第09話 絡まれる女性、その髪色は

 程なくして。

 レインは王都の中心、中央広場に到着した。

 空は茜から紫へ。夜に移り変わろうとしている。


 陽も沈んだというのに、広場は昼間かと見まごう明るさだった。

 街灯が路地のタイルの隙間まで照らし、噴水は優美にライトアップされている。

 光の世界の中、絶えることのないひとの波がレインの前を、横を、後ろを、せわしなく通り過ぎていく。

 広場から四方八方に伸びる路地の先々では、のきを連ねる店舗がいまだ賑わいを見せていた。


 王都は眠らない。

 昔、ローザから聞いた話は本当だったのかと、レインは人知れず感動した。


(感動してる場合じゃない。早く泊まるところを見つけないと)


 意気込んでバッグを背負いなおし、レインは人波に呑まれるように足を踏み入れた。



 

 

 タッチパネルに悪戦苦闘しながら最新案内板で調べたところ、宿泊施設は広場から東に行った商業区に並んでいるらしい。

 カナリエが勧めてきたホテルは、王都の宿泊施設の中で最も高級かつ高貴なものだそうで、他国の王族や貴族、国王が招待した国賓が泊まるレベルと紹介されていた。

 そんな格式高いホテル、身体を休めるどころではない。

 庶民のレインが一般的な価格の宿屋を選ぶのは、当然の帰結だった。


 価格は一泊5000G。案内板でチェックした限り内装も悪くない。レインの家に似た、温かみのある木造作りなのが決め手となった。

 ほとんどの宿泊施設は案内板からの予約が可能だが、その宿屋にはアクセスそのものができなかった。

 予約のための端末を置いていない、すこし古めの宿屋なのかもしれない。


(ここを真っすぐ行って突き当たりを左、だったか?)


 案内板の記憶を頼りに進み、レインが突き当たりを曲がろうとした。

 そのときだった。

 ドン、とレインの胸に飛び込むようにして、小柄な誰かがぶつかってきた。

 倒れるほどではないが、全速力で走ってきたかのような衝撃だった。


「――ご、ごめんなさいっス!」


 どこか聞き覚えのある声の女性だった。

 オーバーサイズのパーカーを着、フードを目深にかぶっている。息を荒げてこちらを見上げてくる瞳は、ひどく怯えているように見えた。


「こちらこそすみません。怪我とかないですか?」

「は、はい。ウチは全然……」


 答えながら、女性はチラチラと後方を確認する。


「あの、ちょっと急いでるんで、これで――」

「――ちょいちょいちょーい!」


 女性が立ち去ろうとした瞬間、男のものであろう低いダミ声が路地に響いた。

 見ると、女性が来た道から茶髪と赤髪の男がふたり駆け寄ってきていた。

 王都の流行りなのかもしれないが、一目見て軽薄な印象を受ける見た目だ。

 ふたりがふたりとも、魔導フォンを手に持っている。


 女性は目をつむり、わずかに天を仰いだ。

 諦めたかのような仕草だった。


 茶髪の男がレインを押しのけ、魔導フォンの背面レンズを女性に向けた。

 赤髪の男もまた、すこし離れた位置から女性に魔導フォンを向ける。


「そんな逃げなくてもいいでしょー、おれらとコラボしてくれるだけでいいんだって! 古くせえゲキトスコーラでも雑談でも、企画はなんでもいいからさ!」

「あの、いまプライベートなんで……」


 視線も合わさず、排泄物と会話しているかのような嫌悪にまみれた顔で女性は言う。


「追いかけ回されたりとか、こういうの困るっス」

「うお、みんな聞いた!? このひとのテンション低い喋りめちゃレアじゃね? おれ、こういうギャップ好きなんよなー! なあ、リスナーもそうだろ? ――『マジで貴重』『なかなか聞けない』『お前が最強か』。そうそう、おれが最強! いやあ、私人逮捕生配信しててよかったー! 偶然ミルル見つけるとか、運ありすぎでしょ、おれ!」

「…………【最低】」


 女性の声が、やけに重く響いた気がした。


「は? なんて?」

 

 と。ドスの利いた声とともに茶髪が手を伸ばし、女性のフードを乱暴に剥いだ。

 現れたのは、薄暗い夕闇でも映える、真っ青なショートヘアー。

 昼間、キャロルに見せてもらったばかりだ。

 見間違えるはずがない。彼女は――

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