珈琲3杯目 (10)市長と面会

「わたくしの考えを、マーファリス様にお伝えするために必要でした」わたくしはリュライア様の目を見つめ返しました。「わたくしが直接、手紙か何かで<障壁>の件をお知らせすることは容易でしたでしょう。しかしながらその場合、いささか不都合な事態が出来しゅったいいたします」

「不都合?」

「はい。もしわたくしの考えが当たっていた場合、マーファリス様がわたくしを副官に欲する可能性が極めて高くなります」


 リュライア様が非難と悲鳴を同時にあげたようなうめき声を発されました。元々マーファリス様は、このわたくしめをご自身の副官にされたがっておいでございまして、リュライア様はお断りするのに非常に苦労をされておいででした。ここしばらくはそうした動きはございませんでしたが、もし帝国の重要任務の手がかりを見つけ出したとなりますと、再び欲望に火が付くおそれがございます。


「だめだ、絶対にお前はやらん。たとえマーファ姉様にでもだ」

「わたくしもリュライア様のおそばを離れとうございません」

「だが……別にお前の手柄を横取りするわけではないが、<障壁>の件は私の思い付きだと言ってはどうなのだ?」

「その場合は、リュライア様が帝国白薔薇勲功章の授賞式にご出席されることになるでしょう。マーファリス様からの御推薦があれば、皇帝陛下直々に帝国黄金騎士武烈軍功大勲章を授与されるやもしれません」


 恐怖にかられたリュライア様は、音を立てて首を横に振られました。「それも絶対に嫌だ。宮廷に参内するなぞ拷問ではないか……だからといって、匿名の手紙というわけにもいくまい。姉上なら、普通に破り捨てて終わりだろうからな」

「はい。そこで、いささか手間のかかる方法を使いました。わたくしが直接マーファリス様に申し上げられないのであれば、他の方の口から伝えていただこうかと思料いたしまして」


「なるほど、それで市長ということか」

 リュライア様はようやく話がつながったと安堵のため息を漏らされました。

「分かったぞ。市長の猫を誘拐したのは、市長に面会するためだな」

「ロシャム嬢は誘拐ではなく合意の上での散歩のお誘いです。それはともかく、猫好きのクラニアル市長が愛猫の不在に気づけば、翌日は仕事どころではなくなります。気もそぞろで執務しているところに、猫を保護したというご婦人が参られていますと告げられたら?」


「婦人の素性もろくに詮索せずに、直ちに面会に応じるだろうな」リュライア様は面白そうに目を細められました。「そうか。お前がリュライア・スノートの使いと言えば市長はすんなり会ってくれるだろう。だがそれでは、直後の姉上の訪問の時に、必ず話題になってしまう……さっきも言ったとおり、我々の存在は絶対に隠さねばならんからな」

「はい。実際、市長はわたくしの素性もろくに確認せずに応接室で会ってくださいました――会いたかったのはわたくしではなくロシャム嬢でしたから」わたくしはその時の様子を思い出して、かすかに頬を緩めました。「市長は猫を抱き留めるや、わたくしの視線も気にせず再会を喜んでいらっしゃいました。わたくしは自分の素性を語らぬよう、ほとんど一方的に猫を保護した時の状況から昨夜の様子をまくし立てましたが、市長はうれし気にうなずくばかりでございました」


「あの市長の狂態も見てみたかったが、それよりおしゃべりな婦人になりすましたお前も見てみたかったぞ」

 リュライア様はにやりと微笑まれました。わたくしも思わず釣り込まれて笑い合います。

「最大の懸念は、肝心の<障壁>魔法についていつ切り出すかでございましたが、その問題はロシャム嬢が解決してくださいました。話の途中になったら、わたくしの方にすり寄ってくるようにお願いしておいたのです」


「すっかり手なずけたのだな、この女たらしめ」リュライア様の口調は楽し気でしたが、琥珀色の瞳の奥に少々不穏な気配が見えましたので、わたくしは急いで先を続けました。ロシャム嬢を、わたくしの猫形態時の得意技「絶技・ぺろぺろ毛づくろい」で篭絡したことが発覚したら、リュライア様は控えめに言っても良い心地はされませんでしょう。


「市長の腕から飛び出したロシャム嬢は、わたくしの足元で甘える仕草をされました。そこでわたくしが市長に説明したのです。お預かりしている間、ちょっとした魔法を使って遊んで差し上げたのです、と」

「それが<障壁>か?」

「はい。市長の前で実演いたしましたが――」わたくしは立ち上がりますと、軽く目を閉じて意識を集中させました。「――このとおり、円筒状の<障壁>を作ってお見せしたのです。その上で、『狭いところを好む猫にとって、格好の遊び場になります。こちらのお嬢さんは、一晩中この筒に出たり入ったりして遊んでいたのです』と申し上げました」

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