珈琲9杯目 (23)優勝は「見えない金貨」の第七隊

「こちらの帽子の中には――」わたくしは、ご主人様の無言の威圧に屈せず、帽子の中を観客のお二人にお示ししました。「ゼカーノ金貨が一枚、入っております」

「え?」

 クラウ様は面食らったご様子で、目を凝らされました。「何も入ってないじゃん」

「うむ、何も無いな」隣でゼルベーラ隊長もうなずかれます。

 わたくしは笑顔のまま、「金貨」のある位置を指で示しました。

「見えないのも無理はございません。これは、わたくしが『魔力を使わない魔法』で金貨を見えなくしているためでございます」


「え? そんな魔法……」

 あるわけない、とクラウ様がおっしゃる前に、わたくしは帽子を引っ込めました。

「この金貨、魔力の源であるマギナリウムを取り込むことで姿を現します。こうして帽子から取り出しますと……」

 わたくしは帽子に手を入れて「金貨」を取り出し、指でつまんでお二人の前に突き出しました。「これでご覧いただけますでしょうか?」


「見えないよ」

「見えんぞ。おいファル、大丈夫か?」

 お二人は不審の表情で、わたくしの顔と「金貨」を持った指先を交互に見比べておいでです。わたくしは、それではと口調を改めました。

「よりマギナリウムに当てるため、金貨を空中に弾きます……はいっ」

 わたくしは右手の親指で、見えない「金貨」を真上に弾きました。放物線の軌道を目で追いますと、観客のお二人もつられて目を動かされます。そして不可視の「金貨」が帽子に落ちた瞬間、わたくしは右手でパチリと指を鳴らしました。

「さあ、これで金貨には十分なマギナリウムが取り込まれました。では、今度はいかがでしょうか?」

 そう申し上げて、お二人に帽子の中をお見せすると――。

「金貨だ!」

「見えた!」

 叫ぶお二人に、わたくしは本物のゼカーノ金貨を取り出してご覧にいれました。


「これが、『魔力を使わない魔法』でございます。どうぞ魔術審議会にはご内聞に願います……拷問の後、火あぶりにされてしまいますから」

 唖然とされておられるお二人に一礼して「余興」を締めますと、背後からリュライア様の舌打ちが聞こえました。

「そのくらいにしておけ。本気にされると面倒だ」

 振り返りますと、ご主人様が憮然とした面持ちで珈琲を飲み干されたところでございました。

「特にそっちの馬鹿の誤解は解いておけ。学院で言いふらされてはかなわん」


 リュライア様より「そっちの馬鹿」とのご指名を賜ったクラウ様は、はっと我に返られました。

「すごいよ、ファル! ね、どうやったの!?」

「未熟な芸に過分のお褒めを頂戴いたしまして」

 わたくしはうやうやしく一礼するとともに、内心安堵のため息を漏らしました。もしクラウ様が、「これどんな魔法?」などとお尋ねになられましたら、リュライア様からそんな魔法があるかと雷喝を頂戴していたことでございましょう。


「わたくしがどのように金貨を『見えるように』したのか、どうぞよくお考えくださいませ。クラウ様なら、きっとお分かりになられるかと存じます」

 わたくしは励ましの言葉を述べつつゼルベーラ隊長に目を移しましたが、すでに隊長は全知を傾けて細工を見破ろうとされておられます。

「……間違いなく、最初は帽子の中に金貨は無かった。その後、帽子から取り出した『見えない金貨』も、無論実体など無いはずだ」

 さすがは帝都警務隊の一隊を任されるお方。見えぬものは信じぬという、単純ではありますが素晴らしく現実的な物の見方こそが、捜査官としての心構えなのでございましょう。


「当然、指で弾いた『金貨』なども存在しない……だが、帽子の中には金貨が入っていた。宙に弾いた『金貨』の軌道を目で追っている時に、本物の金貨を帽子に仕込んだのか? いや、そんな動きをすればこの私が見逃すはずがない」

「でも、帽子の中に金貨を仕込めるのって、ファルだけだよね?」

 ゼルベーラ隊長の独白に、脇からクラウ様が口をはさまれました。「ってことはさ、ファルが帽子に何かした時が怪しいよね」

 クラウ様とゼルベーラ隊長の目が、同時にわたくしに注がれました。


「ファルが帽子に何かした時……?」

 隊長は目を細めて、わたくしの手にした帽子と金貨を凝視なさいました。「最初は帽子の中身を我々に見せただけ、それから中の『見えない金貨』を取り出して……」

 それから、はっとして椅子から腰を浮かせかかりました。

「……取り出して?」


「どうやら、種明かしの時間のようでございます」

 わたくしはお二人の前に、再び帽子を差し出しました。

「まず最初に、何も入っていない帽子をお客様にお見せします。『金貨が入っている』と申し上げて、ですが」

 うんうんと、お二人とも瞳を輝かせて帽子の中をのぞき込んでおられます。

「当然、お客様は『何も見えない』とおっしゃられるでしょう。そこで一度帽子を下げて、お客様から帽子の中をのぞけぬようにしてから――」

 わたくしは右手を帽子に入れてから、本番ではしなかったことをいたしました。帽子を傾けて、お二人に中が見えるようにしたのでございます。

「金貨を取り出してみせるふりをして、右手を帽子に入れます。実はこの時……」

「そっか! 右手に金貨を持ってたんだ!」

 わたくしの右手に気付かれたクラウ様が、膝を打って快哉を叫ばれました。

「金貨を帽子から取り出す動作は、実は金貨を帽子の中に入れる動作だったんだ!」


「ありがとう、ファル」

 隊長は真顔でわたくしに一礼されてから、にやっと相好を崩されました。「年末恒例の警務隊慰労会。今年の各隊対抗一芸大会の優勝は、我が第七隊がもらったぞ」

「必要なのは、大胆さでございます」

 わたくしはゼルベーラ隊長の笑顔に、同じく笑顔でお応えいたしました。「術者は、自分が金貨を手にしていることを知っています。しかし観客はそれを知りません――堂々と行えば、観客はすっかり騙されてしまうでしょう」


 わたくしの言葉に、クラウ様がぴくんと反応されました。

「ねえ、これも手がかりなんだよね? どうして『火竜の瞳』が無事だったのか、これが手がかりってことなんでしょ?」

「そうだ! ファルが単なる余興のためだけにこんなことをするはずがない」

 ゼルベーラ隊長も、希望の光を目に宿しつつ、再び思考を巡らせ始めます。しかしすぐに、クラウ様がひらめかれました。

「カラのはずの袋から『火竜の瞳』を取り出せるのって、リヴァッタさんしかいないよね!? 最後に箱から袋を取り出して、その袋に手を入れて宝石を取り出したのがリヴァッタさんなら、彼女が本物の『火竜の瞳』を持ってたんだよ!」


 そして同じく頓悟されたゼルベーラ隊長と、熱い戦友の礼を交わされました。

「彼女は手に隠し持っていた『火竜の瞳』を、まるで袋から取り出したみたいにして、みんなの前にかざして見せたんだ!」

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