第13話 近衛師団の探し人

 レインが野次馬の手から逃れた頃。

 騎士団寮舎の正門境を中心に、ふたつの集団が剣呑けんのんとした雰囲気でにらみ合っていた。

 一方は騎士団。寮舎敷地内から、不良のようにガンを飛ばしている。

 もう一方は近衛師団。公道側に甲冑を着た数十名の兵が整然と並び、槍やハルバードを携えていた。


「何度も言わせるな」


 近衛師団を率いる師団長――ラルフが、その白銀の甲冑をきらめかせ、魔導フォン片手に騎士団に詰め寄った。

 画面には、あの転載動画のサムネ――レインが映っている。


「さっさとこの男の居場所を吐け。昨日の夕刻、騎士団寮があるこの区域から出てくるのを目撃した者がいる。お前たち騎士団と関わりがあるのは間違いない」

「うるせえ! テメエらみたいな高給取りどもに話すかよ!」「エリートの坊ちゃんどもは帰れ帰れ!」「嫌味な鎧着やがって! おれらにも着させろ!」「バーカバーカ!」

「静まれ」


 最前に立ちふさがる第三部隊長、ガラハが語気強く言い放った。

 途端、騎士団員たちのヤジがピタリと止む。


「ラルフ。こちらも重ねて問うが、その少年を探している理由を聞かせてくれ。オレたちにも騎士としての誇りがある。一般市民の情報を漏洩ろうえいしたとあっては騎士の名折れなのだ。まずは、お前たちが理由を明かす。話はそれからだ」

「理由は明かせない。お前たちはとにかく、この男の居場所を吐けばいい」

「ならば話は終わりだ。すみやかにお引き取り願おう」

「……血を見る羽目になるぞ、ガラハ」


 ラルフが一歩前に出て、腰に携えるロングソードに手を添えた。

 近衛師団長を務めるこの男、先の魔王討伐戦において幹部級は仕留められずとも、最も多くの魔族を討伐していた猛者もさだった。

 怪獣ガラハの十年来のライバルである。


「フン。眠気覚ましにはちょうどいい」


 ガラハは不敵に笑い、手にしていた朝稽古用の木剣を強く握り締めた。

 背後の騎士団員たちが待ってましたとばかりにたのしそうに腕まくりをする。近衛師団もまた武器を傾け、戦闘態勢を取る。

 一触即発。ヒリついたこの空気を破ったのは。


「もー、朝っぱらからなに?」


 王立騎士団の副団長、カナリエの間延びした声だった。

 あくびをもらしつつ、気怠げに門境まで足を進めるカナリエ。

 血気盛んだった騎士団員たちが残念そうに、祭りは終わりだと言わんばかりに闘志を収めはじめる。

 ラルフの背後に控える兵士たちが、なぜか気まずそうにカナリエから視線をそらした。


「こんな市民の目が届く場所でいがみ合ってんじゃないわよ。アンタらのせいで最悪の目覚めになったわ。やり合うんだったら訓練場にでも行きなさいよね、まったく……」

「カナリエ殿」


 呆れ顔のカナリエに、ラルフが魔導フォンを手に問うた。


「早朝から失礼。この動画に映っている男の居場所を――」

「ちょっと黙りましょうか?」


 カナリエが言った直後、ガシャリ、と幾重もの金属音が鳴った。

 見ると、ラルフの首筋に数重もの槍の穂先が向けられている。

 味方である兵士たちの武器だ――謀反むほんではない。兵士たちもまた、自分がなぜラルフに矛を向けているのか、理解できていない様子だった。


 カナリエのスキル――【魅亡人アンラバー】である。

 スキルの詳細を知るのは、四年前に戦死した前騎士団長のみ。現騎士団長であるローザも知らない。

 発動条件も効力もスキル名も、その一切が謎に包まれているスキルだった。


「わたし、寝起きすごい悪いのよ。お願いだから、いまは回れ右して帰って。でないと、本当に血を拝む羽目になりそう」

「……ッ、これは、陛下の命なのだ」

「国王の?」


 騎士団員たちがどよめく。

 一国の王が、動画がバズっただけの一市民を探している?

 なにか裏があります、と言っているようなものだ。

 

「国王が、なぜその子の居場所を?」

「わ、わかってくれ、カナリエ殿。これ以上は、我々が口にすることは許されていない」

「……まさか、あのタヌキジジイ」


 カナリエが、とある可能性に気づきはじめたとき。


「――であれば」


 寮舎敷地内から、凛とした声音が届いた。

 王立騎士団団長、ローザである。

 瞬間。無法者よろしく群れていた団員たちが一斉に整列し、一本の道を作った。

 騎士団でつちかわれた習慣であり、圧倒的な強者に対する畏怖いふにも似た条件反射でもあった。

 団員たちの道をゆっくりと進みながら、ローザはさとすように言う。


「私たちも、前国王が遺した『国民を守れ』という騎士団の使命に従い、彼の個人情報を死守するのみだ。きみもご存じの通り、騎士団は現国王の指揮下にない独立団体だ。魔王討伐などの緊急事態ならいざ知らず、人探しだなんて私的な命令に従う義務はない。申し訳ないが、そちらの要求には応えられない」

「し、しかし、陛下の命を反故ほごにすることは……」

「ああ、国王第一というきみたちの立場もわかっている」


 ローザは薄く微笑んだ。


「だから、先の討伐戦を共に駆けた戦友として手土産を渡そう――ソレを見ても国王が諦め悪く、今後も彼に手を出そうとしてくるようなら、私がこう言っていたと伝えてくれ」

「ッ……、ローザ待っ――」


 カナリエの制止も間に合わず、ローザは細い右手をサッ、と横薙ぎに払った。

 高濃度の魔力が渦巻くと同時に、突風のような冷気が辺りに吹きつける。

 直後。近衛師団の身につけている装備すべてが一瞬で凍りつき、粉々に砕け散った。

 近衛師団が、そしてカナリエを除く騎士団までもが、言葉を失う。

 精霊魔術――

 それは三年前、魔族の大軍勢17万匹を凍てつかせた、奇跡の再来だった。


 鎧を失い、肌着姿になった近衛師団が、寒さと恐怖に震えながら、ある一点を見つめる。

 異形。

 最初からそこにいたかのごとく――ローザの背後に、異形の存在が浮遊していた。

 その異形は、一糸まとわぬ女性の形をしていた。

 冷徹な青髪に、氷のような水色の肌。嗤っているのか、こちらを見つめてくる両眼はしなり、唇は不気味に歪められている。


氷の精霊シヴァール】だ。


 視認すると同時に、近衛師団は本能で理解する。

 先ほどの冷気は、彼女が顕現した際のでしかなかったのだと。

 では、【氷の精霊】が攻撃魔術を使用していたら、いったいどうなっていたのか?

 その答えは、足元に散らばる氷漬けの装備が、雄弁に物語っていた。

 背中から抱きついてくる【氷の精霊】をペットのようになだめながら、ローザは続ける。


「『寒いのはお好きですか?』、とな」

「……、し、承知した」


 命令通り騎士団に詰め寄ったが、氷の剣聖の精霊魔術にソレを阻まれた。

 撤退の口実としては充分だ。

 ここで渋ってローザに噛みつけば、戦況の読めぬ愚将のそしりは免れない。

 国王もまた、この撤退に不満をぶつければ愚王のレッテルをたまわることになる。

 これ以上ない手土産だ――ラルフは安堵した表情で、粉々になった装備の一部を戦利品代わりに拾い、静かに一礼。

 部下の兵士を引き連れて、寮舎を後にしたのだった。


「さて、みんな」


【氷の精霊】を引っ込めたあと、ローザはやわらかな表情で団員たちを振り返った。


「朝ご飯はなににしようか?」

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