第21話 ミルルのお礼

 魔導フォンは、レインとローザの分も含め、ミルルが奢ってくれた。

 ちなみに。ローザはレインと同じ機種を選んだ。

 ミルルだけではない、となにかを主張するようでもあった。

 魔導フォン二台で、合計50万G。

 まさかこんなに高いとは思わず、レインとローザは自分で買うと申し出たが、「この配信に出てくれたギャラっス」とミルルに強引に押し切られてしまった。


「私に使いこなせるだろうか……」


 購入後。新品の魔導フォンの袋を不安そうに抱えながら、ローザがつぶやく。


「猫に小判というか、色んな機能を持て余してしまいそうな気がする」

「安心しろローザ」


 無駄なドヤ顔でレインは言う。


「たぶん俺も持て余す」

「だ、だよな? メールやら通話やらは便利だとは思うが、そんなことをするくらいなら直接会いに行けばいいだけの話だものな?」

「それはちょっと原始人すぎるけど……まあ、メールくらいは活用してもいいんじゃないか? 昔やってた文通ごっこの便利版みたいな感じで。相手の家に便せん持ってかなくて済む分、お手軽だぞ?」

「メール……それは、いつでもできるのか?」

「できるんじゃないか? 相手が起きてる限りは」

「そうか、いつでもレインと……うん、それは、たしかに悪くないかもな」


 先ほどよりも気持ちうれしそうな顔で、袋を抱きかかえるローザ。

 文通ごっこしていたとき、ローザはささいなことでもレインに手紙を送ってきた。

『お腹がへりました』『足がかゆいです』『かみが青くなってきた気がします』『今日さむいです』など、文通というより報告のような手紙ばかりだった。


(これからは、ローザから大量のメールが届きそうだな……)


 胸中で嘆息すると、撮影協力の謝意を伝えに行っていたミルルが帰ってきた。レインは袋を片手に駆け寄って。


「ミルル。さっきも言ったけど、魔導フォンありがとうな。大事に使わせてもらうよ」

「あー、全然! つか、感謝にはまだ早いっスよ。ウチのお礼はまだ残ってるっスから」

「これ以上、まだなにかあるのか?」

「もちっス。これ、代わりに持ってもらってもいいっスか? しっかりウチを映して」

「わ、わかった」


 なにをする気なのか? 自撮り棒を手渡され、困惑しながらも画角に青髪を捉える。

 ミルルはカメラ目線でウィンクをひとつ残して、一足先に店外へ出た。

 出待ちしていた視聴者が湧く。数百のレンズと歓声がミルルを出迎える。

 両手を上げてクールダウン。場を沈静化させて、ミルルは口火を切った。


「ご協力、ありがとうございました! おかげで楽しい生配信ができたっス――ただ」


 これまでの親しみある空気が、険しいソレに変わった。


「この生配信をはじめる前に、楽しくないことも起きてしまいました。今朝のことっス。ゲストのレインさんを朝から探し回って、取り囲んだ非常識なひとたちがいるっス」


 視聴者がザワつく。「知ってる」「あれでしょ?」「農家って言ってました、とかってやつ」「おれも見た」ここにいる人間にとっては、すでに周知の事実のようだった。

 レインはここで、お礼の正体に気づいた。


「そのひとたちは、レインさんと出会えたことをうれしそうに文章に綴って、魔導ネットに投稿していました。隠し撮りしてなかっただけまだマシっスけど、レインさんからすれば迷惑行為であることに変わりはないっス」


 ミルルはさらに前のめりに続ける。


「悪意はなかったのかもしれない。でも、それが相手にとって善意と取られるかは別の話。ウチもレインさんも、あなたたちと変わらない一般人っス。有名税だなんて言葉を免罪符にして、ウチらのプライベートに踏み入る行為は今後、【絶対にしないでください】!」


 ミルルの心からの訴えが、辺り一帯に重く響く。

 直後。集まった視聴者が――特に、魔導フォンでこの生配信をリアルタイムで視聴している人間が「絶対にしない!」「絶対にしない!」「絶対にしない!」と合唱しはじめた。

 レインが映している生配信上でも、『絶対にしない』のコメントがあふれ返っている。

 まるで、ミルルの言葉に洗脳されているかのような光景だった。


周知の真実トゥルー・トゥルー】。

 思いを込めた言葉を魔導ネットを介して発信することで、ミルルの言葉はより強い共感を得、視聴者にとっての真実になる。

 ミルルの知られざるスキルだ。


 彼女はスキル適正の儀を受けていないため、スキル名もその詳細も、当人は知らない。しかし、強く念じて発言すると視聴者が思い通りになってしまう、程度の認識はあった。マチューバーをはじめて一年目で気づいた事実だった。


 マチューバーとしては反則級のスキルだ。簡単にトップマチューバーにのし上がることができる。

 だが、フェアを重んじるミルルは、極力この力を使わないようにした。

 ゆえにミルルは、仮に力を使うのなら、誰かに危険がおよんだときと――大切なひとを守るときだけにしよう、そう決めていた。


 今朝。件の投稿文を見て、ミルルはこの『お礼』をしようと決めた。レインに会えなくても最悪ひとりで生配信をして、スキルを使用した注意喚起をするつもりだった。

 ローザを出演させたのは、マチューバーのミルルではリーチできない視聴者層を生配信に呼び込むためだった。反則技を使うのだ。二度とこんなことが起きないよう、徹底的に迷惑の芽を潰してやろうと思った。


「以上っス! ウチの生配信をご視聴いただき、ありがとうございましたッ!!」


 ミルルが勢いよく頭を下げると、集まった視聴者たちから拍手があふれた。

 笑顔でそれに応え、オフモードへのスイッチとばかりにフードを被ると、ミルルは店前から離れるように来た道を戻りはじめた。

 レインは自撮り棒の魔導フォンを取り外し、まごつきながらも配信停止ボタンをタップ。ゲスト陣に目くばせして、ミルルの後を追った。


「ありがとう、ミルル」


 帰路の途中。レインはミルルに魔導フォンを手渡しながら言った。


「お礼、たしかに受け取った。感謝してもしきれない」

「そんな。こっちも過去一の同接数で、チャンネル登録者数もだいぶ稼がせてもらったっスから。ウィンウィンってやつっスよ」

「にしては、俺の恩恵がデカすぎる。今度、なにかお返しさせてくれ」

「いやいや、それ言いだしたら一生終わらないっスよ」

「俺のお返しで終わりにしよう。とにかく、あんながんばってもらってなにもしないってのは気持ち悪いんだよ。頼む、なんでもするからさ」

「…………いま、なんでもって言った?」


 フードの奥で、ミルルの眼が卑しく光った。


「お、おう。なんでもするよ。俺にできることなら、だけど」

「じゃあ、さっそく明日なんスけど……」


 ミルルはレインに近寄り、ささやくように耳打ちした。

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