第17話 ムッツリと愚レイン

「……じゃあ、レインはヤリ〇ンじゃないのか?」

「当たり前だ! さっきも説明したけど、キャロルたちとは途中で一緒になったってだけだ。ローザが考えてるようなことはなにもしてないよ」

「そ、そうか……うん、よかった。そうだよな、レインがそんなことするわけないよな。いや、信じてはいたんだがな? その、長い人生、気の迷いというものもあるわけで」

「だからってヤリ〇ンには行き着かないだろ――というか」

「な、なんだ?」


「女性三人と歩いてきただけでそんな妄想するって……想像力豊かというか、ローザって意外とムッツリスケベだったんだな」

「は、ハァッ!? それはつまり、私が保健体育だけ無駄に得意な前人未踏のエロマスターだと言っているのか!?」

「そこまでは言ってねえよッ!」

「はー心外、心外だなあッ! そういうレインだって、四年前一緒に風呂に入ったとき、レインの愚息ぐそくを通常時よりも十センチ以上膨張させていたくせにッ! 前かがみになって隠してたけど、ちゃんと見えてたんだからな! えっち!」

「だからそれは忘れろって言って――いや待て、お前俺のアレを愚かって言った? いまたしかに愚かな息子って言ったよなぁッ!?」

「ええ言いましたが!?」

「堂々と開き直ってんじゃねえッ!!」


「はいはい、アホな言い合いはおしまいにして」


 と。加熱する俺とローザの攻防を、カナリエが間に入ることで収めた。

 騎士団寮に到着後。

 俺は泣き叫ぶローザに事情を説明するため、ひとまず寮内の廊下に来ていた。

 カナリエは、収拾がつかなくなったときのための仲裁役として連いてきた形だ。

 まさか読み通りになってしまうとは。


「王女とミルルが正門で待ってるんだから。説明が終わったんならさっさと戻る。いいわね? ムッツリとレインくん」

「私はムッツリじゃない!」

「俺も愚かじゃない! というか、サラッと愚かを俺の冠名にしないでもらえます!?」

「わかったわかった。ほら、いいから歩く」


 呆れ気味なカナリエに背を押され、ローザと睨み合いながら正門に戻る。

 その最中。「そうだ」とカナリエが思いだしたように口を開いた。


「レインくん。昨日はどこの宿に泊まったの?」

「あ、そうそう。それを伝えに来たんですよ」


 歩きながら俺は言う。


「あんな大金もらっておいてあれなんですけど、ビレビハっていうすこし古めの安い宿屋にしました。やさしいお婆さんがオーナーをしている」

「あー、あそこね。昔わたしも何度か泊まったことあるわ。寮舎からだと裏路地を通っていくと近道なのよね。あれでしょ? お弁当の配達とかやってるところよね?」

「みたいですね」


 ビレビハが弁当配達をしていることは朝食後の四方山話で聞いていた。

 亡くなった旦那さんが、愛する奥さんの料理を広めたいから、とはじめたサービスらしい。


「でも、最近では注文もほとんどないって言ってました。旦那さんが生きていた頃からの古いお客さんが、一年に数回注文してくれる程度らしいです」

「そうなんだ。あそこのお弁当、やさしい味付けで美味しいのに。うまく宣伝できれば、またお客さんはつくでしょうけどね」


 ともあれ、とカナリエは続ける。


「ビレビハに泊まってるのね。了解。それじゃあ、今夜にでも配備しとくから」

「配備?」

「そ。騎士団の頼もしい護衛。今朝ちょっと色々あってね。釘は刺しておいたけど、念のためレインくんの周辺にも護衛をつけておこうって話になったのよ。ね? ローザ」

「……ああ。朝食のときにな、そういう話をしたんだ」


 先ほどまでのおふざけを忘れた、団長然とした表情でうなずくローザ。


「護衛がレインの目に留まることはないだろうから、安心してほしい。まさに陰ながら、レインを護衛することになるだろう」

「それとね、レインくん」


 カナリエが割って入ってきた。


「これはできたらでいいんだけど、キャロル王女とも可能な限り、一緒に行動してくれるとうれしいかなって。間接的な『材料』にできるから」

「……わかりました。ありがとうございます」


 なぜ護衛がつくことになったのか、間接的な材料とはなんなのか、訊かないほうがいいのだろう。この様子だと訊いても答えてくれなさそうだが。

 俺がまんまと王都に連れだされたことからもわかる通り、カナリエは騎士団において、様々な策を巡らせる智将タイプの参謀役らしかった。


「うふふ。物分かりのいい子は好きよ――それじゃあ、わたしは部屋に戻って二度寝するわね。今朝、最悪の目覚めだったから寝不足なのよ。またね、レインくん」

「はい。また」


 ポンと俺の肩を軽く叩き、カナリエはウィンクをひとつ。踵を返して寮に戻っていった。

 物分かりのいい子というか、言いなりになる子が好きなのだろう、カナリエは。


 さておき――俺が泊まっている宿屋は伝えた。キャロルとも合流できたし、騎士団寮での用事はもう済んでしまったことになる。

 となると、ここでローザともお別れだろうか、と思い隣を見ると、銀髪の少女はなぜか半目でジっとこちらを睨んでいた。


「なんだよ?」

「カナリエは、ああいうところあるから」

「? うん」

「だから、アイツの言葉は額面通りに受け取ってはいけないぞ? いいな?」

「……えっと、わかった」


 カナリエの言葉には裏があるから騙されるな、みたいな意味だろうか?

 正直よくわからなかったが、ローザの圧がすごかったので、うなずいておいた。



 

 

 正門に戻る。

 キャロルと遊んでいたミルルが「あ」と俺に気づき、ふたりで姉妹のようにじゃれ合いながら、こちらに駆け寄ってきた。


「おかえりっス! ちょうどいいタイミングで戻ってきたっスね」

「悪いな、遅れて」

「全然! キャロちゃんとお話できて楽しかったっス」


 キャロルのふたつの房をピコピコと弄びながらミルルは言う。


「それで、いまキャロルちゃんから聞いたんスけど、レイン、このあとキャロちゃんと動画を撮る予定だったんスよね?」

「ああ。なにを撮るのかは知らされてないけどな」

「キャロちゃんも、なに撮るか決まってなかったみたいなんスよね――なので、このあともしよかったら、ウチのチャンネルで生配信してみないっスか?」

「生配信?」

「そう! これもお礼の一環ってことで。もちろん、ローザ団長も一緒に!」

「わ、私も?」

「はいっス! 王都の人気者のローザ団長がいてくれたら、いつもよりも色んな視聴者が集まって効果的になるはずっスから! ダメっスか?」

「まあ、私はかまわないが……」

「じゃあ決まりっスね! やったねキャロちゃん、生配信ができるっスよ!」


 喜び、またもじゃれ合うミルルとキャロル。

 ふたりも随分と仲良くなったものだ。趣味の合う同性ともなればこれぐらい仲良くなるのが普通か。キャロルの笑顔も、いつもより柔らかく見える。安心している証拠だ。


 なんであれ。どんな生配信になるのだろうか。俺とローザは一抹の不安を抱えながら、ミルルの説明に耳をかたむけたのだった。

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