第11話 世界最強のインフルエンサー

「……あんな力いっぱい逃げなくてもよくないっスか?」


 路地にひとり残されたミルルは、呆れたように肩をすくめた。


「にしても……アハハ、ウチ相手にあんなしおいひと、はじめてかもっスね」


 ミルルに会えば皆が皆、歓喜の声をあげて近寄ってくる。

 無関心に動じないのは、魔導ネットに興味のない老人か、魔導フォンを持っていない人間ぐらいのものだった。

 ミルルは自意識過剰でも傲慢でもない。むしろ謙虚だ。

 謙虚だからこそ、ここまで多くの人間に愛される存在になった。

 けれど。


「……ウチからID教えて、なんて、言ったことなかったのに」


 お願いを断られたらふて腐れる程度には、ワガママだった。


「口ぶりからするに、ウチのことは知ってたっスよね……まさか、魔導フォン持ってないとか? いや、ウチとタメぐらいの年齢だったから、それはないっスよね……ウチが好みじゃなかった? だとしたら普通にへこむっスけど、そんな感じでもなかった気が……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、路地を抜けて大通りに出る。

 すると。パーカーのポケットに入れていた魔導フォンが震えだした。着信だ。


「はい、もしも――」

『――ミルル!? ああ、やっと繋がった!』


 鼓膜を震わす大音量に、耳に当てた魔導フォンを思わず離す。

 着信相手は、所属事務所のマネージャーだった。


「その慌てよう、さっきの生配信見た感じっスか? 大丈夫っスよ、怪我もなんもなし。……おかしなひとが、助けてくれたっスからね」

『それは私も見てた。そうじゃなくて、そんなことじゃなくって!』

「……なんかあったんスか?」


 なにか様子がおかしい。

 真剣な語調で訊ねると、マネージャーは深呼吸をひとつ挟み。


『あの迷惑系マチューバーたちのチャンネル、五分前ぐらいに削除されたの。おそらくはマチューブの規約違反で。当の本人たちも大炎上してて、いまはほかの迷惑系たちが住所特定して、家に乗り込んだりしはじめてる状態』

「因果応報っていうか……まあ、いつものマチューブって感じっスね」

『それで、さっきの生配信のアーカイブは、もうマチューブに転載されてるんだけど……その動画の再生数が、異常なの』

「異常?」

『三分。転載動画がアップされてから、三分しか経ってない――にもかかわらず、再生数がもう1000万回を超えてるのよ』

「1000万!?」


 現時点で、ミルルが新しく動画を投稿すると二十四時間でやっと500万再生に届く。一ヶ月経って3000万再生いくかいかないか。金を使った大型企画であれば数週間で億再生も望めるが、数分で1000万再生も回る動画は作れた試しがない。

 数分でそれだけの再生数となると、全世界、エリオガル中の人間が再生しているに等しい。


 ミルルはつい立ち止まった。

 通話アプリを裏に潜ませ、マチューブアプリを開く。

 動画ランキングの項目を押すと、一位の欄に件の転載動画がランクインしていた。

 タイトルは『ヒーロー』。

 動画のサムネは、先ほどのおかしな男性――レイン。


 動画タイトルの文字の後ろに、ミルルの姿もあった。言わばツーショットのサムネ画像だが、どうしてかレインから目が離せなかった。

 本能が、目を離すな、と叫んでいるようでもあった。


『トップマチューバーのミルルが絡まれただけじゃ、ここまで再生数は回らない。。あなたを助けた彼が、この動画を1000万回も再生させてるのよ! シークバーの波形も、彼の映っている箇所が一番盛り上がってる!』

「……、……」

『ねえ、ミルル。この彼はいったい何者? トップマチューバーのあなたを押しのけて、エリオガル中の注目をかっさらってる彼は、いったい誰!?』


 そんなの、当のミルルにだってわかるわけがない。

 ミルルは唖然と立ち尽くしながら、転載動画の再生ボタンを押した。

 ミルルとレインが、並んで映っている。

 インフルエンサー『世界最強』と、世界最強にしか勝てない【下克上】が――

 



 

 こうして。

 同じ画角に映ることで、世界最強のインフルエンサーとの対峙戦闘状態になったレインは、無意識のうちに【下克上】を発動。

 ミルルを差し置き、エリオガルでもっとも影響力のある世界最強のインフルエンサーとなったのだった。

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