珈琲2杯目 (13)角の隠し場所
珈琲を口に運ばれようとされたリュライア様のお手が止まり、唇が堅く引き締められました。わたくしはつつましく先を続けます。
「無論、関与と申しましても、犯罪に加担する意思を持っていらしたわけではございません。しかしゴディル氏らが、量刑を軽くしたいばかりにあることないことをでっち上げた場合はいかが相成りましょうか? 例えば、クラウ様がお金欲しさに角の在りかを教えたとか、あるいは侵入を手引きするために制服を貸与したとか……」
「……否定し切ることは難しいかもしれんな。仮に否定したとしても、あの阿呆が犯人らとかかわりを持ち、対価を受け取っていたことは事実だ」
沈鬱な表情でおっしゃられたリュライア様は、はっとお顔をあげられました。
「だから白磁のカップを持って行ったのか! 店に返すために!」
「仰せのとおりでございます。あれさえ返しておけば、クラウ様の関与を示す直接の証拠はございませんから」
わたくしが説明を終えますと、リュライア様は目を伏せたまま珈琲をお飲みになられました。その後しばし無言のままでいらっしゃいましたが、やがて少し戸惑ったような口調でわたくしに尋ねられました。
「ゴディル一味の存在を伏せる必要があることは分かった。だが、学院に奴らの計画を伝えることなく、どうやって角を見つけたと説明したのだ?」
「それはもちろん、クラウ様のおかげですと申し上げました」
リュライア様の見開いた目が、ご主人様の驚愕のほどを物語っていらっしゃいます。わたくしはなだめるような口調で続けました。
「グリエルド先生には、こう申し上げました――わたくしのお仕えするリュライア・スノート師の姪御であるクラウティエル・クロリス様は、ユニコーンの角の盗難事件以来、その行方について深く考えを巡らせておいででした。そして昨日、犯人たちが逃走の際に隠した場所に思い至り、リュライア様にお知らせされたのです」
「あり得ん話だ」衝撃から立ち直られたリュライア様が、肩で息をつかれました。わたくしは微笑で流して続けます。
「クラウ様は謙虚なお方でいらっしゃいます。角を発見した者には学院から高額の賞金が出ることになっておりますが、賞金受け取りの権利を叔母上に差し上げたいとおっしゃられて、学院には叔母上からお知らせするようお願いされたのです」
「あの馬鹿はそんなことは夢にも思わんだろうな」
「しかし、リュライア様も慈悲深く、思慮深いお方です」わたくしは平然と続けました。「姪の発見を自分の手柄にするようなことはできない。しかし、姪の気持ちも汲まねばならない。ついては学院にお願いだが、ユニコーンの角を見つけた賞金は、二十ゼカーノだけリュライア様にお支払いいただき、残りは全て学院の奨学基金に寄付したい。そしてこのことは、クラウ様にも秘密に願いたい――わたくしのこの願いを、グリエルド先生は快諾されました。また、今回の功績をクラウ様の学業の評価につなげる必要は全くないというリュライア様のご要望も、あわせてお伝えしておきました」
「よく言ってくれた。だが、あきれた奴だ」わたくしの差し出した賞金二十ゼカーノ入りの革袋を、リュライア様は微苦笑と共に見つめられました。「二十ゼカーノというのは、あの馬鹿の二日分の労賃というわけか」
「はい。いろいろございましたが、今回の件は、クラウ様があの求人広告に反応しなければ解決しなかった話でございますから」
「だからと言ってあの馬鹿には過分な褒美だが、まあいい。すぐに白磁のカップを買えと言ってやろう」
肩をすくめて珈琲をお飲みになられたリュライア様は、諦めたようなお顔で傍らの紙片を引き寄せました。昨日、ユニコーンの角の隠し場所についてわれわれの意見を書いた紙でございます。
「それで結局、角の隠し場所はどこだった?」
「はい。まことに恐縮ではございますが……」
二枚の紙のうち、リュライア様が書かれた方は<ラステリウム管理室の中>と、わたくしが書いた方は<資料保管庫のメルクゥの巣箱の寝藁の中>と書かれておりますが、わたくしは自分が書いた方の紙をリュライア様に指し示しました。
「……ユニコーンの角は、魔力を遮断するラステリウムで覆われた鞄に入っている。それなら、同じ鞄が複数保管されているであろう場所に置くのが一番よかろうと思ったのだがな」
「まことに。実際グリエルド先生にお尋ねしたところ、ラステリウム管理室は調べていなかったとのことでございました」
捜索の人出が足りないせいもあるが、犯人の逃走経路から大きく外れていたから調べていなかったということはあえて口にいたしませんでした。リュライア様はカップに残っていた珈琲を飲み干されると、わたくしの目を覗き込まれました。
「それで、お前は何故そこだと分かった?」
「はい。学院の中には、他にも隠せそうな場所はいくつか存在するかと思います。しかしわたくしに手がかりを与えてくれたのは、今回の犯人たちの行動でございました。何故彼らは、おそろしく手間と費用のかかる方法で盗品を回収しようとしたのでしょうか?」
「何?」
「隠し場所に自信があるのであれば、半年も経ってほとぼりが冷めた頃にまた侵入する方が安全です。しかし彼らは今回、大金を払って古道具屋を借りたり、学生を金で釣って制服を手に入れようとしたりと、なりふり構わぬ方法で回収を試みています。まるで回収に期限があるかのように、でございます」
わたくしの言葉に、リュライア様は軽く首を傾げて考えておられましたが、すぐに椅子から腰を浮かせて叫ばれました。
「メルクゥの寝藁か! 三か月に一度交換する必要があるからだな!?」
「仰せのとおりにございます。犯行の夜、彼らはメルクゥの存在に肝を潰しながらも、咄嗟にこの小さな警備員の巣に盗品を隠すという巧妙な案を思いつき、実行に移しました。この騒音の塊の巣に隠しておけば、誰も探すようなことはしないだろう――実際、その読みは正確でした。しかし後日、メルクゥの生態を調べていて愕然としたはずです」
「メルクゥを飼う際は、三か月に一度寝藁を交換しなければならない」リュライア様は諦めたように首を振られました。「これを知った時、奴らは相当焦っただろうな」
「はい。寝藁の交換さえなければ発見される可能性は低いが、三か月以内には必ず発見されてしまう。かと言ってまだ学院は警戒しているから、前回のような侵入は容易でない。そこで大掛かりな方法を使ってでも、回収を強行する必要があった――わたくしはそう考えまして、隠し場所はメルクゥの巣ではないかとの考えに至った次第でございます」
リュライア様は深々とため息をつかれてから、空になった珈琲カップをわたくしの方に押しやりました。
「お代わりを頼む。それと賭けはお前の勝ちだ、劇場に席を予約しておけ」
「かしこまりました。しかし僭越ではございましたが、お席の方は昨夜のうちに手配いたしましてございます。今夜の公演で、とてもいいお席が取れました」
「いつもながら手の早い奴だ。着ていく服の選択は任せるが、あまり派手なのや窮屈なのは御免被るぞ」リュライア様の絶望の表情に、わたくしは笑顔をお返しいたしました。
「心得ております。万事、このファルナミアンにお任せあれ」
珈琲2杯目 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます