剣聖の幼なじみが俺にだけ弱い
秋原タク
第一章 剣聖の幼なじみ
第01話 剣聖に勝つ農家がどこにいる
「私の負けだ……」
膝をつき、うなだれる少女。長い銀髪がプルプルと震えている。
少女に突きつけた木剣を引き、俺は呆れたようにため息をついた。
(またか……)
ただの手合わせとはいえ、俺がこの少女に勝てるわけがない。
しかし。少女は負けてよかったと言わんばかりに、嬉々とした表情で立ち上がった。
「いやはや、さすがはレイン。私の
「……あのな、ローザ」
「だが、私は永遠に二番手でいい。最強の座はレインに譲ろう。私は、レインの次に強い存在として騎士団の部下たちを導き――」
「いや、だからさ!」
ローザの言葉を遮り、俺は叫んだ。
「農家の俺が、剣聖のお前に勝てるわけないだろうが!」
ローザは同じ村出身の幼なじみだ。
三年前。十三歳のときに村で行われたクラス適正の儀で、ローザは『剣聖』のクラスを賜った。数百年にひとりの極めてレアなクラスだそうだ。
対する俺は、平凡すぎる『農家』のクラスを賜った。
泣ける。
同時に行われたスキル適正の儀では、ローザは【
俺のスキルは……えっと、なんだったっけ?
まあ、忘れる程度にはショボいスキルを授かった。
そうして。今日まで俺たちは、それぞれのクラスに沿った人生を送ってきた。
ローザは、このフィーゲル王国を護る、王立騎士団の若き騎士団長として。
俺は、両親が遺してくれたこの広大な山を開墾する、しがない農家として。
剣聖と農家。
互いに剣を交えたとき、勝敗がどうなるかなんて想像するまでもないだろう。
ローザとは子供の頃から一緒に剣を振って遊んできたから、剣術の心得がまったくないわけではないけれど、それにしたって剣聖に勝てるほどの腕前ではない。
「暇を見て会いに来てくれるのは、うれしいよ。ここは山ばっかで、人と会うことなんて皆無だからな――でも、だからって毎回毎回、息抜きの手合わせで手を抜く必要はないんだぜ? 素人の俺をおちょくってんのかなんなのか、その理由はわからないけどさ」
「なにを言う。私はいつだって本気だ」
「本気ならなおさらタチが悪いわ。剣聖に勝つ農家がどこにいるってんだよ」
「私の目の前?」
「話にならねえ」
肩をすくめ、穴だらけになった足場を軽く埋め立てる。
ローザと手合わせしたあとは、なぜかこうして地面が荒れるのだ。自分の必死さが見て取れるようで、なんだかちょっと恥ずかしい。
ログハウス調の自宅に戻り、すぐ横の畑に向かう。今夜のスープに使うじゃがいもをふたり分、収穫するためだ。
「本当だ。信じてくれ、レイン」
後を連いてきたローザが、畑の柵の外から弁明してくる。
「部下相手ならまだしも、レイン相手に手心を加えたことは一度もない。私がこうも負け続きなのは、レインが純粋に強いからにほかならない。レインならば、騎士になることはもちろん、フィーゲル王国の『
「はいはい、さようで」
「むぅ。幼なじみが聞く耳を持ってくれない……昔は一緒にお風呂に入った仲なのに」
「何年前の話だ、それ」
「四年前の冬の話だ。お互い十二歳で色々と気にしはじめる時期なのに、レインの母上が一緒に済ませてしまえ、と私たちを風呂に押し込んだのが最後だ」
「……まさか詳細に覚えてるとは思わなかったよ」
「レインがすこし前かがみだったのも覚えている」
「それは忘れろ。いや、忘れてください」
ローザは、まあ、外見だけは美人だった。
体型はスレンダーで、小顔で肌も白く、つぶらな瞳は作りものみたいに綺麗だ。腰まで伸びた艶やかな銀髪はまるで妖精のようで、少女の現実感を希薄にした。その身にまとう騎士団の制服も相まって、どこか王族めいた気品すら窺わせる。
そんな美人な女の子の裸を見たら、健全な男子はどうなるか。
前かがみにもなろうというものだった。
「ふひひ」
端正な顔をふにゃっと緩ませて、ローザは楽しそうに笑う。
子供の頃から変わらない、見飽きるぐらいに見慣れた笑顔だ。
「レインに関することで忘れた記憶など、ひとつもないさ。はじめて出会った日の喧嘩も、故郷が燃えたあの夜の感情も、そして、レインの夢も……つぶさに覚えている。だから、この恥ずかしい記憶も絶対に忘れないぞ? 私は」
「古い馴染みってのも考えものだな……というか、今日も泊まっていくんだろ?」
この家は山間にあるので、王都からここまでは半日近くかかる。
なので。ローザがこうして俺の家を訪れるときは泊まっていくのが前提となっていた。
そのために、夕飯にはじゃがいもの冷製スープでも作ってやろうと思っていたのだが。
「いや」
俺の確認に、ローザは表情を固くして首を振った。
「このあとは……そう、すこし騎士団の仕事があってな。レインからの熱烈な求愛はうれしいが、今日はこのままおとなしく帰ろうかと思う」
「どの部分を求愛と取られたのかがマジで気になるけど……そっか、仕事なら仕方ない。いまが正午すぎぐらいだから、王都に帰るころには夜になっちまうぞ?」
「かまわん。仕事は深夜開始だから、ゆっくり歩いていくよ」
「うわ、マジお疲れさまです。体調には気をつけてな」
「おっと、まさか求婚までされてしまうとはな。私をこの地に永住させる気か?」
「お前の鼓膜どうなってんだよ……いや、この場合、疑うべきは脳か?」
「照れるな照れるな」
「照れてねえ」
「ともあれ、だ」
笑みを口端に残しつつ、さみしそうにローザは言った。
「名残惜しいが、今日のところはお別れだ。レイン」
「ああ、わかった」
「……その」
「ん?」
もじもじと指先をいじりながら、ローザは上目遣いにこちらを見る。
「また、来てもいいか?」
「あはは!」
妙にしおらしいと思えば、なにをいまさら。
俺は引っこ抜いたじゃがいもを掲げてみせる。
「当たり前だろ。ここはもうお前の実家みたいなものなんだから。ただ、今度はゆっくりできるときに来いよ。ふたり分のスープをひとりで処理すんのも、意外と大変なんだ」
「……ああ、そうする」
そんな、いつものやり取りを最後に、ローザは呆気なく踵を返した。
あの楽しそうで人懐っこい笑顔を見るのも、また今度か。
次はいつになるんだろうな。
「……なにさみしがってんだ、俺」
今生の別れってわけでもなし。どうせすぐ会えるさ。
ぶんぶん、とかぶりを振って、さみしがりの虫を追い払う。
銀髪の背中を見送ったあと、俺はふたり分のじゃがいもを手に、家に戻った。
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