珈琲9杯目 (24)最後の謎、そしてぺろぺろはむはむ

「それだ!」

 クラウ様と戦友の礼を交わしたゼルベーラ隊長は、満面の笑みを浮かべておいでです。「カラの袋から『火竜の瞳』を取り出したる手口、見破ったり!」

 しかし、歓喜の興奮に酔いしれるには、隊長の頭脳は鋭すぎました。

「……いや待て、一番肝心なことを忘れているぞ」

「え?」

 クラウ様は首を傾げられましたが、すぐに隊長の言葉の意味を理解されました。

「! そうだよ! あの推論が正しかったら、本物の『火竜の瞳』はデュホイ氏が盗み出して、執事が持ち逃げしているはずだよね? なのにどうして、リヴァッタ嬢が持ってたのかな?」


 そう、これこそが最後の謎でございます。しかしこの謎の手がかりは、既にリュライア様とわたくしがお二人に差し上げておりますので、わたくしは帽子と金貨を戻すべく、私室に退がりました。


「……考えられる可能性は……いや、まさかな……」

「最初から考えると……うー」

 わたくしが居間に戻りますと、お二人はまたもおそろいで煩悶の表情を浮かべておいででございました。そのご様子を面白そうに眺めておられるリュライア様に、お代わりの珈琲をそっとお注ぎいたしますと、ご主人様はわたくしの目を捉えて、唇を動かされました。

「これ以上の手助けは無用だぞ」

「かしこまりました。しかし、お手伝いはもはや無用でございましょう」

 リュライア様のささやきに、わたくしも小さなうなずきでお返しいたしました。


「普通に考えれば」

 ゼルベーラ隊長が、その整ったあごに拳を当てながらつぶやかれました。

「可能性は一つしかない。リヴァッタ嬢が執事から『火竜の瞳』を奪い取った、もしくは執事から受け取った、ということだ……しかし私が覚えている限り、銀行で二人が接触した機会はない。銀行を出発する時も、二人は離れていた」


「実はリヴァッタさんは、あらかじめ金庫から『火竜の瞳』を取り出していた、とか?」

 クラウ様も隊長の姿勢を真似ながら口を開かれましたが、隊長は唸り声と共に首を振られました。

「なら、当日金庫から取り出したあの石はどうなる? 金庫から『火竜の瞳』を取り出したのはリヴァッタ嬢だが、袋から取り出した石は、ほんの少しの間だがあの場にいた全員が目視している」

 隊長は大きく肩を落としてため息をつかれました。「この私も含めて、な」


 ゼルベーラ隊長は、カップに残っていた最後の珈琲を飲み干されてから、再びため息を漏らされました。

「ついでに言うなら、リヴァッタ嬢が『火竜の瞳』を袋に戻したフリをして自分で持ち、夫の差し出した例の箱にカラの袋を渡したという可能性も低い。袋に宝石を戻す時、彼女は全員の目の前で、袋の中に宝石を落としてから口を縛っていた。イリオンゴルト邸で取り出した時のように、袋の中に手を突っ込んではいない……彼女がこの時に『火竜の瞳』を自分の懐に入れるのは、まず無理だろうな」


 しかし、クラウ様の推察に対するわたくしとリュライア様の反応は、ゼルベーラ隊長とは大きく異なりました。わたくしは、もう一息ですクラウ様と内心声援をお送りし、リュライア様は、これで解けねばお前は無能だこの薄ら馬鹿めと内心応援を送っておられるようでございます。

 そんな我々の励ましの声に気付かれたのでしょうか、クラウ様は突然お顔を上げられました。


「……ねえ、葡萄農園に投資するのって、お金がかかるのかな?」

「ん? 突然どうした」

 ゼルベーラ隊長は、今や相棒と呼ぶべき存在となったクラウ様に、首を向けて聞き返されました。が、すぐに隊長ご自身も、その意味するところに気付かれたようでございます。

「無論だ。投資と言ってもいろいろあるが、例えば複数人で投資団インギケルディオを組んだとしても、葡萄農園に投資しようと思えば相応の費用がかかる」

 そして隊長は、歓喜の表情をクラウ様に向けられました。

「リヴァッタ嬢は、一体どこからそんな資金を手に入れた!?」


 どうやら、解決のようでございます。わたくしが横目でリュライア様のご様子をうかがいますと、ご主人様は珈琲を口に運ばれつつ、もう解いてしまったかと無言の舌打ちでお二人を祝福されました。

 一方、クラウ様とゼルベーラ隊長は、互いに椅子から身を乗り出されて、この事件の真相を語り合われておられます。


「実家から家出したリヴァッタ嬢に、父親は経済的支援は一切しないと言い渡している。家を出る時に持ち出した宝石類も、『火竜の瞳』の模造品とそれをあしらった首飾りを作る費用を工面するために売り飛ばしてしまった。そして夫は借金まみれで、とても妻に与える金などない」

 隊長が早口でおっしゃると、クラウ様も頬を興奮に染めて応じられます。

「それでも彼女は、農場に投資するだけのお金を調達できた。彼女が唯一持っている金目のモノ、『火竜の瞳』を質入れしてね!」


「ああ、間違いない。父親との約束がある以上、『火竜の瞳』を売り飛ばすわけにはいかなかった。しかし帝都の貴族のご令嬢なら、ガリアルス女侯爵の世話になるという選択肢に抵抗はなかっただろう。リヴァッタ嬢は、あの好事家に『火竜の瞳』を質入れして、投資用の資金を確保したんだ」

 ゼルベーラ隊長は、リュライア様に賞賛のまなざしを向けられました。

「だから君はさっき、『火竜の瞳』を金に換える方法について、我々に尋ねてくれたんだな! 重要な手がかりを示すために! ありがとう、偉大なる我が友!」


 リュライア様は、照れ隠しに珈琲を口に運ばれました。このように、むき出しの賞賛や好意をぶつけられると、照れるあまり口ごもってしまわれるのが我がご主人様の可愛らしい――今この場で押し倒してしまいたいほどに――ところでございます。

 幸いにも隊長のお顔がクラウ様に向かれたため、リュライア様は耳まで真っ赤に染めてしまわれたところを無二の親友に見られずにすみました……が、わたくしははっきりと目に留めてしまいました。

 ……今宵は、リュライア様の形の良いお耳を、「ぺろぺろはむはむ」するところから始めましょうと心に決めました。

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