第04話 後悔させてくれるのか?
王都にある王立騎士団寮舎、その敷地内の訓練場にて。
「ふわぁ……、んん」
馬鹿みたいに青い空の下。氷の剣聖と名高き騎士団長、ローザは、目の前で訓練をする部下たちにバレないよう、何度目かもわからないあくびを噛み殺した。
ローザは、退屈で死にそうだった。
魔王を滅ぼして二ヶ月。魔族の残党処理への団員派遣、『
(カナリエに捕まっていなければ、いまごろ……)
魔王討伐後、ローザはすぐにでもレインの下へ行こうと思っていた。
なんなら、討伐前に二ヶ月間の休暇届を作成していた。
が。あとは提出するだけというところで姑ことカナリエに捕まり、長期休暇計画は頓挫せざるを得なくなったのだった。
そのカナリエはいま、私用で王都を離れていた。
〝毎日、耳元で『退屈だ退屈だ』ってボヤかれるのもあれだから、とっておきのご褒美を連れてきてあげるわよ。楽しみに待ってなさい〟
とかなんとか言っていたが、なんのことだかローザにはさっぱりだった。
(ああ……早くレインのご飯が食べたい)
ハァ、と小さくため息をもらして、ローザは目尻のあくび涙をこっそりぬぐう。
「団長、手合わせお願いできませんでしょうか?」
と。ローザの意識を引き戻すようにして、大柄な男性騎士が歩み寄ってきた。
王立騎士団第三部隊隊長、ガラハだ。
『
部下の前でだらしない姿は見せられない(カナリエは別)。「んん」と咳払いをはさみ、背筋を伸ばすと、ローザは意識を騎士団長然としたソレに切り変えた。
「私と手合わせ?」
「はい。ほかの団員たちは、ご覧の通り根をあげてしまいまして」
そう言ってガラハは背後、訓練場で倒れる団員たちの山を見やった。
皆が皆、大粒の汗を垂らし、ゼエゼエと胸で息をしている。
「まったく、実に情けない。騎士団としての誇りが欠けているからこうなるのです。団長が退屈そうにあくびをしてしまうのも無理からぬこと」
「……見てたのか?」
「偶然、目に入ってしまいまして――それで、いかがでしょう? 手合わせのほうは」
「まあ、別にかまわんが……」
「ありがとうございます」
一礼したあと、ガラハは木剣をローザに手渡し、間合いを空けた。
「お、おい。あれ……」「嘘だろ?」「氷の剣聖と怪獣ガラハが?」
訓練場に緊張が走る。倒れていた団員たちは飛び起き、ローザとガラハを中心にして円を作るように広がった。騎士団長と部隊長の手合わせ。そうお目にかかれるものではない。
「ガラハ」
団員たちが息を呑む中。ローザは木剣をためつすがめつ眺めながら言う。
「団長特権により、訓練場内でのスキル使用を許可する。魔術も可だ。私を魔族だと思い、殺す気でかかってこい」
「ッ……それは、本気の団長と戦える、ということでしょうか? 魔王を滅してみせた神の御業、『
「? まさか」
緊迫したガラハの問いを、ローザは鼻で笑い飛ばす。
「私が本気を出したら、それは単なるイジメになってしまうよ。精霊魔術なんて以ての外、【精霊の加護】も切っておこう。得物も不要。きみ相手なら体術だけで充分だ」
坦々とした口調で言い、ローザは手渡された木剣を投げ捨てた。
ローザは事実を口にしただけだった。部下を指導する団長として、なんの感情もなく、ただ冷静に戦力差を告げたに過ぎなかった。
氷の剣聖。
三年前。王都に侵攻してきた魔族の大軍勢17万匹を、【氷の精霊】を顕現して一瞬で殲滅してみせた傑物。
ローザの異名、その所以の一端を目にして、団員たちが緊迫した面持ちになる。
一方、ガラハからすれば煽られているとしか思えなかった。
部隊長相手に武器を捨てる。もはや侮辱行為だ。
ローザの強さは知っている。だが、煽られて素直に引き下がれるほどガラハは年寄りでもなかった。
怒りで目の下が痙攣し、額に青筋が浮かびあかる。
「………………後悔しても、知りませんよ?」
「後悔させてくれるのか? きみ程度の実力で?」
「いますぐにでも――ッ!」
その言葉を合図にして、手合わせ開始。
岩を想起させるガラハの肢体が一瞬、沈んだかと思うと、ローザ目がけて弾けた。
(彼の攻撃は、加護なしだと受けきれないか)
周囲の人数を見てそう判断したローザは、半身を翻し、ガラハの袈裟斬りを躱した。
豪風が顔の横を通り過ぎ、高速の木剣がハンマーのように地面を叩く。
直後。クレーターよろしく、ボゴン! と訓練場の砂地がくぼんだ。
「うおおお!?」「地盤沈下!?」「隊長やりすぎぃ!!」「落ちる落ちる!!」
団員たちの驚愕の声が響く。
が。ガラハの木剣は砕けていない。おそらくは実戦時同様、武器に硬化魔術を付与しているのだろう。それだけ本気ということだ。
「あーあ。直すのが大変だぞ?」
からかうも、頭に血が上っているガラハの耳には届かない。
ガラハが木剣の切っ先を跳ねあげて追撃する。
重戦車めいた外見に適わず、その剣技はしなやかで可憐だ。
しかし、ローザは軽やかなステップで後退し、またも回避してみせる。
ガラハのクラスは『戦士』。
スキルは【
【怪重】は、使用者の半径百メートル以内にある、あらゆる生物の質量を攻撃に乗せることができるスキルだ。
見える限りにいる生物は、ローザと、周囲で見守る団員たち二十七名。ローザの体重が45キロ、団員たちがひとり70キロとして、1935キロ。半径百メートルとなると訓練場外の生物にまで範囲はおよぶから、あのガラハの攻撃にはざっくり2トン近い質量が加えられていることになる。
「うん、いい太刀筋だ。積み重ねてきた努力が見て取れる。だが――」
ガラハの七度目の攻撃がまたも空振りに終わったのを見て、ローザは瞬時に間合いを詰めると、彼の顎にコツン、とやさしく右拳を当てた。
団員たちがどよめく。
観戦していた誰もが、対峙しているガラハですら、詰め寄るローザの動きを視認できなかったからだ。
「――当たらなければ意味がない」
「ッ……、ああぁぁぁッ!!」
屈辱を吹き飛ばす雄叫びとともに振り抜かれた八撃目も、やはり空を斬るだけ。
その後も、ローザはガラハの攻撃を躱し続けた。
柔よく剛を制す。柳よりたおやかなローザの動きを、ガラハの剛力は捉えきれずにいた。
いつでも終わらせられるが、もうすこし遊んでからにしよう、とローザは考えていた。
ガラハを指南するためではなく、レインに会えない不満への憂さ晴らしが理由だ。
(元気かな、レイン)
家庭的な幼なじみのことを思い浮かべ、口端に薄く笑みをこぼしかけた、そのとき。
「……え?」
ローザの視界の端に、ここにいるはずのない人間が映った。
その人物は、いつの間にか帰ってきていたカナリエに案内されるような形で、訓練場に姿を現した。
ローザは自分の脳を疑った。白昼夢でも見ているのか、と。
けれど、耳朶を叩く声音が、ローザの疑念を現実に変えた。
「――ローザッ!!」
会いたかった幼なじみ、レインがそこにはいた。
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