおいおい判明するだろう。帝国諜報局は、何を調べればよいか分かっていれば期待に違わぬ働きをする。ザンドリンドの魔導士と、大砲の研究を結びつける線でたどれば裏は取れるはずだ……もし違っていたとしても、悪いのは『クラニアル市長に情報を吹き込んだ謎の美女』だ。そんな奴は探しようもあるまい」

 皮肉な笑みを浮かべたリュライア様が立ち上がりました。「だが、私はお前の考えが正しいと思う。姉上もそう感じたからこそ、クラウと会う機会を蹴ってまで帝都に戻ったのだ。よくやったぞ、ファル」

「ありがとうございます」わたくしは一礼し、「では、珈琲をお淹れいたします」

「それよりも、お前に何か礼をしなければなるまいな」

「わたくしはお勤めを果たしただけでございます。礼などと……」

 リュライア様が腕を組まれながら、静かにわたくしの方に歩み寄られました。「今回は命拾いしたのだ。何でも言え、何が欲しい?」

 その真剣なまなざしに、わたくしは態度を改め、分かりましたとうなずきました。

「それでは今夜、外で夕食をご一緒にいかがでしょうか」

「そんなことでいいのか?」

 わたくしの申し出に、リュライア様はいささか拍子抜けされたようでございましたので、わたくしは、ただし、と釘を刺させていただきました。

「お礼とおっしゃるからには遠慮はいたしません。二区の『ポルシート』は、予約せずとも素晴らしい料理を供すると伺っております。秋は鴨肉、今の季節なら鹿肉が絶品だそうで、赤葡萄酒との相性も抜群だとか」

「なるほど、遠慮がないな」リュライア様は苦笑されながらうなずかれました。「我々には少し高級すぎる店だが、いいだろう。行こうか」

 と、リュライア様がお着換えのために寝室に向かおうとされた時でございます。玄関から、聞き覚えのある声が聞こえてまいりました。

「こんちはー! いや、こんばんはかな?」

 わたくしとリュライア様は顔を見合わせました。わたくしはただちに玄関に向かいましたが、いつもは二階の居間から動かないリュライア様もついて来られます。

「久しぶり! って三日くらいしか会ってないだけだけど」

 玄関を開けると、クラウ様がにこにこと立っておられました。わたくしが口を開く前に、背後のリュライア様が生き物とは思えぬほど感情のないお声で尋ねられました。「クラウ。お前は自室謹慎中のはずだが、何故ここにいる?」

「そりゃー、しっかり反省したから。もう今日のお昼には自由の身だったよ」

 リュライア様から発せられる凄絶な殺意に気付かず、クラウ様は無邪気な笑顔で答えられました。「もー自室謹慎とかたまんないからさ。今朝教務室で先生方に、『何も知らない学友を競馬場に誘ったことは軽率でした。しかし我が一族は、馬たちの真剣勝負に感動し、励まされ、人生の糧としてきました。だからその感動を、友達と分かち合いたかったんです』って涙ながらに訴えたら、真摯に反省しているって認められて自室謹慎は解除。やっぱり自由に外に出られるっていいね!」

 わたくしは背後を振り返る勇気がございませんでしたので、おとなしく脇に一歩下がりました。代わりにリュライア様が無音で一歩進み出られます。

「というわけでさ、釈放記念に夕飯はこっちで食べようかなーって思ってさ。あ、リュラ叔母様。僕が来なくって寂しかった? え、何でそんな瞳孔全開みたいな顔してるの? ……って、ちょ、待って! そ、それ<雷霆>の魔法だよね!? 何で僕!? 僕何かしたの!? 反省して謹慎も解いたじゃん!」

「リュライア様、いくら何でも<雷霆>は危険すぎます。せめてもう少し殺傷力の低い魔法を……」

 見かねたわたくしが控えめに申し上げましたが、リュライア様は聞く耳を持たれません。さすがに魔法の発動は思いとどまられたものの、岩をも穿つ鋭い視線をクラウ様に向けられました。

「お前のせいでどれほど大変な目に遭ったか分かっているのか!?」

「え、そうなの?」

「私よりもファルの方が危険で大変な目に遭ったのだぞ」

「ええっ!」途端にクラウ様の態度が、音を立てて豹変いたしました。「ファル、大丈夫だった? ごめんなさい、僕のせいで……」

「わたくしは大丈夫でございます」すがりついて来られたクラウ様の肩を、わたくしは安心させるように撫でて差し上げました。しかし、とわたくしはちらりと横目でリュライア様の憤怒のお顔を捉えて続けます。「どうかリュライア様にお詫びなされますようお願い申し上げます。このままですと、クラウ様がリュライア様の魔法の餌食になってしまわれますから」

「うん……よく分からないけどごめんなさい、叔母様」

「そんな謝り方があるか!」

「リュライア様、どうぞお怒りをお鎮めください」わたくしはクラウ様から離れ、ご主人様の耳元に口を寄せて囁きました。「今回の件も、結局はクラウ様の功績ではございませんか?」

 わたくしの指摘に、リュライア様はぐっと言葉に詰まられました。確かに<障壁>魔法の使い方の件は、クラウ様の悪戯がなければ思いつくことは無かったでしょう。

「……分かった。クラウ、今回のお前の自室謹慎のせいでいろいろ大変な目に遭ったことは特別に許してやる。だが二度とするなよ?」

「はい。自信はないけど、努力します」

「次に同じことがあれば、大変な目に遭うのはファルだ」

「絶対に二度としません」

「ではこのくらいで」リュライア様が新たな怒りを覚える前に、わたくしは言葉を挟みました。「いかがでしょう、夕食はクラウ様もご一緒というのは?」

「なっ……!」リュライア様は絶句されましたが、先ほどわたくしに「何でも言え」とおっしゃられた手前、拒絶はされませんでした。その代わり、クラウ様を睨みながら条件をつけられました。

「いいだろう。その代わり、<障壁>魔法でいろいろな形を作るやり方を教えろ。この間牛乳で白磁のマグを作った、あれだ」

「? うん、別にいいけど……うまく教えられるかなあ」

「わたくしも是非ご教授を賜りたいものです」

「分かった、頑張ってみる」クラウ様は意気揚々とうなずかれました。リュライア様は憮然とした面持ちで、ぱんと手を打ちました。

「決まりだ。私とファルは着替えてくるから、クラウは応接室で待っていろ」

「はーい」

 そして二階への階段を昇りながら、わたくしに顔を寄せてささやかれました。「クラウから<障壁>のコツを聞き出すには、結果的にこれが一番良かったな」

「まことに。失礼ながら、リュライア様が教えてくれとお頼みしても、素直に応じていただけたかどうかは自信がございませんので」

「まったくだ。すまんが、あの馬鹿をおだてて魔法の秘訣を聞き出す役、頼んだぞ」

 ご主人様のお頼みに、わたくしはいつもの笑顔でお答えいたしました。

「心得ております。万事、このファルナミアンにおまかせあれ」

                               珈琲3杯目 了

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執事たる者甘すぎず、使い魔たる者猫すぎず 倉馬 あおい @KurabeAoi

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