珈琲6杯目 (7)事の真相
「で、あの馬鹿はいくらせしめたのだ?」
わたくしが戻るなり、リュライア様は不機嫌そうにお尋ねになりました。わたくしは正直に報告いたしました。「売値は、何と七ゼカーノだそうです。グーレム氏に支払った四ゼカーノ二セリウスを差し引いて、二ゼカーノ八セリウスがクラウ様の取り分となりました。クラウ様の交渉術、まことに見事でございます」
「ふん。奴の前で褒めるなよ、調子に乗る……で、奴は競馬場に直行か?」
「はい。グーレム氏から買い戻した質草と差額分の報酬を受け取られた際、質草の方はわたくしが持ち帰るので、クラウ様はそのまま競馬場に行かれては? とご提案いたしました」
わたくしはリュライア様の机の上に、質草となっていたクラウ様のご学友・レシーリエ様の教科書と参考書、計四冊を置きました。「もちろんクラウ様は、いかなる駿馬も追いつけないような勢いで、リンカロット競馬場に駆け出されました。無事に三月賞の馬券購入には間に合ったかと存じます」
頬杖をつきながら終始不機嫌そうに説明を聞かれていたリュライア様は、ちらりと教科書を一瞥されました。
「気に入らんな」
「何がでございますか?」わたくしは、あえてお尋ねいたしました。「レシーリエ嬢は教科書を取り戻し、ご自身の軽率な行為を悔やみつつ学業に専念できるでしょう。グーレム氏は、貸したお金に利息も回収でき、加えて店の棚を占領していた魔導年鑑十冊を売却できました。そしてクラウ様は、臨時収入として二ゼカーノ八セリウスを手にされて、勇躍競馬場に向かわれました。関係者全員、満足いただける結果かと」
「その関係者に、我々は入っておらんではないか!」
リュライア様が苛立たしげに机をコツコツと叩きました。「いや、私はまだいい。策を講じ、小卓を担いで蚤の市まで行き、帰りは小卓と教科書四冊を持って帰ったお前に、何の報酬も無いだと! クラウの奴、このままでは済まさん」
「お心遣い、痛み入ります」
わたくしは軽く一礼しましたが、ですが、と続けました。
「本件については、いくつか腑に落ちぬ点がございました。まず、クラウ様が教科書を質入れするということが不自然であること。こちらは、すぐにクラウ様が虚偽であることをお認めになられまして、実は教科書が質流れして困っているのは級友であると判明いたしました」
「ああ。だが何か問題があったか? 級友が実在していなかったとか?」
「いえ。それにつきましては、昨日プラトリッツ魔導女学院の教務課に伺いまして、直接確かめてございます。現在の在校生で、レシーリエという名の学生は、二年次生のレシーリエ・カイテルン嬢お一人だそうで」
「実在しているなら問題はあるまい」
リュライア様は小首を傾げられましたが、わたくしは首を振りました。
「だからこそ、次の疑問が生じます――質流れして困っているのがレシーリエ嬢なら、クラウ様が教科書を買い戻せば済む話でございます。契約で禁止されているのは、学生が質入れした質草が流れた場合、その学生が買い戻すことでございますので、他の学生が買い戻す分には問題は生じないはずでございます」
「確かにな。だが、クラウの阿呆に金は無いだろう」
「おっしゃるとおりでございます。しかしそれでしたら、グーレム氏と交渉などせずに、真っすぐリュライア様のところに来られて、事情を説明してお金を都合してもらうという選択肢もあったはずでございます。三ゼカーノ二セリウスあれば、面倒なことは何もなく、教科書を買い戻せていたわけでございますから」
「確かにな。無論私からの小言はもらうだろうが……」
「それと昨日、蚤の市に出店することをわたくしからグーレム氏にお伝えしようとしたところ、クラウ様はご自身でされるとおっしゃられました。ご面倒なことをお嫌いあそばすクラウ様にとっては、珍しいことかと考えます」
「? まあ、そうだな」
「それにグーレム氏について申し上げますと、不良在庫を処分したら教科書を返すなどという提案を、書店主がするものだろうか、という疑問がございます」
「……つまり、どういうことだ?」
リュライア様にも、何かがおかしいと納得いただけたようでございます。わたくしは声を励まし、調査の結果をお伝えいたしました。
「昨日クラウ様と打合せを済ませた後、わたくしは変装して<黄金の栞堂>に行ってまいりました。そこでグーレム氏にお会いして、質流れの一件について事実を確認したのでございます」
「それで男装していたのか!」
リュライア様は、顔を真っ赤に染めて叫ばれました。男装を申しましても、服装はいつもの執事姿に外套をまとっただけ、髪は束ねて帽子で隠し、口元に付け髭を付けただけの姿でございましたが、帰宅後にその姿をご覧になられたリュライア様は、普段と異なるわたくしの姿に新鮮な欲望を覚えられまして、そのまま激しく……。
わたくしは咳払いして、先を続けました。
「変装いたしましたのは、わたくしがクラウ様のお知り合いだとグーレム氏に知られないためでございます。グーレム氏には、レシーリエ・カイテルン嬢の家の者ですがと名乗りまして、教科書の一件を切り出しました」
わたくしは、リュライア様の机に乗る四冊の教科書に目を落としました。
「事前に女学院で確認したところ、カイテルン家は裕福で、経済的に不自由していることは全くございません。それでもご令嬢が教科書を質入れするような事態になったのは、厳格なご家庭だからと推察されます。そこでわたくしはグーレム氏に、お嬢様が教科書を質入れした件は聞いた、ついては旦那様には内緒で、執事のわたくしの一存で買い戻したいのだがと持ち掛けたのでございます」
「ほう、グーレム氏は断ったのか」
「正確には、困惑されました。買い戻すのはできるが、すでに買い手がいる、いや厳密には買い手ではないのだが……と、煮え切らないご様子でございましたので、ああこれはおそらくクラウ様から口止めされているなと直感いたしました」
「口止めだと?」リュライア様が、椅子から腰を浮かしかけました。「まさか、あの馬鹿が……!」
「そのまさかでございました」わたくしは沈痛な表情で事実をお伝えいたしました。
「わたくしが、『そう言えば、レシーリエお嬢様のご学友のクロリス様が何とかされるとおっしゃられたようでございますが、もしやそのことでしょうか?』と水を向けますと、あとは簡単でございました。グーレム氏は、今回の『魔導年鑑売却で質草買戻し』の件は自分の提案ではなく、クラウ様が持ちかけてこられた旨をわたくしに告白なさいました」
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