珈琲9杯目 (8)ゼルベーラ隊長、外道に堕つ
「全く同じ状況か」
リュライア様は何かを考えこまれるかのように、目を閉じられました。その隙に、ゼルベーラ隊長はお代わりの珈琲を口に運ばれつつ、こっそり手を伸ばされて、クラウ様から焼き菓子を一つ受け取られました。
「そうだ。デュホイ氏が執事に手伝われながら着替えて、衣装棚の小物入れを開けたらブローチが無くなっていた。さすがに紛失とは考えにくい一方で、この部屋に何者かが侵入して盗んでいったということはさらに考えにくい」
隊長は一口焼き菓子をかじり、珈琲をお飲みになられました。その表情から拝察するに、完全に「堕落」されてしまわれたようでございます。
「もし盗めるとしたら屋敷内部の人間の犯行だが、しかし小物入れの鍵は自分と執事しか持っていない。まさかとは思ったが、デュホイ氏はやむなく執事から鍵を預かり、自分で管理することにした――小物入れの鍵は書斎の隠し金庫に入れ、ついでに小物入れに残っていた宝石類の一部を、ひそかにその金庫に移したんだが……」
「あ、わかった。今度は金庫の中の宝石が盗まれたんだ!」
完全にいつもの調子に戻られたクラウ様が、いつもの調子で叫ばれました。が、ゼルベーラ隊長はにやりと笑って首を振られました。
「残念。今度も小物入れだ」
「えー。鍵がかかってたのに?」クラウ様は脚をばたつかせましたが、意外な展開を楽しんでおられることは、その表情からも明らかでございました。
「そう。言い忘れたが、過去二回とも小物入れの鍵をこじ開けた形跡はない。そして当然、三回目もな」
ゼルベーラ隊長は珈琲を楽しげに飲まれてから、やや表情を引き締められました。
「今回被害を受けたのは、帽子の羽根飾りだ。これまでと違うのは、羽根は無事で、付いていた藍石だけが無くなっていたということだ。つまり……」
「紛失じゃなくって、明らかに宝石が目当ての窃盗ってことだね!」
クラウ様は目を輝かせて、「窃盗」という単語を口にされました。リュライア様のおっしゃるとおり、クラウ様には物騒な行為や脱法行為に夢や憧れを抱く傾向がおありのようでございます。
「事ここに至って、ようやくデュホイ氏は警務隊に相談することを決意した。対応したのは我が隊の副隊長のサラングレスだが、彼は相談を受けるや直ちに部下数名を引き連れてスロンゲル邸に乗り込み、外部からの侵入の痕跡が無いか、三月に入ってからの使用人の行動に怪しいところは無いか、精力的に調べ始めた」
「ほう。警務隊の仕事は、友人宅の酒蔵の酒を片っ端から空にすることだけかと思っていたよ」
長く閉じられていたリュライア様の目が、ようやく開かれました。「そんな働き者がいたとは驚きだな」
「最近第二隊から転属になった奴だが、実に優秀だ。そして何より、彼はバドール魔術学院出身の魔導士なんだ」
「えっ!?」クラウ様が、椅子から飛び上がってゼルベーラ隊長のお顔を凝視されました。「馬鹿ってこと?」
「……お前にだけは言われたくないだろうよ」
リュライア様は呆れたご様子で、珈琲を飲み干されました。クラウ様の通われるプラトリッツ魔導女学院と川一本隔てて隣り合うバドール魔術学院は、十代後半の男子の集まる教育施設でございます。すなわち、人生で一番馬鹿なお年頃の人間の集団に他なりません。
「他の卒業生はどうか知らんが、奴は優秀だぞ? 魔導士としての実力は知らんが、事件の捜査については本物だよ」
ゼルベーラ隊長は、珈琲を口にされつつ、クラウ様の偏見を正されました。
「そのサラングレスの調査結果は、ごく単純なものだった――外部からの侵入の痕跡、無し。注目すべき使用人の動き、無し。犯罪が行われた痕跡は確認できないが、宝石及び宝飾品合計三点の行方が不明であることは、事実として確認した」
「つまり、よくわからんということか」
わたくしがお注ぎした珈琲のお代わりを受け取られながら、リュライア様は気だるげにつぶやかれました。しかしゼルベーラ隊長は、むしろ喜ばしげに、ご主人様のお言葉に反論されました。
「ところが、意外な収穫があったんだ」
劇的効果を狙われて、一度言葉を切って珈琲を口にされるゼルベーラ隊長。リュライア様は表情を変えずに続く言葉を待たれておられますが、こらえ切れなかったのがクラウ様でございます。
「どんな収穫? 犯人の手がかりとか?」
「ふふ、そう急かすな」隊長は楽しそうにクラウ様を横目で制してから、リュライア様に向き直りました。
「実は小物入れの中には、宝石を入れた小箱が置かれていた。小さいが、見事な銀の彫刻が施されている南方からの輸入品で、嫌でも目立つ。中には大粒の金剛石――何でも、三代前のスロンゲル当主が、さる南方の王族から贈られたものだとか――が鎮座していて、これまで盗まれた三つの宝石とは比較にならん価値があるものだ」
「それが、盗まれなかったの?」クラウ様が首を傾げられました。その反応に、ゼルベーラ隊長は莞爾と微笑まれました。
「そのとおり。そしてその南方の小箱には、ラステリウムで内張りがされていたのだ――これは魔術の心得があるサラングレスが確認した。そこで、デュホイ氏はある推論を立てたのだ」
「……魔法を遮断する箱に入っていた高価な宝石は無事だった。箱ごと盗めば盗み出せたはずだが、犯人はそうしていない」
リュライア様のつぶやきを、隊長が引き取られました。
「故に、犯人は屋敷の外から、魔法を使って宝石を盗み出している、とね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます