第33話 過去話1
※過去話は長いので、読まずに39話まで飛ばしていただいても大丈夫です。
物語をより深く楽しみたい方だけお読みください。
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十六年前。フィーゲル王国北方。
周囲を山々に覆われた農村で、ローザは産まれた。
産まれたときから、ローザの髪は綺麗な銀色に輝いていた。
これは、肉体の魔力含有率が極めて高い人間の特徴だった。
あり余る魔力が髪の色素を薄くする、と謂われている。極めて稀有な現象だった。
同時にその特徴は、とある魔力体を惹きつけてしまう誘い水として知られていた。
『こっちへおいで、そこな
ローザが四歳の頃。親の目を盗み、裏山へ蝶を獲りにいった帰り道。
甘い香りに誘われて、川辺近くの洞穴に入ると、傷だらけの【氷の精霊】に出会った。
立ち上がる力もないのか、苔むした岩にしなだれるようにして座り込んでいる。
「おまえ、びっくりするほど青いな……なんでボロボロなんだ? ころんだのか?」
幼いローザは虫取り網を手に持ちながら、訝しげに訊ねた。
なんだコイツ? 的な顔で【氷の精霊】を睨む。異形の容姿に怯えている様子は微塵も見れなかった。
『そんなところだ。転んで、傷ついて、立ち上がることもできないのさ』
「ふーん」
『ああ……素晴らしい。この距離でも
「私をたべるつもりか?」
手招きしていた手を止め、【氷の精霊】はわざとらしくニッコリと微笑んだ。
『まさか。なぜそう思う?』
「おまえみたいな変なやつが子どもをたべる絵本をみたことがある。いまのおまえみたいなさそい方をしたあと、ちかづいた子どもを頭からたべてしまうんだ。たしか『せいれいかくし』というタイトルの絵本だ。読んだその日はこわくて、母上のふとんでいっしょにねた。おねしょして、おこられた。ないた」
『……時代は変われど、伝承は継がれていたか』
魔導革命から半世紀以上過ぎ、魔導延石が普及した現代において、精霊の存在を信じている者は少なかった。
精霊は、そうした
【氷の精霊】は作戦を変更。
会話で油断させ、あと一歩こちらに近づいたら喰らうことにした。
『いかにも。妾がその絵本に出てくる精霊だ。よくぞ気づいた』
「やっぱり。どうりで青いわけだ……」
『青さは関係ない――しかし、
「ああ、まったく」
『なぜ?』
「なぜって」
不思議そうな顔でローザは言った。
「私には、さっきからおまえが、おいしそうなごはんにしかみえないからだ」
『………………は?』
「がまんできない。いただきます」
途端。虫取り網を放り捨てたかと思うと、ローザは躊躇いなく歩を進め、【氷の精霊】の首筋にガブリと噛みついた。
【氷の精霊】の獣めいた断末魔が響く。
ジタバタと暴れ、必死に抵抗してみせたが、青い手足はローザの身体をすり抜け、触れることすらできなかった。
『……ッ、【精霊の加護】!?』
【精霊の加護】はその名の通り、精霊からもたらされる加護だ。
その寵愛を授かった者は、ステータス向上の恩恵を受けるとともに、精霊からの攻撃を一切受けつけなくなる。
『まさか、かような稀少スキルをこんな童が……、うがあああぁぁぁッッ!!』
バシュッ、と空気の抜けるような音とともに、ローザは【氷の精霊】の首筋を噛みちぎった。出血はない。
代わりに、噛みちぎった箇所から噴水のようにして濃い魔力霧が噴出する。
二秒ほど咀嚼したあと、ローザは苦々しげな顔でぺっ、と精霊の魔力残滓を吐きだした。
「まず。あまいかおりがしたから、もっとおいしいと思ってたのに。それなら――」
『……ま、待ってくれ。いや、待ってください』
「――その、むずかしい言葉ばっかベラベラはなす頭は、どうかな?」
『わ、妾をあなた様の下僕にしてくださいいいぃぃッッッ!!』
あーん、と迫ってくるローザの口を、【氷の精霊】の全身全霊の降伏宣言が止めた。
精霊は、高度な知能を有しているからこそ――有してしまったからこそ、自身の存在が消える『死』にひどく怯えていた。
「げぼく、ってなに?」
涙目で土下座する【氷の精霊】を、ローザは不審者を見るような目で見つめる。
こうして。
幼きローザは、蝶の代わりに【氷の精霊】を捕まえた。
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