執事たる者甘すぎず、使い魔たる者猫すぎず
倉馬 あおい
珈琲1杯目 猫と執事と留学生
珈琲1杯目 (1)使い魔(猫)から執事(美女)へ
わたくしが使い魔としてお仕えしている魔導士・リュライア様は、とてもお優しい方でございます。現に本日も、朝から七歳年下の姪であるクラウ様が突然押しかけてこられて居間の椅子を占領されておられますが、リュライア様は親族を追い出すようなことはなさっておられません――少なくとも、今のところは。
「ねえリュラ叔母様、差し出し済みの手紙を奪い返す魔法ってあるかな?」
「無い。お前は何を言っているのだ? 帝国郵便公社に喧嘩を売る気か?」
追い出すことはなされませんが、クラウ様の突拍子もない問いへの答えは、どうしてもかような調子になってしまいます。リュライア様はその琥珀色の瞳でクラウ様をひと睨みされましたが、クラウ様は気にせず椅子から身を乗り出しました。
「実は僕、困ったことになっててさあ」
「知るか。お前の困ったことはいつも自業自得だ。あと自分のことを『僕』と呼ぶのは控えろ。一応馬鹿にも性別はあるだろうが」
リュライア様は膝の上に乗る猫型の使い魔を――わたくしですが――優しく撫でながら冷たく言い放ちました。しかしその程度で引き下がるようなクラウ様ではございません。
「ねえ叔母様、今日はあの綺麗な執事さんはいないの?」
「ファルなら、お前が来るのを察知して買い物にでも行ったのだろう。用がないならさっさと学院に戻れ。というより、もうとっくに講義は始まっているだろう。無断欠席するつもりではあるまいな?」
詰問調のリュライア様の指摘を、クラウ様は手をひらひらと振って受け流しました。わたくしの存じ上げるところでは、クラウ様の通われているプラトリッツ魔術女学院は自由闊達な校風なれど、朝から授業をすっぽかすことを容認するほど寛大ではなかったはずでございますが、ご主人様はその点には触れず、深くため息をついてクラウ様の行状を嘆かれました。
「まったくお前ときたら……姉上に頼まれなければ、誰がお前の保護者になぞなるものか」
「それよりもさ、一刻を争うんだ。あの手紙を取り返さないと、大変なことになっちゃうの!」
「そうか、では是非とも大変な目に遭ってくれ」
リュライア様はクラウ様の叫びを無視し、わたくしを抱き上げてあごの下をくすぐり始めました。
「私にとっては、もし南のザントリンド王国との戦争が始まったら、海路で輸入されてくる珈琲の供給が途絶えるかもしれないということの方が一大事だな」
わたくしといたしましては、このままご主人様の愛撫に身を委ねていたいところでございますが、クラウ様のお話にも興味がございます。
「んー? ミアンは気にしなくていいんだ、あんな馬鹿の寝言は放っておけ」
リュライア様にとって、使い魔であるわたくしの考えを察することなど造作もないことです。どうやらクラウ様の懇請は黙殺することにされたらしく、わたくしの耳の付け根を優しく撫でることに集中されておられます。しかし、この程度であきらめるクラウ様ではございません。あどけない顔に、狡猾な笑みが浮かぶのが見えました。
「ねえ叔母様。こないだ市場ですごく趣味のいい白磁のマグを見つけたんだけど」
リュライア様のお手が止まりました。最近クラウ様は、叔母であるリュライア様を扱う術を会得し始めたご様子です。巧妙なのは、すぐに話を続けずに、リュライア様がこの話題に食いつく――失礼な表現をお許しください――のを待ってから、相手が知りたい情報を落ち着いた口調で語り始めたことです。
「無地だけど、手ごろな大きさだし、何よりもあの白い磁器の質感が気に入ったの。あれはかなりの名匠の作品ね。幸いお母様からのお小遣いが届いたばっかりだったから、思い切って買っちゃったんだけど……」
「話を聞こうか」リュライア様はあっさりと豹変され、わたくしを床に下ろされました。「ミアン、すまないがファルを呼んできてくれ」
「ファル? やっぱりあの執事さん、いるんじゃん!」
期待に目を輝かせるクラウ様の脇をすり抜けて、わたくしは猫用の扉から廊下へ、そして自室に引き下がります。そして人間の姿に――ミアンという猫の使い魔から、リュライア様がファルとお呼びになる女性の執事の姿に――変身いたしました。魔法とは、まことに便利なものでございます。このわたくし、ファルナミアンにもいささか魔法の心得はございますが、いつかこのような高度な魔法を自在に使えるようになりたいものです。……例えば、猫から人間に変身した際、服も何も身に着けていないという欠点を克服した魔法とか。
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