珈琲3杯目 (11)報酬
わたくしは、魔法で作り出した半透明の円筒を、恭しくリュライア様に差し出しました。リュライア様はコツコツと指先でそれを弾き、金属のような感触を確かめて机の上に置かれました。「実に見事だ、ファル。クラウの阿呆な悪戯から、こんな芸当をやってみせるとはな。今度コツを教えてくれ」
「それはもちろんよろしゅうございますが、わたくしよりもクラウ様に教えていただく方がよろしいかと。ところで市長の方は、すっかり目を奪われたようでした。そこでわたくしが申し上げたのです――こういう<障壁>の使い方も便利でございますでしょう? 南の方の魔導士から教わりましたの。でもザンドリンドあたりがこんな魔法の使い方を知ったら不安ですわ。だって<障壁>は火薬の爆発も防ぐのでしょう? <障壁>で作った筒で大砲なんて作ったら……あらいけませんわ、もう四時になりますのね。もう帰らなくては」
「そして謎の美女を見送った市長は、“南への鉄槌”マーファリス・クロリスと対峙する。ひととおりの挨拶の交換が終わった後はおそらく間がもたない。帝国やこの街の現状について気軽に話せる雰囲気でもないし、何か話題はないかと考える。そうだ、相手は魔法使いだ。さっきの御婦人から聞いた<障壁>魔法の使い方なんて、気の利いたネタではないか?」
リュライア様は、感に堪えないといったご様子で首を振りました。「おそらく姉上は、すぐに理解されただろう。猫の遊び道具ではなく、大砲の強化に<障壁>が使われる可能性のことをな。ザンドリンドの連中が本当に<障壁>魔法で砲撃力を強化したのか。そもそもそんな<障壁>魔法の使い方は可能なのか。おそらく市長との面会も途中で切り上げたに違いない」
「市長がこの話題に触れないという可能性もございましたが、どうやら賭けに勝ちましたようで」
わたくしは机の上に置かれたマーファリス様の書状に視線を落としました。ご家族の再会を邪魔する結果となってしまったことは残念ですが、今回ばかりは再会していた方が残念なことになっていたのですから仕方ありません。
「ともかく姉上は今頃帝都に向かわれている。おそらく半年後には勲章を授与されているだろう」
「まだお気が早いかと。そもそもわたくしの予想が外れているやもしれません」
「それはおいおい判明するだろう。帝国諜報局は、何を調べればよいか分かっていれば期待に違わぬ働きをする。ザンドリンドの魔導士と、大砲の研究を結びつける線でたどれば裏は取れるはずだ……もし違っていたとしても、悪いのは『クラニアル市長に情報を吹き込んだ謎の美女』だ。そんな奴は探しようもあるまい」
皮肉な笑みを浮かべたリュライア様が立ち上がりました。「だが、私はお前の考えが正しいと思う。姉上もそう感じたからこそ、クラウと会う機会を蹴ってまで帝都に戻ったのだ。よくやったぞ、ファル」
「ありがとうございます」わたくしは一礼し、「では、珈琲をお淹れいたします」
「それよりも、お前に何か礼をしなければなるまいな」
「わたくしはお勤めを果たしただけでございます。礼などと……」
リュライア様が腕を組まれながら、静かにわたくしの方に歩み寄られました。「今回は命拾いしたのだ。何でも言え、何が欲しい?」
その真剣なまなざしに、わたくしは態度を改め、分かりましたとうなずきました。
「それでは今夜、外で夕食をご一緒にいかがでしょうか」
「そんなことでいいのか?」
わたくしの申し出に、リュライア様はいささか拍子抜けされたようでございましたので、わたくしは、ただし、と釘を刺させていただきました。
「お礼とおっしゃるからには遠慮はいたしません。二区の『ポルシート』は、予約せずとも素晴らしい料理を供すると伺っております。秋は鴨肉、今の季節なら鹿肉が絶品だそうで、赤葡萄酒との相性も抜群だとか」
「なるほど、遠慮がないな」リュライア様は苦笑されながらうなずかれました。「我々には少し高級すぎる店だが、いいだろう。行こうか」
と、リュライア様がお着換えのために寝室に向かおうとされた時でございます。玄関から、聞き覚えのある声が聞こえてまいりました。
「こんちはー! いや、こんばんはかな?」
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