第03話 心臓が止まりそうな報告
ローザが俺の家に来たあの日から、二ヶ月が経った。
いままで一ヶ月に二度は顔を出していたから、長らく会っていない気持ちになる。
(……まあ、後処理とかで忙しいんだろうな)
ローザ率いる王立騎士団は、魔王を討ち滅した。
日用品の買い出しに下山したとき、麓の村の住民から興奮気味にその一報を告げられた。それもまた、二ヶ月前の話だった。
きっと最後に会った日にはもう動きはじめていたのだろう。深夜開始と言っていた仕事が魔王討伐だったのかもしれない。
そんな大変なときに会いに来てくれなくてもいいのに。
(身体、壊してないといいけど……)
ローザは頑固だ。こうと決めたことはなにがなんでも、自身の体調を無視してでも貫き通す悪癖がある。六歳の頃、四十度近い高熱があるのに、俺との遊びの約束を守るために家を抜けだしてきたり。八歳の頃、収穫祭で食べすぎて吐きそうになっていたのに、村の周りをウロついていた不審者を追いかけて途中でぶっ倒れたりしたこともあった。
まして魔王討伐なんて重要任務だ。今回も、なにかしら無茶をした可能性が高い。
だから、二ヶ月も間が空いているのだろうか?
俺の家に来ることもむずかしいほどの病気か大怪我を負って、それで?
「……まさか、な」
嫌な考えを苦笑いで吹き飛ばして、俺はおもむろに晩飯の準備に入った。
「半月前のイノシシ二頭分の干し肉がまだ残ってるから、それを使っちまおうかな……」
冷静を保つようにわざとつぶやきながら、エプロンを着ける。
と。
不意に、コンコン、と玄関の扉が音を立てた。
来客だ。こんな
慌ててエプロンを脱ぎ、手に握り締めたまま、気持ち足早に玄関へ向かう。
「――っと、ビックリしたー」
しかし。扉を開けた先にいたのはローザではなく、王立騎士団の制服を着た紫髪の女性だった。
見覚えのない女性だ。その制服から、ローザの同僚であろうことは窺えるけれど。
驚きに目を見開いていた女性は視線を下げて、「ふふ」と柔和な笑みを浮かべた。
「かわいい柄じゃん、そのエプロン――てか、出迎えるの早くない? ノックして二秒と経ってないわよ。いったいどこの団長さまだと思ったんだか」
「すみません……えっと、あなたは?」
「あー、そっか。こちらから見てはいたけど、一応これがはじめましてになるから、自己紹介しなきゃなのね。うっかりうっかり」
要領を得ないことをつぶやいた後、女性はその豊満な胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
「はじめまして。王立騎士団で副団長を務めている、聖騎士カナリエです。よろしくね」
「はじめまして、レインです……副団長さんということは、ローザの部下ですか?」
「そういうことになるわね。まあ、騎士団でふたりだけの女ってのもあって、上下関係はあってないようなものだけどね。お互いタメ口だし――てかさ」
区切って、紫髪の女性――カナリエは、不満げに眉をひそめた。
「わたしの話、ローザからほんとに一度も聞いてないの? 騎士団には二歳年上の優秀な副団長がいてー、同じ聖騎士でー、美人で気遣いもできてー、すっごい頼りになる最高の相棒みたいな存在なんだー、的な話をさ」
「ほんとに一度も聞いてないです」
「そ、そう……そんな力強く即答しちゃうくらい聞いてないんだ。そっか、へえ……」
「あ、でも」
「! うん、なになに?」
「口うるさい
「うふふふ! どうしよう、いま無性になにかを殴りたーい♪」
笑顔のまま握り拳を作るカナリエに、俺は本題を切りだした。
「あの、それで……カナリエさんはどうして俺の家に?」
「え? ――ああ、そうだった。レインくん思ったより話しやすくて」
ゴメンなさいね、と苦笑いし、カナリエはすこし真剣な表情を作った。
死線をくぐり抜けてきた騎士団だ。
農家の俺なんかとはちがい、死と隣り合わせの日常を過ごしているのだろう。副団長ともなれば、なおのこと死は身近にある。
だから、こんなにもあっさりと、心臓が止まりそうなことを口にできるのだろう。
手にしていたエプロンを床に落としながら、俺はそう思った。
「ローザが死にそうなの。大至急、王都に来てくれるかしら?」
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