第27話 観光

『いまローザが寮を出た。まさか、わたしの拘束から逃れるとは思わなかったわ……そのまま行けばちょうど中央広場付近で会えるはずよ』


 カナリエからそんな通話がかかってきたのは、スタジオを出た直後のことだった。

 俺がスタジオを離れたことを知っているのは、遅れていたとかいう護衛の報告が届きはじめたからか。

 護衛側になにか問題でもあったのだろうか?

 なんにせよ、騎士団寮への進路を変更し、俺は一路中央広場を目指した。


 全速力で駆けていく。

 こんなに全力で、人目も気にせず走るのは子どもの頃以来だった。

 程なくして到着した中央広場。

 陽射しまぶしい噴水前で、必死な顔で辺りを見回す銀髪の後ろ姿を見つけた。

 原始人同士の邂逅である。


「ローザッ!!」


 俺の呼び声に反応して、ローザが銀髪をきらめかせてこちらを振り返る。

 一瞬、安堵の表情を見せたかと思えば、すぐに怒り眉でムッ、と俺を睨みつけた。

 けれど、怒りたいのは俺も同じだった。


「レイン! 今日という今日はその女たらしな悪癖を矯正し――むぎゅ、?」

「いいか? ローザ」


 早足でローザに詰め寄り、そのやわらかな頬を両手でぺちっ、と挟む。

 ローザの額にも汗が浮かんでいた。俺と同じように、全力で走ってきてくれたのだろう。

 乱れた呼吸を整えたあと、覚悟を決めるように俺は言った。


「……ないから」

「む、むぐ?」

「メールの話だよ。もう会いたくないと思ったか、とか送ってきてただろ? ――俺が、ローザと会いたくないなんて思うことは、絶対にないから」

「――、――」

「だから、あんなメールはもう冗談でも送ってくるな。わかったか?」

「…………むぐ」

「うん。ならいい」


 ローザがうなずいたのを見て両手を離し、額に張りついた銀髪を整えてやる。

 気づくと、行き交う通行人たちが俺たちを物珍しげに見ていた。公共の場で真昼間から言い合っていれば、そりゃあ見られるというものだ。


「えっと……あ、そうだ。ローザ、このあとって時間あるか? さっきメールでも訊こうとしたんだけど、一緒に王都観光してくれないかと思ってさ」

「…………(コクリ)」

「よし、決まりだ。それじゃあ――、おっと」


 と。噴水の出水量が変わり、水しぶきが一際大きく舞った。

 咄嗟にローザの手首を掴み、自分のほうに引き寄せる。


「あはは、濡れるところだったな。じゃあ、さっそく行くか」


 ローザが制服姿だから着替えさせたいところだけど、私服だと逆に声をかけられやすくなるか。ローザ、王都では人気者らしいし。

 そんなことを考えながら手首を離し、歩きだすと、俺の手を小さな手が握り止めた。


「ローザ?」

「お、王都は!」


 上ずった声を咳払いで戻し、ローザは言い直す。


「王都は、ひとが多い。最近は、観光客が増えてるから特に。はぐれると危険だから、私が先導してやる」

「……なんか顔赤い?」

「赤くない!」

「そうか……まあ、たしかに人混みもあるしな。こうしたほうが安心か」

「そ、そう! 安心なんだ、そういうことなんだ、うむ」

「なんか怪しいけど……いいや、とりあえず行こうぜ。突っ立ってたら日が暮れちまう」

「うん!」


 手の握り方を、指同士をからめた握り方に変えて、ローザは歩きはじめる。

 これ、もしかして噂に聞いたことのある恋人繋ぎというやつなのでは、と気づいて手を離しかけたが、ローザがあまりにうれしそうなので、やめておいた。

 手汗とか大丈夫だろうか、と変な心配をしていると、ローザが観光客で賑わう大通り沿いの街並みを眺めながら口を開いた。


「見ろ、レイン。建物の二階の窓、その横でなにか光ってるのがわかるか?」

「あれは……『鏡』?」

「そう。フィーゲル王国は『鏡』の工芸品が有名らしいんだ。何百年も前から、ああして建築物の意匠に鏡を取り入れているそうだ。二階のアレは飾りで、利便性は皆無だが」

「だろうな……毎朝、窓から身を乗りだして髪をセットするわけにもいかないだろうし」


 日常生活の中で太陽の反射光が煩わしくならないのだろうか、と思ったが、よく観察してみると、反対側一階の軒下に、二階窓横からの反射光をさらに反射する鏡が設けられていた。

 最終的に、反射光は俺たちが歩く大通りの歩道側に行き着き、光の最終到達地点には『春夏秋冬』を示す窪みが作られていた。光の当たる場所によって、そのときの季節がわかる仕組みらしい。


「鏡は邪を払うものとして王国民に信奉され、同時に、魔術師にも重宝された。鏡は魔力伝導率が高く、魔術を込める媒体として優秀だったんだ――そうした理由から、魔導革命が起きる前までフィーゲル王国は『魔術師の国』と呼ばれていたこともあったそうだ」


「へえ、街に歴史ありだ。というか、やけに詳しいなローザ」

「王都に来たばかりの頃、この街をよく知る……なんというか、変なやつに出会ってな。そいつに教えてもらったんだ」

「なるほど、そのひとに感謝だな。またひとつ賢くなった」

「それで、その、どうだった? 王都観光したいと言うから、それっぽくガイドしてみたんだが……ちゃんとできていたか?」

「ああ、もちろん。ローザのおかげで王都をもっと好きになれたよ。ありがとう」

「そ、そうか? うん、それならよかった……ふひひ」

「痛い痛い、手振りすぎだって」


 人混みに入る。

 昨日の生配信でのミルルの忠告を守ってか、俺たちに声をかけてくるひとはいなかった。文字通りひとりも。洗脳でもされたのかと疑いたくなるほどだった。


「レイン。この先に王都名物のお菓子が売ってる屋台があるから、私が直々に食べさせてやるぞ。こう、あーん、って」

「いや、別に自分で食べられるからいいよ。というか、俺いまお腹いっぱいで――」

「食・べ・さ・せ・て・や・るッ!」

「……お願いします」

「ふひひ、よろしい!」


 ご満悦といった様子で笑顔を浮かべるローザ。

 まったく。幼なじみのこの笑顔は心底ズルイ。なんだって許してやりたくなる。

 繋いだ手をブラブラ揺らすローザを見ながら、俺も思わず笑みをこぼした。

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