第41話 愛の歌

「やっほー! キャロルの『キャラメルちゃんねる』にようこそ! 今日はこの負け犬と一緒にゲーム実況をするわよ! はい、自己紹介!」

「……どうも、負け犬レインです」


 配信開始後。画面に俺たちが映しだされると、コメント欄が爆速で流れはじめた。同時視聴者数も急増していき、ついには32万人までふくれあがる。


「うわ、レイン効果マジですごいわね……いつもの配信でもこれくらい集まりなさいよ、バカリスナーたち! ……『無理』『黙りなお嬢』『飴ちゃんあげるからヒーローだけ映してね』『その男が最強か』『幼女は対象外なので』『ゲームはよ』、なんなのここの視聴者どもは!? 主のキャロルになんの興味も示してくれないじゃない! もう、そこまで言うならゲームにいくわよ! バーカバーカ!」


 悪態をつくキャロルだったが、その表情はどこかうれしそうでもあった。

 遠慮容赦のないコメントは、キャロルを王女としてあつかっていない。

 その、友だちに対するような無遠慮さが、キャロルはうれしいのかもしれなかった。


 配信画面の下、キャラメルちゃんねるの登録者数を確認してみる。

 23万人。

 おそらく半数以上は先日のミルルとの生配信で増えたのだろうが、ここまでコメントが盛り上がる配信環境を築きあげてきたのはキャロルの努力だ。

 素直に、隣に座るキャロルを尊敬した。


「それじゃあ、はじめるわよ!」


 ゲストの俺を呼んだ経緯や雑談もそこそこに、ゲーム機の電源ボタンを押すキャロル。

 そうして、ひとり用のゲームスタート。

 なにもせずゲーム画面を見ていても面白くないだろう、と思っていたが(だからこそ、ふたり用のゲームで遊ぼうと提案したのだが)、これが意外とそうでもなかった。

 美麗なグラフィックと爽快感のあるアクションが、俺の視線をテレビに釘付けにした。そこに練り込まれた重厚なストーリーが加わるものだから、退屈することもできなかった。ゲーム実況を見る視聴者の気持ちがすこしだけ理解できた気がした。


「ああ、キャロル! あぶない、左、左あぶないって!」

「わかってるわよ! 肩揺らさないで、エイムがブレる!」

「エイム? エイムってなに? なあ、エイムってなんのこと!? 俺の知らない単語使わないで!」

「うるさいわねッ!! ああもう、呼ぶゲスト間違えたかもしんない! 誰か助けてッ!」


 騒ぐ俺たちとは対照的な『自業自得やで』という冷静なコメントがおもしろかった。

 



 

 綺麗すぎるトイレで用を足したあと、キチンと手を洗って廊下に出る。

 気づけば夕刻。

 ゲーム実況をはじめて、すでに四時間が経過していた。

 窓の外はすでに茜色に染まり切っている。時間的にも、そろそろお開きだろうか。

 そんなことを考えながら配信部屋に戻っていると、途中でリサに出くわした。

 空のお盆を持っているから、キャロルに新しい菓子などを届けた帰りだろうか。


「あら? レインさま~。配信おつかれさまです~」

「おつかれさまです。と言っても、俺はなにもしてませんけど」

「そんなことありませんよ~」


 リサは笑顔で首を振る。


「お嬢さまの配信は毎回視聴しておりますが、今日は過去一盛り上がった配信でしたよ~。ワガママなお嬢さまと、世間知らずなレインさまとの凸凹コンビ感が見事にマッチしていました~」

「……それは、褒められてるんですよね?」

「もちろん、褒めまくりですよ~。……同時に、わたくしの早とちりも反省しました~。お嬢さまは、恋人ではなく一緒に遊べるご友人を求めていたんですね~」


「? えっと、それはどういう……」

「なんでも~――ともかく、あんなに楽しそうなお嬢さまは久々に見ました~……それもこれも、すべてレインさまのおかげです~。ありがとうございました~」

「そんな、こちらこそですよ。俺も楽しかったです」

「本当に……本当に、ありがとうございました~」


 そう感謝を重ねると、リサは仰々しく、深々と頭を下げたのだった。


(そんな、一緒にゲームしただけで大げさな)


 そう思った直後。眼下の絨毯に、ポタポタ、と雫がこぼれた。

 リサの涙だ――驚く俺をよそに、リサは頭を下げたまま、声を震わせて言う。


「お嬢さまは、物心つく前に女王陛下を亡くされているせいか、人一倍愛情に飢えたお方に育ちました~。ただ普通に愛されたい、その一心で国王陛下にも何度もハグを要求するようなお方でした~――ですが、国王陛下は損得勘定で動く人間でした~。陛下にとってお嬢さまの愛情に応えるのは、子煩悩な王と思われる『損』でしかなかったんです~」


 ゆっくりと頭を上げるリサ。

 エプロンで涙を拭い、腫れた目を伏せながら続ける。


「しばらくして、魔導ネット上に『キャロル王女はいつも国王の仕事の邪魔をしている』という根も葉もない噂が流れました~。当時は、まだ魔王も倒されていない時期でしたので、国民は魔王軍の侵攻に対するストレスを吐きだすかのように、お嬢さまに誹謗中傷をぶつけました~。ついには『稀代のワガママ王女』と呼ばれるようになり、国王陛下は即座にお嬢さまをこの敷地に追いやりました~。まるで、口実を得たと言わんばかりに~」


「……、まさか、キャロルのその噂を流したのって……」

「わたくしにはなにも言えませんが…………いいえ、ですから~」


 鼻をすすって、リサは顔を上げた。


「そんなお嬢さまに、笑顔を取り戻してくださったレインさまには感謝が尽きないんです~。笑顔になったおかげで、『稀代のワガママ王女』というレッテルを逆手にとれるだけの心の余裕ができました~――すべては、あの日レインさまに出会ったおかげなんです~。本当に、本当にありがとうございました~」

「…………」


 またも頭を下げるリサを前に、俺は思わず言葉を失う。


 キャロルだけの私有地。あふれすぎた愛情の流刑地。

 国王のキャロルに対する愛情は、門番ひとり分すらもない。

 色んな感情が胸中に渦巻いていた。国王への怒りだとか、キャロルへの同情だとか――騎士になる夢を叶えなくちゃいけないのに、なにをしたらいいかわからず気分転換にキャロルの誘いに乗った、俺自身の冠名にすべき愚かさとか。

 それでも、なにより。

 一番強く胸に残った感情は、やはり、リサへの感謝だった。


「それなら」


 リサの肩に手を伸ばし、頭を上げさせながら俺は言う。


「やっぱり『こちらこそ』ですよ。リサさん」

「……? と、申しますと~?」

「リサさんは、そんな孤立無援のキャロルに連いてきてくれた。今日までずっとキャロルを支えてきてくれた。リサさんがいなければ、俺はそもそもキャロルに出会えてない」

「……、……」

「だから、ありがとう。リサさん。キャロルを愛してくれて。俺のおかげじゃない。リサさんの愛情があったからこそ、いまのキャロルの笑顔があるんです」


 本当にありがとう、と。

 心を込めて繰り返すと、リサはエプロンに顔を埋め、声を押し殺しながら泣きはじめた。

 その泣き声は、誰よりもキャロルを想う、愛に満ちた歌だった。

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