第18話 生配信スタート

「キャロちゃんに聞いたっスよ。レイン、マジで魔導フォン持ってないらしいじゃないっスか。そりゃRONEのID教えられないわけっスよね……え? ローザ団長も持ってない? マジっスか!? じゃあ、今回の配信にピッタリっスね!」


 と、いうわけで。

 生配信の内容は、俺とローザの魔導フォンを買いに行く、というものになった。

 配信タイトルもそのまま、『ゲストと魔導フォンを買いに行く』だ。

 魔導フォンがお礼だったのだろうか。訊ねると、ミルルはすこし考えて。


「んー、それは副産物というか……まあ、いまはそういう解釈でOKっス」


 と困ったように笑った。どうやら、ちがうらしい。

 たしかに、ミルルは先ほど生配信がお礼の一環だと言っていた。お礼は物だけではない、という意味だろうか?


「それじゃあ、さっそくはじめちゃうっスねー」


 俺が思案している間に、ミルルは早々に配信開始ボタンをタップした。



 

 

 配信をはじめた瞬間、ミルルはトップマチューバーに変貌した。


「はいはーい! ミルルちゃんねるをご覧のみなさん、こんにちはー! 今日はタイトル通り、ゲストと一緒に魔導フォンを買いに行くっスよ! そのゲストとは~、こちら!」


 伸縮式の棒――自撮り棒を巧みに操り、魔導フォンのカメラを俺たちゲストに向けた。

 ミルルの豹変ぶりに気圧されたのか。キャロルはぎこちなく笑い、ローザは緊張で顔を強張らせた。リサは物怖じせずメイド然とお辞儀している。俺も軽く頭を下げた。


「昨日ウチを助けてくれた話題のヒーロー、レインさんと、王都でも大人気の騎士団長ローザさん! そして、ウチの大親友になったキャロル王女ことキャロちゃんと、メイドのリサさんっス! いやあ、胃がもたれそうなくらい濃いメンバーっスねえ。道中、どんな話が聞けるか楽しみっスね! それじゃあ、さっそく行ってみよー!」


 元気よく歩きだすミルルを追うように、俺たちゲストも進みだす。

 会話はミルルが主導となって広げていった。MCというらしい。

 助けたことの感謝に始まり、趣味や好物など当たり障りのないネタを面白おかしく展開させる。

 配信前のミルルも明るく奔放だったが、配信中の彼女はトークのひとつひとつに気迫のようなものが上乗せされていた。

 プロ意識、というやつなのかもしれない。


 と。騎士団寮がある区域を出たあたりで、キャロルがこっそり腰をつついてきた。


「レイン、見て」


 キャロルが自分の魔導フォンを掲げ、いま行っている生配信の画面を見せてくる。


「おお、文字が流れてるな。早すぎて読めないけど」

「コメントじゃなくて、その配信枠の下にある数字見て。エグすぎじゃない? キャロル、ちょっと鳥肌立っちゃった……」

「えっと……489万? これはなんの数字なんだ?」

「これを見ているひとたちの数。同時接続者数を略して、同接なんて呼ばれてる――いまこの瞬間、489万人がこの配信を見てるってこと」

「へえ、そうなんだ」


 100億という、とんでもない再生数の動画を先に知ってしまったから少なく感じるが、きっとすごい数なのだろう。動画と配信では、その辺りの基準数がちがうのかもしれない。


「き、キャロル、緊張でトイレ行きたくなってきちゃった……どうしよう? レイン」

「……お店まで我慢だ」


 結局、キャロルは我慢できずに、道中の公園で用を足した。



 

 

 商業区へ続く大通りに出る頃になると、キャロルの緊張はだいぶほぐれていた。公園で緊張も一緒に流してきたのだろうか。さすがミルルに憧れているだけはある。あるいは、王女として人前に立ってきた経験が役に立ったのかもしれない。元来度胸があるのだろう。配信への順応力は、ゲストの中で最も高いと云えた。


「すごいな、ミルルとキャロル王女は……」


 前を歩くふたりの背を見つめたまま、ローザはポツリとつぶやいた。


「衆目にさらされながら、あれほど会話を弾ませられるなんて……私には到底無理だ」

「俺にも無理だよ」


 この生配信を見ている視聴者は、魔導フォンの画面越しだけでなく、俺たちの周囲にも数百人、取り囲むように存在していた。

 もちろん、ほぼ全員がカメラをこちらに向けてきている。ミルルも特に注意はしてないから、こうなることを承知でこの生配信をはじめているようだった。


「カナリエが、ミルルは数百人が集まるレベルと言っていたが、本当だったのだな」

「子どもまでミルルに手を振ってるからな。すごい人気だよ、ほんとに」

「そういうレインにも、熱い視線が注がれているようだがな。気づいていないのか?」

「気づいてはいるけど……」


 周囲の視聴者は、ミルルのトークに耳をかたむけてはいるが、視線はことあるごとに俺に向けてきていた。おそらくは、昨日の動画の影響なのだろう。

 女性が黄色い声をあげて俺に手を振る。

 俺も反射的に手を振りかけたが、ローザがジト目でこっちを睨んでいたのでやめておいた。


「いまだに、こうなった理由がわからないからな。居心地悪くて仕方ないよ」

「…………すまない」

「? なんでローザが謝るんだよ」

「あ、いや……な、なんでだろうな? ふひひ」


 と。

 ローザが苦笑いをした瞬間、プッ、と吹き出すような笑い声が聴こえた。

 周りで眺めている視聴者の誰かからだ。

 タイミング的に、ローザの笑い方をバカにしたような、そんなニュアンスに感じた。


(……気にしすぎか?)


 辺りを軽く見回すも、ひとが多すぎてその誰かは見つからない。

 まったく別のことで笑っただけかもしれない。

 けれど、もしローザに向けられた悪意だとしたら、そう考えると、胸の底でチリチリと黒い感情が燻り続けた。


「どうした? レイン。怖い顔して。誰か知り合いでもいたのか?」

「……ローザ」

「ん?」

「もしなにかあったら、すぐ俺のところに来いよ。俺だけは、お前の味方だからな」

「ッ……、は、はは~ん? な、なるほどな? さっきちょっと口喧嘩してしまったから、今度は甘い言葉で攻めようと、そういう魂胆なわけだな? 飴と鞭。私相手に駆け引きを楽しんでいるわけだ……ふ、ふ~ん? おもしれー男」


 震え声で強がりながら、引きつったドヤ顔を見せつけてくるローザ。

 そうこうしているうちに、目的地の魔導フォンショップに到着した。

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