第05話 斜め上すぎる勘違い
「れ、レイン? どうしてここに……」
「ローザ、お前なにやってんだッ!」
「なにって……えぇ?」
二ヶ月ぶりの再会も途中、突如として現れたレインは背負っていたバッグを煩わしそうに地面に置くと、困惑するローザを見据えながら歩み寄ってきた。
その表情は、すこし怒っているようにも見える。
「なんだ?」「誰だあいつ?」「副団長も一緒にいるぞ」「団長の知り合いか?」
そんな団員たちの話し声を断ち切るかのように、
「うらああああッ!!」
ガラハの木剣が、鋭い風切り音とともにローザの鼻先をかすめた。
ガラハは、先の煽りで完全に頭に血が上り、本気でローザを倒しにかかっていた。
ガラハ、煽り耐性ゼロなのである。
「ガラハ、そこまで! 手合わせ中止、中止だ! 静まれ!」
「うがああああああッ!!」
「この、脳筋ゴリラめ!」
ローザの制止も馬耳東風。こちらに近づいてくるレインの姿も、ガラハには見えていないようだった。その目にはもう、銀髪の少女しか映っていない。
(これは、マズい……!)
このままだと、暴れ狂ったガラハの攻撃がレインに当たる可能性がある。
【下克上】が発動できない、世界二位以下の攻撃が。
レインに警告して遠ざける時間はない――横薙ぎの攻撃を回避後、ローザは焦り気味に【精霊の加護】を発動させた。この手合わせを一瞬で終わらせるためだ。
「うおおおおおおおッッ!!」
咆哮とともにゴリラ騎士が前方に踏み込み、ローザの頭めがけて木剣を振り下ろした。
大振りの唐竹割り。腹部がガラ空きだ。
鳩尾に一発、それで終わる。
ヒュッ、と浅く息を吸い、ローザは腰を落とした。握りしめた右拳に力を込め、標的の鳩尾を見据える。【精霊の加護】により全ステータスが向上したいまのローザであれば、振り下ろされる木剣よりも速く拳を打ち放てる。
が。
ローザは拳を放つことができなかった。
「ちょっと、すみません」
いつの間に距離を詰めたのか。
まるで喧嘩の仲裁をするように割って入ってきたレインが、ガラハの一撃を右手だけで受け止めてしまったのだ。
ズンッ! と一際重い音を立てて沈む地面。
生身の人間には到底耐えられるはずもない、2トンを超える超荷重攻撃。
しかし、レインの右手は砕けていない。
どころか、受け止められたガラハの木剣のほうが、なぜか粉々に砕け散っていた。
硬化魔術で鋼以上に硬くなっていた木剣が、だ。
間違いない。このスキルは――
(【下克上】!? だが、私の攻撃ならまだしも、どうしてガラハの攻撃で発動を……)
思案したところで、すぐさま気づく。
ローザは拳を繰り出そうとしていた。その目の前に、レインが割って入ってきた。
つまりレインは、ローザの攻撃範囲に踏み入ったことで世界最強との戦闘状態になり、自動的かつ無意識に【下克上】を発動させたのだ。
言うなればこれは、偶然起こった衝突事故。
【下克上】を発動させたレインに、ガラハの攻撃が勝手にぶつかってきただけなのだ。
「な……、オレのスキルを……?」
攻撃が止められたことで正気を取り戻したのか。
砕けた木剣の柄を手にしたまま、ガラハが信じられないといった表情で後ずさる。
訓練場が静まり返る。突如現れた一般人が部隊長渾身の一撃を受け止めた。その事実を、団員たちも受け止め切れずにいるようだった。
「手合わせ中にすみません」
何事もなかったかのように木剣の破片を払い落とすと、ここでようやく、レインは当惑するガラハを見た。
「ローザとすこし話をしても?」
「え……あ、ああ、オレはかまわない、が……」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げたあと、レインはローザに向き直る。腰に手を当ててローザを睨むそのサマは擬音にしてプンプン、といった感じだった。
「ローザ!」
「え? あ、は、はい」
「なんで起きてんだ、寝てなきゃダメだろ! ちょっと良くなったと思ってもすぐぶり返すのが風邪なんだぞ? もう十六なんだから、子どもみたいな無茶はするなよ!」
「……ん?」
「それも、死にそうなほどにタチの悪い風邪って……大丈夫なのか? いまは落ち着いてても、身体にはまだウィルスが残ってるはずだから、しばらくは安静にしてないと」
「……んん?」
レインがなんの話をしているのかわからない。風邪? 死にそう?
「うふふふ」
ローザが疑問符を浮かべていると、ススス、とカナリエが静かに歩み寄ってきた。
肩を並べるように隣り合うカナリエに、ローザは小声で耳打ちする。
「か、カナリエ、これはいったい……そもそも、どうしてレインがここに」
「まあまあ。あとで全部説明するから、いまは愛しのレインくんに甘えちゃいなさいな」
「甘えろって……というか、カナリエ、いつの間にレインくんなんて呼び方に――」
「それで、熱は引いたのか?」
話していると、不意打ちよろしく、レインがローザの額に手のひらを当ててきた。
「あらま」
それを見たカナリエが、なぜかうれしそうな声をあげ、ローザとの距離を取った。縁談の場で、あとは若い者同士で、と席を外す保護者のようだった。
「んー、高熱ってほどではないけど、すこし熱いな。動いたあとだからか?」
「れ、レイン……みんなが見てるから、その」
「あ、まだ測り終えてないって」
恥ずかしさから逃げようとするローザの左手首を、レインの右手が掴んだ。
相手が世界最強であれば、こうしたささいな引っ張り合いでも【下克上】は発動する。
抵抗虚しく、ローザはされるがまま引き寄せられ、レインの胸にポスッ、と顔を埋めた。
そのあと、レインは逃げられないように左手をローザの右肩に置くと、目線を合わせるようにして身をかがめ、目をつむり、額と額をくっつけてきたのだった。
「~~ッ、…………ッッ!?」
「ほら、やっぱり熱っぽい」
鼻先数センチから響く幼なじみの声音に、ローザの脳が一瞬で茹だる。
触れたことはある。幼なじみなのだから。そんなことは何度でもある。
けれど、ここまで――唇が触れそうなほど顔を近づけたのは、はじめてのことだった。
「あらま!」「おおおおッ!?」「唐突なラブコメ波動!?」「氷の剣聖が溶ける春到来!?」「てぇてぇ!!」「おいおい死んだわ俺」「ああクソ焦れってえ! もっと攻めろ少年!」
緊迫した手合わせからの怒涛の急展開に、カナリエほか団員たちが色めき立つ。
ローザは氷の剣聖と恐れられているが、だからと言って嫌われているわけではなかった。団員たちは皆、ローザをかわいがりたい、娘のように愛でたいと思っていた。けれど立場的には上司だから気軽にそうもできない……そうした日頃のうっ憤(?)が、この野次馬を産みだしていた。
そんな愛されローザはどうしていいかわからず、全身をこわばらせたままギュッとまぶたを閉じ、直立していた。
(れ、レインはいつもこうだ! 子どもの頃の話で恥ずかしがるウブのくせに、お節介を焼くときだけはこうやって大胆になるんだ! そのせいで私がどれだけ惑わされてきたと……いや、ちが、別に惑わされてなどいないがッ!? レインは恋愛対象じゃない、レインは恋愛対象じゃない、レインは恋愛対象じゃない……!)
「あれ、なぜか急激に熱くなってきて――って、よく見たら耳まで真っ赤じゃねえか! やっぱりぶり返したか……おい、ローザ。しっかり掴まっとけよ!」
「ふぇあ? ――、きゃっ!」
途端。レインは額を離すと、二律背反に唸るローザを肩に担ぎあげた。
俗に言う、俵担ぎである。
「おおおおおッ…………おおお?」
盛り上がりかけたオーディエンスも、あまりに不恰好なこの運搬法には疑問符を浮かべざるを得なかった。
「……あの、レイン? 私が言うのもなんだが、もうちょっと運び方があると思うんだ。こんなコメを運ぶような形じゃなく、お姫さまだっことか……な? わかるだろ?」
「みなさん、すみません! ローザを寝かせてきますので、これで!」
「あ、聞く耳持ってくれないモードだこれ! レインはいつもこうなんだ!」
ぐぬぬ、と必死に逃れようともがいても、【下克上】発動中のレインには逆らえない。
ローザはやはりされるがまま、レインとともに訓練場を後にしたのだった。
抗議の意を示すようにレインの背中をポカスカ殴ること数秒後。ローザは羞恥に駆られながら、遠ざかる訓練場を確認した。
(あの様子だと、【下克上】の存在まではバレていないようだな……)
最悪の事態は免れた、とローザは胸をなでおろす。
だが、レインがとんでもない力を秘めている、という事実は露見してしまった。ガラハの一撃を受け止めたのだ。見間違いだと誤魔化すのはむずかしいだろう。
これからどう隠蔽していくか。悩んでいると、レインが「ローザ」と声をかけてきた。
「ど、どうした?」
「その、なんていうか」
気恥ずかしそうにレインは言う。
「風邪で大変だっただろうけど……二ヶ月ぶりに会えてうれしかったよ。大切な幼なじみになにかあったらって思うと、気が気じゃなかったからさ。うん、本当によかった」
「――――――――」
「な、なんだよ。無言になるなよ。心配してたのは本当なんだから――あ、ところでさ。リンゴとナシだったら、どっちがいい? どっちも、ローザが大好きだからさ。いっぱい採ってきたんだ……というか、バッグ置いてきちまったな。あとで取りに戻らないと」
あはは、と困ったように笑うレインの声を聴きながら、ローザもまたフッと頬を緩める。
(……なるほど、そういうことだったのか)
刹那。ローザは、ある『答え』にたどり着いた。
万能感ないし達成感とでもいうべき感覚が、ローザの全身を駆け巡っていく。
やれやれ、といった風にローザはため息を吐く。
(レインって、私のことが大好きだったのかあ……)
たどり着いた答えは、斜め上すぎる勘違いだった。
いつもは素直じゃないレインが『大切な幼なじみ』と口にしたことによってしばし脳がショートしたローザ。
思考が復帰した瞬間、『ローザが大好きだから』という言葉を耳にし、ローザの脳はついにオーバーヒート。
アクセル全開のこの勘違いが生まれたのだった。
バスローブ姿で片手にワイングラスでも持っていそうな余裕の微笑でチラリ、とレインの後頭部を見やる。
(運ぶことに集中しているように見せかけてその実、担いでいるこの私に興味津々だったのかあ。あまつさえ、恋愛対象として見ちゃってるのかあ……そっかあ、まいったなあ。わ、私はそんな風に見てたつもりはなかったんだが、これじゃあ、レインから告白されるという机上の空論が空論じゃなくなってしまって……ふひ、ふひひひ。いやあ、ほんとにもう、まいったなあッ!)
「ちょ、なんだなんだ? 急に暴れんなって。落ちたら危ねえだろ」
馬鹿みたいに青い空の下。レインに担がれながら、ローザは堪えきれない喜びに手足をバタつかせ、バカみたいなニヤけ面を浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます