珈琲6杯目 (4)作戦

 翌日は、各方面との調整に費やしました。「メナハン・カフタット」との出店交渉は上首尾で、店に割り当てられた区画の隅を明日一日使わせていただけることになりました。当事者である<黄金の栞堂>のグーレム氏に事情をご説明するのは、クラウ様がご自身でされるとおっしゃられたのでお任せし、わたくしは会場となる蚤の市の下見や競馬の予想紙の購入、プラトリッツ魔導女学院への訪問を済ませた後でお屋敷に戻りました。

「首尾は上々でございます」

 わたくしが報告いたしますと、リュライア様は重々しくうなずかれました。

「あの馬鹿のために、お前がこんなに苦労することはあるまい」

「どうぞお気になさりませぬよう。これもクラウ様の御為になることでございます」

「何?」わたくしの答えが意外だったのか、リュライア様が眉を上げられた瞬間、クラウ様がご到着されました。



「グーレムさん、明日の蚤の市に来てくれるってさ。でも、競馬場で三月賞を観戦したいから、それまでに終えてくれって言ってるけど……」

「大丈夫でございます。おそらく、お昼過ぎまでには魔導年鑑を売ることができると思います」

 わたくしが見込みを申し上げますと、クラウ様はうれしそうにうなずかれましたが、しかしすぐに真顔になられました。

「ねえファル、魔導年鑑はいくらで売れるかな?」

「さあ、そればかりは何とも申せません。何しろ魔導年鑑でございますから」

 わたくしはそう申し上げますと、書斎の壁際の書き物机の上から、一枚の紙を取り上げてクラウ様にお見せいたしました。

「明日はこちらを魔導年鑑の『値札』にいたします」

「えーっと……え!? 『帝国魔導年鑑 昨年までの十年分(分売不可) 定価十五ゼカーノのところ、本日に限り半値の七ゼカーノ五セリウス』って!」

 クラウ様は今にも涎を垂らしそうな表情でわたくしを見上げました。まるで子犬のような可愛らしさですが、子犬は次にクラウ様がおっしゃられたようなことはおそらく口にしないかと思います――「じゃ、もし売れたら三ゼカーノ三セリウスももらえるの!?」

「それはまだ気が早いかと存じます」わたくしは微苦笑を押し殺しつつ、首を振りました。「蚤の市の風物詩は、値切り交渉でございます。おそらく、五ゼカーノを維持できるかの攻防となるでしょう」

「えー、せめて六ゼカーノ! いや、五ゼカーノ二セリウス!」

「厚かましいぞ、クラウ」

 リュライア様の静かな怒声が飛び、クラウ様はひゅっと首をすくめられました。リュライア様はため息をつきながら、姪御様に声をかけられます。

「とにかく明日はしっかりやれよ、クラウ」

「へ?」

 クラウ様は、鳩が大砲で撃たれたような表情でリュライア様を見つめ返しました。わたくしはそっとそのそばに歩み寄り、励ますように解説いたしました。

「明日はわたくしも参りますが、しかし売るのはクラウ様にやっていただかねばなりません」

「え? ええっ?」

 クラウ様の目が、動揺のあまり泳ぎ始めておられます。わたくしはその瞳を捉えて、ひと言ひと言、噛んで含めるように申し上げました。

「大丈夫でございます。策がございますので……それにクラウ様、ご自身で値段交渉に挑めば、五ゼカーノよりも高く売れるやもしれませんよ?」

 果たして、この魔法の言葉が決め手となったようでございます。クラウ様の瞳に、覚悟の光が宿りました。

「分かった。僕、やるよ」

「それでこそクラウ様でございます。それでは、明日の作戦でございますが……」

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