珈琲1杯目 (11)主従の賭け

 わたくしの言葉に、しばらくリュライア様は楽しげに口元をほころばせておられましたが、やがてちらりとわたくしを見上げられました。

「あの馬鹿が、素直に詫びなど入れると思うか?」

「おそらくは。悪戯の種明かしをして喜ぶつもりが、事前に全てを見抜かれていたとお知りになれば、さしものクラウ様も動揺して意気消沈されるものかと」


「では賭けようか」リュライア様はそう口にされると、挑むような口調で続けられました。

「もし明日の正午までに奴が詫びに来なければ、私の勝ちだ。明日の昼前までに奴が頭を下げに来たら、お前の勝ち。無論、ちょっと詫びの一言を口にするだけではなく、文字どおりきちんと頭を下げての謝罪でなければならんぞ」


「受けましょう」わたくしは悠然とお返ししました。「何をお賭けになります?」

「私が勝ったら、先月『メナハン・カフタット』の店で見た珈琲道具一式を買う許可をもらおう。同じようなものを持っているからとお前に反対されたやつだ」

「ではわたくしが勝ちましたら、地下蔵にあるイスポルゲート産二十年ものの赤葡萄酒を一杯頂戴いたします」


「よかろう」

 リュライア様は鷹揚にうなずかれました。「普段なら、お前相手の賭けなどしないところだ……お前は常に正しいからな。しかし今回ばかりはあの希代の大馬鹿クラウが相手だ。この勝負、もらったぞ」

「どうなりますやら。それでは、珈琲を淹れてまいります」

 そのとき、玄関の呼び鈴が鳴りました。階段を降りて玄関の扉を開けると、立っていたのはクラウ様でございます。


「あの、ファル……」クラウ様の手には、わたくしの差し上げたお手紙が握られていました。「リュラ叔母様に、お詫びしたいんだけど……」

「そのお手紙は、学生寮にお戻りになられてからお読みくださいと申し上げたはずでございますが」

 わたくしが威厳を取り繕って申し上げますと、クラウ様は叱られたように――リュライア様の前では決してお見せになられないようなしおらしい様子で――うつむかれ、ひと言「ごめんなさい」とつぶやかれました。


「どうぞお気になさらずに。では、リュライア様にお取次ぎいたします。きちんと反省され、謝罪されれば、必ずやリュライア様はお許しくださるでしょう」

 わたくしは殊更表情を消しつつも、口調をわずかに優しくいたしました。

「お詫びに来たと申し上げれば、リュライア様は何故か失望の表情を浮かべられるやもしれませんが、きっと大丈夫でございます。それではお二階へどうぞ」

                               珈琲1杯目 了

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