第26話 泣き続けるから
動画撮影は滞りなく進んだ。
100万G分の高級料理を食べながら、ミルルがお得意のトークを繰り広げて、俺がそれに応じる。
料理に対するリアクションも拾っていたが、俺からすると、ミルルはトークのほうこそを重視しているように感じた。
タイトルに『話題のヒーロー』とあるから、俺の深掘りを意識したのかもしれない。
料理の量も、単価が高いせいか過酷というほど多くはなかった。
加えて、俺たちは空腹状態。
気づけば、二時間ほどで八割近くを平らげていた。
「ちょっと休憩入れていいっスか? 録画が問題なかったか確認したくて」
「わかった。俺も腹を休めとく」
「うぅ……お腹重っ」
腹に手を添えながら、ミルルが録画の確認に立ち上がる。
料理は残り二割。昼前には完食できるか、と胃の調子を探っていると、ソファに置いていた俺の魔導フォンが震えた。
『こんにちは。お昼はどこで待ち合わせますか?』
ローザからのメールだった。
そういえば、どこで会うかを決めていなかった。
毎回騎士団寮じゃあ味気ない。それに、会える日はもう二日とない。
しばし悩み、中央広場で落ち合おうと決めた。
いつかやろうと思っていた王都観光を、ローザと一緒にしようと思ったのだ。
『忙しかったですか?』
返信を打つ前にローザから催促のメールが届いた。
既読だけつけて悩みモードに入ってしまっていたから、勘ぐってしまったようだった。
『もしかして煩わしかったですか? 何度も送ってきて気持ち悪いなって思っちゃったんですか? もう会いたくないって思っちゃいましたか? ゴメンなさい、ゴメンなさい』
「いやいや待て待て……」
追加の病みメールに焦り、慌てて画面をタップする。
現時点でローザのメール作成速度は俺をゆうに超えているようだった。
「OK、ちゃんと撮れてたっス。さあ、ラストスパート行くっスよ!」
「え、あ、ああ……」
そうこうしているうちに、確認を終えたミルルが定位置に戻ってきた。
『大丈夫だよ。いま』までしか打ち込めなかったメールを、そのまま送信する。既読無視が一番の悪手だと思ったのだ。
が。その半端な返信こそが、ローザには一番の悪手だった。
ミルルが深呼吸をはさみ、意識を撮影モードに切り替えて口を開いた。
そのとき。
「え? ――あ、俺のだ」
タイミング悪く俺の魔導フォンが、ブブブ、ブブブ、と長く震えはじめた。
着信だ――気勢をそがれたミルルがジト目で睨んでくる。撮影中は電源を落としておくべきだった。
俺は「わ、悪い」と謝りながら、慌てて魔導フォンを手に取る。
着信相手は、予想はできていたが、ローザだった。
しかも、普通の着信ではなく、なぜかビデオ通話を試みてきていた。
訝しみつつも、通話許可ボタンを押す。
『レイン! 大丈夫か!?』
通話を開始した瞬間、音割れ気味の音声とともに、画面いっぱいにローザの心配そうな顔が映しだされた。
俺は呆れながら、カメラに自分の顔を映しつつ。
「声デカ。顔も近いし……というか、大丈夫ってなにがだよ?」
『さ、さっき、すごい中途半端なメールを送ってきただろ? だから、メールを打ってる最中に背後からハルバードで斬りつけられたんじゃないかと思って』
「想定する事態が物騒すぎるんだよな……、ん?」
不意に、ローザの背後に映る余白に、カナリエがフレームインしてきた。
カメラ目線でこちらに手を振ったあと、ゴメンね、と言わんばかりに両手を合わせる。カナリエはローザのこの暴走を止めようとしていたようだ。
『とにかく! いまどこにいるんだ? 護衛からの報告も遅れていてアテにならないし、この目で直接レインの安全を確認しなければ!』
「過保護すぎるわ。というか、いまはちょっと動画の撮影を手伝ってて――」
「こんにちはっス、ローザ団長!」
と。会話に割り込むようにして、今度はミルルがこちらのカメラ内にインしてきた。
青髪を目にし、この世の終わりかのような愕然とした表情になるローザ。
『れ、レイン……? どうして、ミルルと一緒に……』
「いやあ、申し訳ないっスねー!」
なぜか俺の腕にしがみつき、ミルルは自慢げに言う。
「いま、レインとふたりきりで動画撮影してたところなんスよ! これから、この王都で一番おいしいって評判のホワイトチョコを食べてもらうところで。ねえレイン、ホワイトチョコは食べたことあるっスか?」
「え? ああ、いや……そういえば食べたことないかも。故郷の村、ド田舎だったから」
「ほんとっスか? じゃあ、これがレインの『はじめて』になるんスね」
ミルルが目を細め、チラリ、とカメラ先の銀髪を見やった。鼻を鳴らして、不敵に口角を吊り上げる。まるで挑発しているようだった。
ローザは、こちらに音が聴こえてきそうなほど、ギリギリと強く歯噛みしていた。その背後で、カナリエが呆れたように肩をすくめている。
ミルルはテーブル上のホワイトチョコを指でつまみ、俺の口元に運んだ。
「はい、レイン。あーん」
「いや、自分で食べられるって」
「もう取っちゃったっスから。戻すのも行儀悪いし。ほら、食べて?」
「…………あむ」
『あああああああッ!? レイン氏!?』
『〝氏〟付けて呼ぶのやめな? アンタ幼なじみでしょ』
ローザの絶叫とカナリエの冷静な突っ込みが響く。
指についたホワイトチョコの欠片を舐め取り、優越感に浸った表情になると、ミルルはカメラ目線でからかうようにピースサインを向けた。
「いえーい、ローザ団長見ってるー? レインのはじめて、いただいちゃいましたー♪」
『ッ……、ぐああああああああああッ!!』
『ちょ、なにしてんのローザ! 魔導フォン叩き割る気!?』
『離せカナリエ! ミルル〇せないッ!!』
『どっちみち〇せないわよ、画面割るくらいじゃあ! ちょっとレインくん!』
拳を振り上げるローザを羽交い絞めで制しながら、カナリエは続ける。
『ローザをからかうのがすごい楽しいのはわたしも知ってるし、いま傍観してても楽しかったんだけど、ミルルにこれ以上煽らないように言ってもらえる? あと、わたし宛てにサインを一枚書いてもらえないか聞いてちょうだい! ずっと前からファンだったの!』
「意外とミーハーだったんですね、カナリエさん……」
俺が呆れていると、隣り合うミルルが笑顔で言った。
「アハハ! そんなの何枚でも書くっスよ、カナリエさん! 良かったら写真も一緒に撮りましょー!」
『マジで!? あざっす!! ローザ、わたしの写真のためにここは引いてッ!』
『この裏切り者がああああああッ!!』
『それじゃあ、ローザはわたしがなだめておくから! 動画撮影がんばってね!』
暴れるローザを組み伏せて、カナリエが魔導フォンに手を伸ばす。
『うぅ、レイン……』
ブツッ、と通話が切れる間際、そんなローザのさみしそうな声が届いた。
ふと。脳裏に幼少期の思い出が甦る。かくれんぼの思い出だ。
鬼になったローザが不安そうな顔で俺を探して、ついには泣きだしてしまう、あの。
「ちょっとからかいすぎたっスかね? まあ、ウチらも動画撮影再開するっスか――」
「――悪い」
居ても立ってもいられず、俺はソファから腰を上げた。
ミルルが不思議そうな顔でこちらを見つめる中、俺は苦笑して。
「俺、今日はもう帰るよ」
「え? 撮影、まだ残ってるっスよ?」
「……隠れたままだと、アイツ泣き続けるから」
「? なんの話っスか?」
「と、とにかく、本当にゴメン! この借りはまた後日、あらためて返すから!」
「あ、ちょっと!」
言うが早いか。俺は足早に出入り口に向かい、扉に手をかける。
「もう、次の撮影は24時間耐久動画にするっスからねーーッ!」
ミルルの怖ろしい宣告を背に受けながら、俺はスタジオを後にしたのだった。
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