珈琲2杯目 猫と執事と怪しい仕事(3)

「ただいま戻りました」

 翌日の午後、わたくしがこの一件を片付けてお屋敷に戻りますと、書斎で読書されておられたリュライア様が、驚きのあまり琥珀色の目を大きく見開かれました。

「早いぞ、ファル! お前が例の件の解決に行くと言って、あの白磁のカップを持って家を出たのは、今日の朝食後すぐではないか」

「仰せのとおりでございます。そして、もう解決いたしました」

 リュライア様は反射的に驚きの言葉を発されようとされましたが、寸前で思いとどまられまして、大きく息を吸われてから「……珈琲を淹れてくれ」と興奮を鎮められるような口調でお命じになられました。わたくしは一礼し、書斎を出て珈琲部屋に足を運びます。

「それで? もうゴディル一味は司直の手に委ねたのか? 奴らがユニコーンの角を回収する現場を押さえたのだろう?」

 わたくしが飲み頃のアムリコリンジャの豆を挽き始めたところに、居間からリュライア様のお声が届きました。わたくしは静かに、しかし挽き臼の音に負けぬよう、はっきりした口調でお答えいたします。

「いいえ、リュライア様」

 わたくしの答えに、リュライア様はしばらく何もおっしゃりませんでした。その間にわたくしは、挽いた豆の粉を専用の小さな鍋に入れ、水差しから注いだ水と共に火にかけます――魔法で火を起こせることは、とても便利でございます。

 それから珈琲を煮出して居間にお持ちするまで、リュライア様は一言も発することなく椅子におかけになっておられましたが、わたくしが机の上に珈琲を置きますと、待ちかねたように身を乗り出されました。

「まず座れ」

 難しい表情のまま、リュライア様は向かいの椅子を目で指し示されました。わたくしは素直に従います。

「説明してくれ。今日のお前の行動を、最初からだ」

「かしこまりました。まずは朝、リュライア様の寝乱れたお姿を……」

「家を出てからだ!」

「失礼いたしました。わたくしがまず最初に訪れましたのは、プラトリッツ魔導女学院でございます」

「私の想像とは順番が違うな。クラウの馬鹿にでも会ったのか?」

「いいえ。教務課に行きまして、グリエルド先生にこの学院の卒業生に関連する質問をいくつかいたしました」

「なるほど、まずは犯人探しか」

リュライア様はうなずかれてから、ようやく机上の珈琲に気付かれて、一口お飲みになられました。「四、五年前にプラトリッツを卒業した後消息を確認できていない、クラウに背格好が似ている奴の名前は?」

「該当する卒業生は一人だけで、マイマ・ミトラスという北部出身の元学生だけだそうでございます」

「学院も、そやつがユニコーンの角を盗んだ一味だと気づいていたのだろう?」

「こちらの質問にすぐ答えていただけたことから察しますに、おそらくはそのとおりかと」

「で、次にお前はゴディル氏の店に行ってミトラスを……」

「いえ。グリエルド先生に、例のユニコーンの角の隠し場所が分かりましたとお伝えいたしまして、無事にユニコーンの角を回収いたしました」

 わたくしの答えに、ちょうど珈琲をお飲みになられようとされていたリュライア様は、危うくむせそうになられました。

「ま、待て。ミトラスとやらがクラウの制服を着けて学院に侵入し、角を回収したところを捕らえるのではないのか!?」

「その選択肢もございましたが、あえて角の回収を優先いたしました。そしてその後で、ゴディル氏の店に足を運んだ次第でございます」わたくしは静かに、リュライア様の瞳を見つめ返しました。「なお、角の隠し場所は……」

「それは後で聞く。それより、奴らの店に乗り込んで何をした?」

「はい。店は閉まっておりましたが、何度か入口を叩きますと、おそらく手代のカロードと名乗る男が応じましたので、用件を伝えました」わたくしは一呼吸おいてから、芝居がかった調子にならぬよう続けます。「自分は昨日こちらで働いたスティア・テルスウェル嬢にお仕えする者ですが、お嬢様が賃金の代わりに受け取られたこの白磁をお返しいたします。それと、マイマ・ミトラス様にお会いしたい、と伝えたのです」

「いきなり犯人をご指名とは大胆だな。どんな反応だった?」

「当然と申しますか、カロード氏は何のことか分からないという表情を浮かべつつも、警戒してに目を細めました。そこでわたくしは、ユニコーンの角は先ほど学院が回収した件についてもお話ししたいと申し上げました」

 リュライア様の目が大きく見開かれました。「いきなりそれを言ったのか!」

「はい。カロード氏の顔にもようやく驚きの色が浮かびまして、すぐに店の奥に下がりましたので、わたくしは案内を待たず、彼の後についてするりと店の中に入り込みました」

「危険にも程があるぞ」

「店の中では、ゴディル氏とミトラス女史が既に姿を見せておりました。カロード氏と、続けて入って来たわたくしに視線を向けた彼らでしたが、別に危害を加える気配もなく、わたくしの話に耳を傾けてくれました――友好的に、という感じではありませんでしたが」

 何と言った、とリュライア様がおっしゃる前に、わたくしは先を続けました。「わたくしは彼らに告げました。ユニコーンの角は学院が発見して回収した。ただし諸君らのことは学院にも司法当局にもまだ告げていない。この店を全て元どおりにし、何も盗まずにこの街を出て行って二度と戻らなければ、どこにも通報しないと」

「奴らは納得したか?」

「最初は彼らも疑念に満ちた表情でしたので、角の隠し場所を指摘したところ、ようやく話を信じました。また、カロード氏が怪しい素振りを見せたので、本日昼までにわたくしが戻らなければ、諸君らの手口についてまとめた記録が司法当局の手に渡るよう手配済みだと告げたところ、非常に物分かりが良くなりました。むろん、はったりでしたが」

「そして、奴らは出て行ったというわけか。だが……」リュライア様は珈琲を一口味わわれてから、じろりとわたくしを見つめました。「何故見逃した?」

「すべてはクラウ様のためでございます」

 わたくしはつとめて冷静にお答えいたしました。「リュライア様のお考えのとおり、来週クラウ様を彼らの所で働かせ、その間にミトラス女史がクラウ様の制服を着て学院に侵入、隠していたユニコーンの角を回収した瞬間を押さえる、という解決策も検討いたしました。しかしながら、この方法ですと……」

「クラウの身の安全なら大丈夫だろう。奴らは回収を成功させるまでは制服が必要なはずだ。そして制服が必要なうちはその持ち主に危害を加える理由はない。もし回収が成功した場合も、クラウの口を封じる暇があったらさっさと遠くに逃げる方が合理的だな」リュライア様はそうおっしゃられてから、わたくしに目で笑いかけました。「第一、その場合はお前がクラウの監視と護衛につくのだろう?」

「ご明察、おそれいります。ですが、わたくしが懸念いたしましたのはそのことではございません」

 わたくしは静かにかぶりを振ってから、椅子に座り直しました。「もしゴディル一味が逮捕されたとなりますと、当然彼らの手口も司法の手で明らかになることかと存じます。その場合、クラウ様の関与が明らかになることは避けられません」

 珈琲を口に運ばれようとされたリュライア様のお手が止まり、唇が堅く引き締められました。わたくしはつつましく先を続けます。

「無論、関与と申しましても、犯罪に加担する意思を持っていらしたわけではございません。しかしゴディル氏らが、量刑を軽くしたいばかりにあることないことをでっち上げた場合はいかが相成りましょうか? 例えば、クラウ様がお金欲しさに角の在りかを教えたとか、あるいは侵入を手引きするために制服を貸与したとか……」

「……否定し切ることは難しいかもしれんな。仮に否定したとしても、あの阿呆が犯人らとかかわりを持ち、対価を受け取っていたことは事実だ」

 沈鬱な表情でおっしゃられたリュライア様は、はっとお顔をあげられました。

「だから白磁のカップを持って行ったのか! 店に返すために!」

「仰せのとおりでございます。あれさえ返しておけば、クラウ様の関与を示す直接の証拠はございませんから」

 わたくしが説明を終えますと、リュライア様は目を伏せたまま珈琲をお飲みになられました。その後しばし無言のままでいらっしゃいましたが、やがて少し戸惑ったような口調でわたくしに尋ねられました。

「ゴディル一味の存在を伏せる必要があることは分かった。だが、学院に奴らの計画を伝えることなく、どうやって角を見つけたと説明したのだ?」

「それはもちろん、クラウ様のおかげですと申し上げました」

 リュライア様の見開いた目が、ご主人様の驚愕のほどを物語っていらっしゃいます。わたくしはなだめるような口調で続けました。

「グリエルド先生には、こう申し上げました――わたくしのお仕えするリュライア・スノート師の姪御であるクラウティエル・クロリス様は、ユニコーンの角の盗難事件以来、その行方について深く考えを巡らせておいででした。そして昨日、犯人たちが逃走の際に隠した場所に思い至り、リュライア様にお知らせされたのです」

「あり得ん話だ」衝撃から立ち直られたリュライア様が、肩で息をつかれました。わたくしは微笑で流して続けます。

「クラウ様は謙虚なお方でいらっしゃいます。角を発見した者には学院から高額の賞金が出ることになっておりますが、賞金受け取りの権利を叔母上に差し上げたいとおっしゃられて、学院には叔母上からお知らせするようお願いされたのです」

「あの馬鹿はそんなことは夢にも思わんだろうな」

「しかし、リュライア様も慈悲深く、思慮深いお方です」わたくしは平然と続けました。「姪の発見を自分の手柄にするようなことはできない。しかし、姪の気持ちも汲まねばならない。ついては学院にお願いだが、ユニコーンの角を見つけた賞金は、二十ゼカーノだけリュライア様にお支払いいただき、残りは全て学院の奨学基金に寄付したい。そしてこのことは、クラウ様にも秘密に願いたい――わたくしのこの願いを、グリエルド先生は快諾されました。また、今回の功績をクラウ様の学業の評価につなげる必要は全くないというリュライア様のご要望も、あわせてお伝えしておきました」

「よく言ってくれた。だが、あきれた奴だ」わたくしの差し出した賞金二十ゼカーノ入りの革袋を、リュライア様は微苦笑と共に見つめられました。「二十ゼカーノというのは、あの馬鹿の二日分の労賃というわけか」

「はい。いろいろございましたが、今回の件は、クラウ様があの求人広告に反応しなければ解決しなかった話でございますから」

「だからと言ってあの馬鹿には過分な褒美だが、まあいい。すぐに白磁のカップを買えと言ってやろう」

 肩をすくめて珈琲をお飲みになられたリュライア様は、諦めたようなお顔で傍らの紙片を引き寄せました。昨日、ユニコーンの角の隠し場所についてわれわれの意見を書いた紙でございます。

「それで結局、角の隠し場所はどこだった?」

「はい。まことに恐縮ではございますが……」

 二枚の紙のうち、リュライア様が書かれた方は<ラステリウム管理室の中>と、わたくしが書いた方は<資料保管庫のメルクゥの巣箱の寝藁の中>と書かれておりますが、わたくしは自分が書いた方の紙をリュライア様に指し示しました。

「……ユニコーンの角は、魔力を遮断するラステリウムで覆われた鞄に入っている。それなら、同じ鞄が複数保管されているであろう場所に置くのが一番よかろうと思ったのだがな」

「まことに。実際グリエルド先生にお尋ねしたところ、ラステリウム管理室は調べていなかったとのことでございました」

 捜索の人出が足りないせいもあるが、犯人の逃走経路から大きく外れていたから調べていなかったということはあえて口にいたしませんでした。リュライア様はカップに残っていた珈琲を飲み干されると、わたくしの目を覗き込まれました。

「それで、お前は何故そこだと分かった?」

「はい。学院の中には、他にも隠せそうな場所はいくつか存在するかと思います。しかしわたくしに手がかりを与えてくれたのは、今回の犯人たちの行動でございました。何故彼らは、おそろしく手間と費用のかかる方法で盗品を回収しようとしたのでしょうか?」

「何?」

「隠し場所に自信があるのであれば、半年も経ってほとぼりが冷めた頃にまた侵入する方が安全です。しかし彼らは今回、大金を払って古道具屋を借りたり、学生を金で釣って制服を手に入れようとしたりと、なりふり構わぬ方法で回収を試みています。まるで回収に期限があるかのように、でございます」

 わたくしの言葉に、リュライア様は軽く首を傾げて考えておられましたが、すぐに椅子から腰を浮かせて叫ばれました。

「メルクゥの寝藁か! 三か月に一度交換する必要があるからだな!?」

「仰せのとおりにございます。犯行の夜、彼らはメルクゥの存在に肝を潰しながらも、咄嗟にこの小さな警備員の巣に盗品を隠すという巧妙な案を思いつき、実行に移しました。この騒音の塊の巣に隠しておけば、誰も探すようなことはしないだろう――実際、その読みは正確でした。しかし後日、メルクゥの生態を調べていて愕然としたはずです」

「メルクゥを飼う際は、三か月に一度寝藁を交換しなければならない」リュライア様は諦めたように首を振られました。「これを知った時、奴らは相当焦っただろうな」

「はい。寝藁の交換さえなければ発見される可能性は低いが、三か月以内には必ず発見されてしまう。かと言ってまだ学院は警戒しているから、前回のような侵入は容易でない。そこで大掛かりな方法を使ってでも、回収を強行する必要があった――わたくしはそう考えまして、隠し場所はメルクゥの巣ではないかとの考えに至った次第でございます」

 リュライア様は深々とため息をつかれてから、空になった珈琲カップをわたくしの方に押しやりました。

「お代わりを頼む。それと賭けはお前の勝ちだ、劇場に席を予約しておけ」

「かしこまりました。しかし僭越ではございましたが、お席の方は昨夜のうちに手配いたしましてございます。今夜の公演で、とてもいいお席が取れました」

「いつもながら手の早い奴だ。着ていく服の選択は任せるが、あまり派手なのや窮屈なのは御免被るぞ」リュライア様の絶望の表情に、わたくしは笑顔をお返しいたしました。

「心得ております。万事、このファルナミアンにお任せあれ」

                               珈琲2杯目 了

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