珈琲9杯目 (9)頭の出来が山トロル

 ゼルベーラ隊長のお言葉――というより、デュホイ氏の推論――は、当然のごとく魔導士の皆様から激越な反応を引き出されました。

「アホか」と素っ気なくリュライア様。

「えーっと、ちょっとおバカさんなのかな? そのデュホイって人」とクラウ様。

「クラウ様。そのようなお言葉は、どうぞお控えあそばしますよう」

 わたくしはポットに残っていた最後のお代わりの珈琲をお注ぎしながら、優しくクラウ様をたしなめました。「せめて、『頭の出来が山トロルと同じ程度の方』と仰せられませ」

「……君たち、なかなか辛辣だな」

 ゼルベーラ隊長は、やれやれと首を振って苦笑されました。


「サラングレスもデュホイ氏の知能について同じような感想を漏らしていたが、もう少し婉曲な表現だったぞ……だが、盗んだ手口がまったく不明だということは確かなんだ。魔法のせいにもしたくなるさ」

「あり得んな」リュライア様はぴしりとおっしゃられました。「何かを盗む魔法が実在するというなら、金持ち連中はとっくの昔に宝飾品を盗られ尽くしているよ」

「盗まれた宝石は、盗品市場に出回っていたのでしょうか?」

 わたくしがお尋ねいたしますと、隊長は残念そうにかぶりを振られました。

「いや。サラングレスは抜かりなく宝石の特徴を聞き出し、直ちに各警務隊に照会協力を要請したが、故買屋連中を締め上げてもデュホイ氏の宝石は発見されなかった。ほとぼりが冷めてから売るつもりなのか……」


「観賞用に盗んだのかな?」

 クラウ様が口を挟まれましたが、ゼルベーラ隊長は再び首を横に振られます。

「その可能性もあるかもしれん。だがそれなら、銀の箱に収められた大粒の金剛石の方を盗むだろうね」

「ところでそのとき、『火竜の瞳』はどこに保管されていたのだ?」

 リュライア様は、問われてから付け加えられました。「いや、本物はクロストラ銀行の貸金庫だ。私が言っているのは、リヴァッタ嬢が作らせた模造品の方だ」


「さすが我が友」ゼルベーラ隊長は、手にされたカップをリュライア様に捧げる仕草をされました。

「まさに問題はそれだ。我々警務隊は、『火竜の瞳』がリヴァッタ嬢の手元にあるという情報は把握していた。しかし、本物が貸金庫で厳重に保管され、自邸にあるのが模造品だということは知らなかったのだ」

 隊長は、親友に捧げた杯をぐっと飲み干されました。「それを教えてくれたのは、デュホイ氏だ」


 わたくしが珈琲部屋に退がりまして、さらなる追加の珈琲をお淹れしている間、ゼルベーラ隊長はデュホイ氏の反応についてご説明されました。

「自分の宝石が盗まれている。おそらく魔法でだ。そうなると、妻の首飾り――帝国の至宝、『火竜の瞳』をあしらった高価な装飾品――も、狙われているに違いない。ディホイ氏は恐慌を来しつつ、サラングレスに『火竜の瞳』のことを語った」

「連続盗難事件は、三月ということだが」

 リュライア様が、空になった珈琲カップを皿に戻される音が微かに聞こえてまいりました。

「ではその頃には、皇太子殿下の婚約披露宴開催が前倒しになったことも知られていたわけだな」


「そのとおり。この時点ではまだ招待客は確定していなかったが、ベラダン・イリオンゴルト卿が招待される可能性は高かった。つまり、五月には『火竜の瞳』をベラダン卿の手元に返す必要があるというということを、スロンゲル夫妻は十分承知していたよ」

「そんなときに盗難騒ぎ!」クラウ様の、何故か弾んだお声が聞こえてまいります。

「それで、『火竜の瞳』はどうなったの?」


「一連の経緯を聴取したサラングレスは、三つの対応をした」ゼルベーラ隊長は、やや真剣な口調になられました。

「一つ目は、さっきも言ったとおり、無くなった宝石の行方を追うこと。ただし結果は、先刻ご承知のとおり空振りに終わった。二つ目は、スロンゲル邸の使用人と、ここ数か月に出入りのあった商人や客人について、不審人物がいないか徹底的に洗うこと。これは現在も調査中だが、あまり進展はない」


「君たち警務隊は、そういう調査は不得手だと思っていたよ」

 リュライア様が、低くつぶやくようにおっしゃられました。「不審人物がいたら、片っ端から拘留したり拷問にかけたりする方が得意そうだ」

「否定はしないさ」にやりと笑みを浮かべられたのが、珈琲部屋にいるわたくしにも感じとれる口調で、ゼルベーラ隊長は応じられます。

「ただあいにくと、今回は爪剥ぎや焼きゴテを試す不審な奴が見つかっていない」


「それは残念だな。で、三つ目は?」

「まだ盗まれていない宝飾品その他の貴重品について、盗難対策を念入りにするようスロンゲル夫妻に助言した」

 リュライア様の問いに、隊長はあっさりとお答えになられました。

「何を当然のことを、とは言わんでくれよ。盗んだ手口が皆目分からん以上、具体的な対策も講じようがない。ただ――」

 隊長は一度言葉を切られてから、面白がるような口調で続けられました。

「デュホイ氏は、魔法で盗まれたと固く信じておられた。そして、妻にも『火竜の瞳』はラステリウムで保護した方がいいと勧める、と言ったそうだ。ともかくそれ以上の対策は講じようが無かったので、サラングレスは私に調査結果を復命。私は当面の巡回強化と、不審人物調査への人員割り当てを指示した」


「家をラステリウムで囲う、とか本気でやりそうだよね」

クラウ様が楽しそうにおっしゃられますと、隊長はおそらく苦笑を浮かべて応じられました。

「魔法で宝石が盗まれる、というデュホイ氏の素晴らしい妄想について、妻のリヴァッタ嬢は態度を保留された。内心は君たちと同じように考えたかもしれないが、一方で宝石が三つも無くなっていることは事実なのだ。それに、近いうちに父親が『火竜の瞳』を一度返せと言ってくる可能性が高い」

 珈琲を淹れ終えたわたくしは、隊長のお言葉を邪魔せぬよう、そっと居間に戻りました。皆様わたくしに視線を向けられましたが、すぐに隊長に意識を戻されます。


「こうした情勢を鑑み、リヴァッタ嬢は手元の『火竜の瞳』、正確にはその模造品について、多少注意を払うようになった――自分の寝室の隠し金庫に入れる際は施錠を確認する。鍵を女中頭から預かり、自分一人だけで持つようにする。しかし、その程度の対策をあざ笑うかのように、事件は起こった」

 劇的効果を狙った沈黙の中、わたくしは皆様に珈琲をお注ぎして回ります。そして皆様の飲器に新たな珈琲が満たされたのを見計らって、隊長は口を開かれました。


「ついに『火竜の瞳』も盗まれた。もっとも、模造品の方だがね」

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