第19話 最強の販売力

「視聴者のみんなは店内に入らないようにしてくださいねー! お店に迷惑かけちゃうと困るっスから! ご協力よろしくお願いしまーす!」


 視聴者に釘を刺し、ミルルは店内に足を踏み入れた。俺たちゲストも、続いて店に入る。

 ミルル曰く、そこは王都最大の魔導フォン専門店らしかった。

 騎士団の訓練場並に広い店内に、様々な機種の魔導フォンが所狭しと陳列されている。壁には、100インチ相当の大型魔導テレビが掛けられていた。村にあった14インチのボロテレビがおもちゃに見えるレベルだ。テレビには、魔導フォンを作っている会社や、通信サービス会社の契約を促す宣伝動画が流されている。


 その魔導テレビを食い入るように見つめながら、ローザがうっとりと吐息をもらした。


「レイン。文明とはすごいのだな……魔導革命とはよく言ったものだ」

「感想が原始人なんだよな……」


 呆れていると、隣に立つキャロルが俺の太ももをペシッ、と軽く叩いた。


「いや、アンタもひとのこと言えないでしょ」

「お嬢さまもはじめて魔導フォンを手にしたとき、似たようなことを仰ってましたよ~」

「り、リサは黙ってて!」

「ハァハァ……て、照れ隠しお嬢さまのご尊顔でオコメ三杯余裕です~……ジュルリラ」

「――いらっしゃいませ!」


 と。アホなやり取りをしている俺ら四人の下に、腰の低い女性店員がひとりやってきた。

 紺色の制服をビシッと着こなした店員は、ニコヤカながらも、獲物を狩る獣めいた眼光で四人を品定めし――俺をターゲットに選んだようだった。

 女性店員は音もなく俺に近寄り、ニカッ、と健康的な白いを覗かせる。


「ミルルさまのゲストさまということで、ご来店いただき誠にありがとうございます! それで、本日はどのような機種をお求めで?」

「ああいえ、まだ全然決まっていなくて……」

「なんと! それでしたら、当店おすすめの機種がございますが、ご紹介してもよろしいでしょうか? それとも、ミルルさまと同機種のほうが?」

「えっと……俺、そういうのもサッパリわからなくて」


 思わず狼狽うろたえる俺を見たあと、店員はどこか悦に浸ったように自身の額をペシッと叩いた。


「ああ、申し訳ございません。僭越せんえつながら自分、今年の夏に王都で行われました『第七回魔導フォン販売王選手権』でチャンピオンに輝き、世界最強の販売王になったばかりでして……困らせてしまい、大変申し訳ございません。一般のお客さま相手に見せつけていい販売力ではございませんでしたよねえ。ああ、それもこれも、自分がチャンピオンになったばっかりに。チャンピオンになどなってしまったばかりにッ!」

「へえ、そんな選手権が……」


 この店員に購入を勧められる流れを作ったら、ミルルの生配信の趣旨からズレることになる。

 これでは『ゲストと魔導フォンを買わされに行く』だ。『買いに行く』ではない。

 時間稼ぎをしなければ。

 俺はわらにもすがる思いで辺りを見回し、話題を移した。


「そ、その選手権って、色んな売り文句のバリエーションを競うんですか? たとえば、『このテレビ、こことここが高性能なので買ってください!』みたいな」

「わかりました」

「へ?」


 俺が100インチテレビを指差してそう言うと、女性店員は虚ろな顔で頷いた。

 獣から飼い犬へ。ひとが変わったかのようだった。

 枠下に記載されてるテレビの型番を見つめ、近くのパンフレットの余白にそれを書き写すと、亡霊のようにレジ奥に消えていく。


「……このテレビ、買いに行ったの?」


 キャロルが唖然と訊ねてくる。

 ローザはなぜか、ハァ、と呆れたようにため息をついていた。


「いや、まさかそんなわけ……」


 俺たちが店を出るまで、その女性店員が姿を見せることはなかった。

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