珈琲7杯目 猫と執事と選抜試験

珈琲7杯目 (1)招かれざる客

「なあファル。人間の死因にもいろいろあるが」

 うららかな陽光の差す広場の一角で、リュライア様は物憂げに髪をかき上げられました。「退屈すぎて死ぬ、という死因もあるやもしれんな」

「まことに申し訳ございません。なにぶん急ぎのことでした故、珈琲も十分にご用意できず……」

 傍らに立つわたくしが、とっくに空となった水筒を片付けながらお詫びいたしますと、リュライア様は完全に生気の失せた目のまま、ゆっくりと首を振られました。この目と比べれば、昨日魚屋の店先で見かけた死んだタラの目の方が、まだしも生き生きしています。

「お前は何も悪くない。悪いのは、奴らだ」

 リュライア様は重たそうに首を曲げ、少し離れた一隅に陣取る黒いローブ姿の一団に非難の視線を浴びせられました。「魔術審議会のジジイ共め、毎年こんな無駄なことをしているのか?」



 話は今朝にさかのぼります。いつもの如く主従仲良く朝食を共にした後、リュライア様に食後の珈琲をお淹れしておりますと、玄関の呼び鈴が慌ただしく鳴らされました。当家をこのような方法で訪れる方がまともな用件を持ち込んだためしはありませんが、案の定まともな用件ではございませんでした。

「スノート殿。突然の訪問、申し訳ない」

 応接間にお通ししたお客様は、申し訳なさを微塵も感じていない口調で詫びつつ、その灰色の鋭い眼でリュライア様を見据えました。応接椅子に深々と腰を下ろし、リュライア様の後ろに控えるわたくしには一瞥を送ることすらされません。

「ご無沙汰しております、ロンデゼール殿。本日は何のご用で?」

 露骨に迷惑そうな表情で、我がご主人様は挨拶を返されました。こちらの魔導士姿の初老の紳士は、帝国魔術審議会リンカロット支部長のロンデゼール師でいらっしゃいます。決して悪い人物ではございませんが、進んで友誼を深めたいという方でもございません。すなわちリュライア様にとっては、「さっさと帰れ」に分類すべき訪問客となります。この歓迎すべからざる客は、時間を無駄にせず、いきなり用件を切り出しました。

「ご存じのとおり、毎年行われる春祭りの前夜祭では、我々魔術審議会にも占有区画が割り当てられている。そこでは、我々審議会の活動内容や、魔法に関する啓蒙等を行うことになっているのです」

 魔術審議会の活動に全く関心を持たれないリュライア様は、ほぼ間違いなくご存じなかったと拝察いたします。リュライア様は無表情にうなずき、ロンデゼール殿に先を促されました。

「今年は<星の精>を公的機関の方にお見せしようと準備を進めてきたのだが、前夜祭当日の今朝になって、担当の魔導士が複数人、急病のため会場に来られなくなってしまったのだ。どうやら食あたりのようだが」

「それは災難でしたね。しかし、それと私がどう関係するのでしょう?」

 リュライア様は困惑も露わにロンデゼール殿に尋ねられました。予想されていた質問に、魔術審議会の支部長は、予め用意されていたであろう答えを口にされました。

「担当魔導士たちが倒れたことで、<星の精>を動かすだけの魔力を持った魔導士がいなくなってしまった。ついては、魔導士史上屈指の強大な魔力をお持ちのスノート殿にご来場いただき、<星の精>の魔力の供給源になっていただきたいのだ」


 これが、事の発端でございました。

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