第10話 やりすぎた人助け

「ミルルさーん。アンタ、腐ってもトップマチューバーなんだから、言葉遣いには気をつけないとじゃなーい? ちょいブチ切れそうになっちゃった。あぶねあぶね。勘弁してくれよー。二週間前に街でスキル使用しちまって、衛兵に捕まったばっかなんだからさー」


「…………」


「いや、うつむいてだんまりとか一番困るんだけど。エンタメって知ってる?」


「あの」


 ここで。

 青髪の女性――ミルルの鼻先にまで近づけられた魔導フォンをどかし、レインが茶髪の前に割って入った。

 有名人のミルルとわかったから、ではない。

 彼女の肩が恐怖に震えていたからだ。

 男たちの生配信画面に、ミルルとレインが並んで映る。


「もうやめませんか? こちらの方も困ってますし」


「うお、なんか関係ねえモブがインしてきたんだけど! オモロ! てかお前、誰?」


「山住みのただの一般人ですけど……とにかく、あなたもこちらの方とは関係ないんですし、あまり無理強むりじいするのはよくないと思いますよ」


「なんなん? コイツ。これ公務執行妨害ってやつじゃね? ウザェよな、リスナー? ……あ、なんだ? コメントが全部『最低』って……おい、こんなときに荒らしかよ!」


「あ、あの、ウチは大丈夫っス、から……」


 か細い声とともにミルルがレインの袖を引っ張った。

 やはり手が震えている。

 とても大丈夫そうには見えない。


 そんな彼女を、レインはかばうように背に回した。

 騎士でも剣聖でもない、ただの農家だが、戦うべき場面くらいは心得ていた。


「嫌がってる女性をつけ回して魔導フォンを向けてくる男のほうが、世間的に見てウザイと思いますけど。あと」


「……あんだよ?」


「さっきから気になってたんですけど、魔導フォンにぶつぶつ話しかけてるの、なんなんですか? すごいバカなひとみたいですよ?」


 一瞬の沈黙。

 生配信を知らないレインは、この間が生まれた意味が理解できない。

 背後のミルルも唖然としているのが気配で感じ取れた。


「――――はは、オモロ」


 乾いた笑いをもらした後、茶髪がなんの前触れもなくレインに殴りかかってきた。

 腰の入った右ストレート。

 ミルルが背中にしがみつくのを感じつつ、レインは辟易へきえきする。


 騎士団のみならず、こんな男にまでからかわれるのか、と。


「ふざけないでください」


 言いながらレインは、茶髪の拳を、わずらわしそうに左手で払った。コバエを追い払うくらいの力加減だった。


「ウ、ぐァ――ッ!?」


 直後、茶髪の呻き声がもれた。

 と同時に、メギャッ、という鈍い音。

 茶髪の振りかざした右拳が、破壊されていた。


 指はすべて逆方向に折れていた。白黄色の骨が皮膚を突き破り、赤い雫がポタポタと路地にこぼれる。人間大の鉄球に押しつぶされたかのような、それはそんな負傷具合だった。


 背後からミルルの息を呑む音。

 重ねて、茶髪の断末魔が路地に響く。

 レインは思わず後ずさり、自身の左手を見た。

 異常はない。痛みもない。

 あるのは、ローザと手合わせを行ったあとのような、あの違和感だけだった。


「お、おい、ヤベェ……ヤベェってッ!!」


 傍観していた赤髪の男が撮影を中断し、うずくまる茶髪に駆け寄った。

 ゾンビよろしく嗚咽おえつをもらし続ける茶髪を肩で支え、逃げるように来た道を引き返していく。


 怪我をさせるつもりはなかったのに。やりすぎてしまった。

 衛兵とか呼ばれたら捕まるのだろうか、いやでも正当防衛だし、とレインが内心ビクついていると、ミルルが「あ、あの」と声をかけてきた。


「ありがとう、ございます……すごい助かったっス」


「ああ……いえ。俺はなにも。災難でしたね」


「いや、ほんともう、マジでそれ!」


 緊張が解けた反動か、小さく笑いながらミルルはせきを切ったように愚痴りはじめる。


「西区で買い物してたら急にカメラ回されて。マジ最悪だったっス。あいつら、結構タチの悪い迷惑系として有名で。ほかのマチューバーにああして絡みに行って再生数稼いでるんスよ。ウチも、もっと注意しとくべきだったっスね」


「へえ、有名人も大変そうですね……、あ」


 ふと。路地の先から複数の話し声が聴こえてきた。

 先ほどの茶髪の叫び声を聞きつけて、ひとが集まりだしているのだろう。

 もしかしたら、衛兵も駆けつけているかもしれない。


 途端、目に見えてレインの顔が青ざめていく。

 子どもの頃、故郷の村で自警団の大人たちに夜通し叱られたトラウマがよぎったからだ(ちなみに、叱られた原因はローザである)。


「え、えっと、それじゃあ俺はこれで! 髪、隠したほうがいいですよ」


「あ、そうっスね。ありがとう――あの!」


 去り際、ミルルがフードをかぶりなおしながら、すこし面映ゆそうに訊ねてきた。


「名前と、あと『RONE』のID教えてほしいっス! 助けてくれたお礼したいし!」


「いや、お気持ちだけで結構ですので……」


「ダメ! それはウチの流儀に反するっスから! 助けてもらったらキチンと恩返しする、おばあちゃんから教わったウチの家訓で――」


「~~ッ、初対面なので名前はちょっと! RONEとかIDっていうのはわからないので、お礼は騎士団にいるローザって子にしてあげてくださいそれじゃあお元気でッ!!」


「ああ、ちょっと!」


 口早に言い置いて、レインは脱兎のごとくその場を後にしたのだった。

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