第25話 動画撮影

 明けて翌日。

 窓から差し込む朝日にまぶたをくすぐられて起きる。

 上体を起こして伸びをしたとき、魔導フォンがチカチカ点滅していることに気づいた。

 確認すると、ミルルからメールが届いていた。

 受信時間は深夜。昨夜、眠ったあとに届いていたらしい。


『寝てたらゴメンっス! ようやく動画のネタまとまったんで共有しとくっス! 明日は朝ご飯を抜いて、ここに集合でヨロ!』


 文章とともに王都西区域の住所が貼られていた。建物の外観の写真まで添えられている。


『おはよう。メシ抜き了解、支度して向かう』


 手短にそう返信して、着替えると、俺は一階に漂うミソスープの香りの誘惑に堪えつつ、ビレビハを後にしたのだった。



 

 

〝今度は動画、撮らないっスか? ふたりっきりで〟


 先日の生配信後。俺がお返ししたいと言うと、ミルルはそんな提案を耳打ちしてきた。

 ここまでで知り得たミルルの性格上、キャロルのような過酷なネタを撮るとは思えないが……ふたりきりという点に疑問を抱きながらも、俺は了承したのだった。


 ビレビハから徒歩二十分。今度は野次馬に絡まれることもなく無事、目的地に到着した。

 閑静な高級住宅街にポツリと建つ鉄筋造りのソレは、どうやら、録音などを行うためのスタジオらしかった。

 俺、完全に場違いだと思うんだが……。

 恐る恐る入り口に近づくと、見計らったように扉が開き、ミルルが顔を覗かせた。


「いらっしゃい! 朝早く申し訳ないっスね」

「全然……というか、よく俺が来たのわかったな」

「カメラあるっスから。それ見て急いで開けに来たっス」


 言われて、入り口上部の隅に監視カメラが設置されていることに気づいた。


「ああ……なるほど、あはは」

「な、なんスか?」

「いや。カメラで見張って待つぐらい、撮影が楽しみだったんだなって」

「……お、お腹が減ってたから、早く来ないかなって思ってただけっスよ! とりあえず、中入って! 時間がもったいないっスから!」

「はいはい」


 耳の赤いミルルに背を押され、スタジオ内に足を踏み入れた。



 

 

 通されたのは、録音ブースの手前にある広々としたロビー空間だった。

 ローテーブルの上に、十人前はあろうかといった量の料理が並べられている。テーブル前には、三脚に支えられた魔導フォンが鎮座していた。

 動画タイトルは『話題のヒーローと王都の高級料理、100万G分食べてみた』。

 タイトルの通り、俺とミルルが王都の料理を100万G分食べるという内容である。

 これはこれで過酷な動画になりそうだった。


「――とまあ、動画の概要はそんな感じっス。ネタとしては安直だけど、食に関する動画って強いんスよね。再生数がじわじわ伸び続けてくれる有能なコンテンツなんスよー」

「この企画なら、もっと大勢呼んだほうがよかったんじゃないか?」

「田舎者のレインに高級料理を食べさせることで生まれるであろう斬新で面白いリアクションを撮りたかったんスよ。ほかのひとを呼んだらそこが薄れるじゃないっスか」

「流暢に失礼なこと言いやがって……」

「なんでもって言ったんだから文句言わない! 視聴者が面白いって思ってくれる動画を撮り続ける。それがウチの誇りなんスから! とことん付き合ってもらうっスよ」

「お手柔らかに頼むよ……というか、動画撮影も魔導フォンでやるんだな」


 テーブル近くのソファに座って訊ねると、ミルルは魔導フォンの画角をチェックしつつ。


「この魔導フォン高機能っスから。動画撮影用のアプリを入れれば、ボタンひとつで録画から編集までできちゃうんスよ。昨日の生配信も、そのアプリを使ってやってたっスね」

「へえ、生配信もできるのか」

「もちろん。マチューバー専用のアプリと言っても過言じゃないっスね。レインも入れてみたらどうっスか? 同機種だから余裕で動くっスよ。チャンネル開設してアプリ落とすだけっスから、数分もかからないっス」

「いや、俺はマチューバーになる気はないし……」

「入れるだけっスよ。配信したくなかったら起動しなければいいだけだし――それに」

「それに?」


 魔導フォンのカメラを俺に向けて、ズーム音を鳴らすミルル。


「いまのレインのバズり具合なら、チャンネル登録者数も一瞬で100万は確実だと思うんスよね。一ヶ月で億は超えると見たっス。そうなれば、生配信の『お布施』やら動画の広告収入やらで月数千万は固いと思うんスよね。もちろん、チャンネル作ったらウチも宣伝するっスよ――つか、レインもお金がほしくないわけではないんスよね?」

「……そりゃあ、まあ」


 カナリエに押しつけられた500万Gも、ミルルに奢ってもらった魔導フォンの代金も、いずれ返すつもりでいた。それが稼げるというのであれば願ったり叶ったりではある。


「なら入れておくべきっスよ! さっきも言ったように、気が乗らないなら起動しなければいいんだし。損はないっスよ」

「うーん……じゃあ、入れるだけ入れておこうかな」

「レインちょろっ」

「うるせえ」

「アハハ、冗談っスよ! じゃあ、撮影はじめる前に入れちゃうっスかねー」


 笑いつつ、ミルルがソファの隣に座った。俺は魔導フォンを取り出し『レインの部屋』(ミルル命名)というチャンネルを開設すると、ミルルの指示に従ってアプリを落とした。

 俺が生配信か。

 話すのは苦手だから、トーク力に自信がつくまですこし放置しておこう。


「ひとつだけ。心構えというか、注意点なんスけど」


 さっそく俺のチャンネルを魔導ネット上で宣伝したあと、ミルルが言った。

 顔は笑っているが、声は真剣だった。


「動画にコメントを残すひととか生配信に来る視聴者さんは、あくまで隣人として考えたほうがいいっス。絶対に、身内や友だちとは思わないほうがいい。これは、キャロちゃんにも忠告させてもらったことっスけど」

「隣人……他人と思え、ってことか?」

「正確には『自分のことを知った気になってる他人』っスね。だから、レインがびっくりするような、普通そんなこと言う!? っていうようなことも平気で言ってくるっス。匿名性も強いから、悪意をぶつけることに躊躇いがないんスよ」

「悪意……」


 昨日の生配信。誰かわからない、プッ、という笑い声が脳内でフラッシュバックした。


「あくまで一部っスよ? 基本はいいひとばっかっス。でも、性根が腐ったやつはマジでとことん腐ってるんで注意しても無駄なんスよね。ウチら人間の言葉が通じないんスよ」

「か、過激な表現だな。そこまで言うか」

「いやマジなんスって」


 ため息まじりにミルルは言う。


「苦労自慢するわけじゃないっスけど、ウチも色々あったっスからね……そういう人間は、相手が傷つくと思って悪意をぶつけてない。やさしい指摘だと思い込んでる。中には好奇心だけで誹謗中傷してくる奴もいる。なので、そういう輩は全スルー。無視するに限るっス。犯行予告は黙って即通報」

「……変なコメントを見たら全部無視、犯行予告は即通報」

「そうっス。それだけ覚えてたら、配信も楽しくできるはずっスよ」

「わかった。肝に銘じておく」

「うん、銘じられてえらい! じゃあ撮影はじめちゃうっスよ! もうお腹限界!」


 腹部をさすりながら立ち上がり、魔導フォンの録画ボタンを押すミルル。

 肝に銘じたはずのこの教えを、翌日、俺は破ってしまうことになる。

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