珈琲2杯目 猫と執事と怪しい仕事(2)

 疑問ではちきれそうな頭を抱えたクラウ様を玄関までお送りしてから二階の居間に戻りますと、机の上で文字どおり頭を抱えておられたリュライア様は、盛大にため息をつかれました。「まったくあの馬鹿ときたら……まあ、本名を名乗らなかっただけマシか……」

「珈琲のお代わりはいかがですか」

「頼む。アーモック産の浅煎りを布濾しでな」

「かしこまりました」

 わたくしは空の椀をお下げしようとしましたが、リュライア様が名残惜しそうに白磁のカップを眺めておられるのを見て、まずはご主人様にお声がけすることにいたしました。

「大変素晴らしい逸品でございますね。クラウ様もお目が高い」

「あの阿呆はどうでもいい。何故無駄話と雑用をするだけで法外な報酬を支払われるか、疑いもしない奴だぞ」

 リュライア様は憮然として椅子にもたれかかりました。「学院の生徒が何人もいる中で、何故自分だけが選ばれたのか不思議に思わんとはな」

「それに、作業着の寸法が合っていたことも。地下倉庫で棚に置かれた物を整理することが分かっているなら、ある程度背の高い者を雇うはずでございましょう。しかし……」

「クラウのような背の低い者を雇い、作業着もそれに合った物が用意されていた。確かに作業の肝は魔道具の鑑定だが、そんな魔法なら魔導学院の学生の大半は使える。なのに何故その種の作業に不向きな自分が選ばれたかのか、全く気付かんと来ているな。やはりあいつは間抜けだ」

「それに、地下倉庫には埃が積もっていたそうですが、何故か棚の上に置かれていた白磁の器には、埃が付いていなかったようでございます。まるで古道具をわざわざ地下に持ち込んで並べたかのようでございますね」

 リュライア様は諦念の表情でわたくしと目を合わせました。「ゴディルとかいう奴の狙いは、奴の息子を名乗る人物と背格好が似ているプラトリッツの学生だ」

「はい。正確には、その学生の制服一式かと」

 リュライア様とわたくしは、同時にうなずきました。やはり主従が同じ結論に達するのは、快いものでございます。

「店は実際の古道具屋を使ったのだろうな。借りたか、実家の親が危篤になったとかの偽手紙で主人を実家に追い払ったか……いずれにせよ、手間も費用も相当かかっているはずだ」

「それにクラウ様への法外な報酬も。それほどの手間と大金を投じてまで、魔導学院の制服を手に入れる目的は一つしか思い浮かびません」

 リュライア様は、わたくしの言葉に同意のうなずきを返されました。

「ユニコーンの角、だな。ゴディル一味は、先月学院に侵入して角を盗み出そうとした盗賊連中に違いあるまい」

「おそらくはそのとおりかと存じます」わたくしも首を縦に振りました。「彼らが、クラウ様に『満月の夜なのに誰も犯人の顔を見ていなかったのか』と質問したのは迂闊でした。盗難事件のことを全く知らないはずのゴディル氏が、何故事件の夜が満月だったと知っているのでしょうか。クラウ様は事件が何日のことが覚えていなかったのにもかかわらず」

 ふふ、とリュライア様は含み笑いを漏らされて、椅子に深く背を沈めました。

「そうだな。そして十中八九、ゴディルの息子とやらはプラトリッツの卒業生……つまり女だろう。学院にユニコーンの角があることは魔導関係者には秘密でないが、それが無造作に資料保管庫に置かれていることを知っているのは学院の職員か学生に限られる」

「それに、門衛に見つかることなく学院内部に忍び込む方法を知っているのも。しかし彼女は、三年前に警報役として配置されたメルクゥの存在は知らなかったようでございますね」

「メルクゥは夜間こそ優秀な警備役だが、昼間はただの丸い羽毛の塊だ。存在を知っていれば、夜を避けるなり対策を講じるはずだからな」

「そしてユニコーンの角が贈られたのは五年前でございます。となれば、プラトリッツを五年前か四年前に卒業し、背格好がクラウ様に似ていて、卒業後の消息が不明な者を調べれば、少なくとも盗賊連中の一人の身元は判明いたします」

 わたくしの指摘に、リュライア様は少し意地悪く微笑まれました。

「さすがに学院も犯人像は絞り込んでいるだろうな」

「そのように拝察いたします。ただし犯人の卒業生を特定したとしても、あまり大っぴらに手配書きを貼り出したり、帝都警務隊に指名手配を依頼するようなことはされないでしょう……何よりも角の回収を優先するはずでございますから」

「確かにな。それにどのみち盗賊連中は角の回収に動くのだ。その現場を押さえれば、角の回収と犯人逮捕を同時に達成できる」

 リュライア様の自信に満ちた口調に、わたくしも首肯いたしました。先月学院に侵入した盗賊たちは、角を持ち出すことなく逃走しています。となれば、角はまだラステリウムの鞄に収められたまま、学院のどこかに隠されているはずでございます。

「無論角を回収するためには、学院に再び侵入して隠し場所にたどり着く必要があるが、先月侵入するのに使った方法は使えない……前回はおそらく、門限が過ぎるまで遊び惚けていた学生共が使う秘密の抜け穴で侵入したのだろう。門衛の監視をすり抜けて学院に忍び込むには、それが一番安全だ」

「しかし盗難騒ぎのせいで、ただいま学院は警戒態勢でございます。学院も抜け穴の存在を把握し、今は監視下に置いていると思われますので、賊ものこのこ同じ手段で侵入することはいたしまい」

「そこで学生に成りすまして堂々と門から入る、という手口を思いついたわけか」リュライア様は目を閉じて両手の指を組まれました。「今は三月だ。一月に新入生が入ってまだ二か月、それに外部からの編入期間も終わっておらん。門衛が学生の顔を覚え切れていない今なら、あの濃紺のエルフ絹のケープさえ着ていれば誰でも門を通れるだろう」

 プラトリッツ魔導女学院から学生に貸与される濃紺のエルフ絹のケープは、たやすく模造できる代物ではございません。それに魔法使いが身にまとうと、その魔力に反応して微妙に色合いが変化するという大変珍奇なものですので、一般人が身に着けたところで門衛や他の学生の目を欺くことはできません。しかし賊の一人が学院の卒業生、つまり魔法使いであれば話は別でございます。狡猾な賊たちは、クラウ様に地下倉庫の古道具――おそらくは本当の店で売られていた魔力の無い骨董品――を鑑定してもらうという口実を設けて作業着に着替えさせ、クラウ様に地下で無駄な作業をさせる間に、ゴディル氏の子を名乗る卒業生が、着丈が同じクラウ様の制服を身に着けて学院に乗り込むことが出来るのです。

「あの賊共は、なかなかどうして慎重な奴らだ。制服を一時的に手に入れるために手間暇かけて古道具屋を借り、最近の学院の内情をクラウの阿呆から聞き取った上で行動に移している……今日はどうやら『お試し』だけだったようだな」

「仰せのとおりかと存じます。制服が手に入ったからと言っていきなり学院に乗り込んでユニコーンの角を回収して逃走するような真似はせず、まず成りすましが見破られないかを試したのでございましょう」

「そしてそれは上手くいったのだろうな。ついでに公休日の昼間の学院の様子も下見して、角を持ち出す算段を検討した。そして何喰わぬ顔で店に戻り、制服を元どおりに返した」

リュライア様はわたくしに目を向けられ、透きとおるような笑い声をあげられました。

「クラウの阿呆が、今日の報酬は金ではなく店の品物をくれと言った時は、ゴディルもさぞ喜んだだろう……自分の懐を痛めずに済んだのだからな」

「いずれにいたしましても、次の公休日が本番ということでしょうね」わたくしとリュライア様はうなずき合いましたが、リュライア様のお顔に幾分陰がさしておられることに気付きました。これからの事を案じておられることはすぐにお察しいたしましたので、わたくしは努めて明るくお尋ねいたします。「ところで、本件はどのように処理なさいますか?」

「そうだな……」リュライア様は難しいお顔のまま、目を閉じられました。わたくしは沈思黙考を妨げぬよう、そっと空の珈琲カップをお下げして、居間の隣の珈琲部屋――当初は魔法の実験などをするための小部屋でしたが、珈琲のための部屋になるのにさほど時間はかかりませんでした――で新しい一杯をお淹れしました。無論その間、わたくしもわたくしなりに本件の解決方法を考えております。

「面倒だ。その上あの馬鹿の後始末をするのかと思うと、やる気も起きん」

わたくしが珈琲をお持ちすると、リュライア様は気だるげにため息を漏らされました。わたくしは静かに香り立つ一杯をご主人様の傍らに置きますと、リュライア様は首を振りながらお顔を上げられました。

「それより、連中がどこにユニコーンの角を隠したかを考える方がいいな」そしてリュライア様は、キッとした目でわたくしを見上げられました。

「よし、賭けるか」

「よろしゅうございますとも」

 わたくしが笑顔でうなずき返しますと、リュライア様は机の片隅に置いている用箋と羽根ペンをこちらに押しやりました。

「奴らがどこに隠したか、お互い紙に書いて同時に見せ合うことにしよう。私が当てたら、今度こそ『メナハン・カフタット』の珈琲道具を買わせてもらうぞ。品切れになる前にな」

「かしこまりました。もしわたくしが的中させましたら、<ブルコップ・ハム>劇場で上演中の『ジュア・シーザリース』の観劇にお付き合いをお願いいたします」

 外出がお好きでない上に史劇など退屈だとお考えのリュライア様は一瞬躊躇われましたが、それでも賭けに勝った場合の飲器の魅力の方が勝ったと見え、ついにうなずかれました。

「決まりだ。ではお前の考える隠し場所を書け」

わたくしがペンを走らせて用箋に答えをしたためる間、リュライア様はお顔をそむけつつご自身のお考えをまとめられておられました。そしてわたくしがペンを置いて答え書いた用箋を折りたたむと、リュライア様は確信に満ちた表情でこちらを向かれ、筆記具を手元に引き寄せました。「今回は私の勝ちだな」

 わたくしは曖昧に微笑んで、窓の外に視線を向けました。季節は春、遠くの丘陵の緑が鮮やかに目を楽しませてくれます。

「よし、書けた。お前の答えと同時に開くぞ」

 リュライア様の言葉に、わたくしは振り返って机に戻り、自分の書いた紙を手に取りました。そして不敵な笑みを浮かべるリュライア様と共に、互いの答えを見せ合いました。

「……そう来たか」

 わたくしの答えに目を通されたリュライア様は、呻くようにつぶやかれました。わたくしはすかさず話題を逸らします。

「ところで、本件の始末でございますが」

 わたくしは、リュライア様が期待されておられるであろう言葉を申し上げました。

「わたくしが然るべく対処してよろしいでしょうか?」

「すまんが、そうしてくれると助かる」リュライア様は珈琲の芳香を吸い込みつつ、わたくしにうなずかれました。わたくしは軽く胸を反らせ、いつものように笑顔で応えます。

「かしこまりました。委細、このファルナミアンにお任せあれ」

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