第40話 キャロルとゲーム実況
王都北区の最北端。
王城の裏手に位置する場所に、キャロルの住む豪邸は鎮座している。
門の前では、メイドのリサが待機していた。
王族なのだから、てっきり近衛師団の兵士あたりが門番を務めているかと思ったのだが……人員不足なのだろうか?
俺が来たことに気づき、リサがスカートの裾を軽く持ち、恭しく頭を下げる。
「ごきげんよう、レインさま~。ようこそ、おいでくださいました~」
「こんにちは、リサさん。突然すみません」
「いえいえ~、お呼びたてしたのはお嬢さまですから~。さあ、こちらへ~」
リサの後を追うようにして、開かれた門を抜け、敷地内に足を踏み入れる。
緩い坂道をあがって庭へ。真っ白なタイルと綺麗に剪定された植木が、視線の先に佇む大きな屋敷までの道のりを彩っていた。道のりの中間地点あたりには小さな噴水まで置かれている。王都の街並みとはまるで別世界だ。
「あの、リサさん。いまさらなんですけど」
「はい~?」
「平民の俺が、王族の敷地に入っちゃってよかったんですか?」
「大丈夫ですよ~。この敷地は、国王陛下がキャロルお嬢さまだけに与えた私有地みたいなものですので~。誰を招くのも、お嬢さまの自由なんです~」
「へえ、キャロルだけの私有地……愛されてるんですね」
「逆だと思います~」
「え?」
「到着です~」
問いただす間もなく、リサはたどり着いたモダンな屋敷の扉をノックした。
なぜノックを?
「ノックしなくても、リサさんなら開けられるのでは?」
「お嬢さまにこうしろと仰せつかっておりまして~」
「はあ……」
訝しんでいると、ドタドタという騒がしい足音がして、目の前の扉が勢いよく開いた。
「じゃじゃーん!」
出迎えたのは誰でもない、キャロルである。
おめかしでもしているのだろうか。ドレスが豪華なのはいつも通りだが、ツインテールの位置や口紅などがほんのすこし変わっていた。
ちょっと大人っぽく見える、かな?
「よくぞたどり着いた、勇者レイン! 褒めてつかわす! 来てくれてありがとう! 急な誘いでゴメンね! なにか飲む?」
「敵役っぽいのに手厚い歓迎だな……」
これがしたかったのか、とわざわざノックさせた理由に納得しつつ、俺は首を振った。
「いや、いまは大丈夫だよ。ありがとう」
「そう? じゃあ、御託はいいから中に入って! 早く早く!」
「はいはい」
はしゃぐキャロルに片腕を引っ張られ、中に入る。リサも遅れて連いてきた。
廊下の絨毯や壁に飾られた絵画、窓枠の細かな意匠に豪奢な調度品と、さながら美術館のような完成された空間を進む。
てっきり応接間に向かうのかと思いきや、通されたのはひどく手狭な部屋だった。
手狭、というのは、この屋敷のスケールからすれば、という意味だ。
一般的な宿屋の一室よりは全然広い。
事実、泊まっているビレビハの部屋よりもそこは広かった。
その室内に40インチほどのテレビやゲーム機、三脚に置かれたカメラ用の魔導フォンやマイクなどが置かれていた。
先に入ったキャロルがくるり、とこちらを振り返り、嬉々として両手を広げる。
「到着ー! ようこそ、キャロルの配信部屋へ!」
「配信部屋?」
「マチューブの配信をするための部屋。ほかの部屋だと広すぎて声が反響しちゃうのよ。だから、この狭い物置を配信部屋に改造するしかなかったの」
「え、ここ物置だったのか……この広さで」
「ねー、狭いわよねー」
「いや、逆逆」
「?」
首をかしげるキャロル。これが価値観の相違ってやつか、ちくしょう。
「まあ、細かいことはいいわ! とにかく、ゲーム実況を生配信するわよ! キャロルがゲーム実況をするから、レインは横でジっとゲーム画面を見てなさい! 時々コメントを拾ってくれると助かるわ!」
「……それ、俺がいる必要ある?」
「あるに決まってるじゃない! バズったアンタがいれば視聴者数を稼げるでしょ?」
「キャロルのそういう貪欲なところ、嫌いじゃないぜ……」
さすが騎士馬で王都を一周しようとした幼女。数字を稼ぐことに躊躇いがない。
俺としても、動画で話題になったことに触れず腫れ物扱いされるよりは、こうしてズカズカ触れてくれたほうがありがたかった。
「予定は三、四時間くらい、晩ご飯前には終わろうかなって思ってるわ! それじゃあ、リサ! ふたり分のお菓子、よろしくね! それが来たら配信開始するから!」
「かしこまりました~」
扉前で控えていたリサが礼をし、静かに配信部屋を後にした。
ミルルとの動画撮影のときの二の舞にならないよう、魔導フォンの電源は切っておく。
と、そこで俺は閃いた。
「あ、キャロル。俺いいこと思いついたぞ。聞いてくれ」
「なによ?」
「ふたりで遊べるゲームをしたらいいんだよ。それなら、俺がいる必然性も生まれる」
「レインはどうせ下手くそだからダメ」
「……キャロル、オブラートって知ってる?」
「事実でしょ。きっとゲームに慣れるまでに五時間はかかるわ。それに、キャロルのチャンネルの視聴者層、下手なプレイに本気でイラつく奴ばっかだから。レインのダメダメなテクニックじゃコメ欄が荒れて終わりよ――いずれはふたりで遊ぶのもアリだけど、今日の配信ではダメ。おとなしくステイしてなさい」
「……言ったな?」
俺の中に無駄な闘志がたぎる。
「じゃあ、リサさんが戻ってくるまで、なんでもいいからゲームで対戦しようぜ。それで俺が華麗なテクニックを見せられたら、ふたり用のゲームで遊ぶってことで」
「えー? なに、そんなにキャロルと遊びたいの?」
「そりゃあそうだろ! せっかく遊びに来たんだから!」
「えへ……えへへへ」
頬をだらしなく緩ませてキャロルは言う。
「そ、そこまで言うなら、いいわよ? 実力を見てあげる。まったく仕方ないわねー、レインは! そんなにキャロルと遊びたいなんてー」
「下手くそって言ったこと、後悔させてやる!」
ニヤケ面のキャロルに渡されたコントローラーを握り、テレビ画面を睨む。
プレイしたのは、赤緑黄のヒゲ面三兄弟がゴーカートでレースするゲーム。
俺の惨敗だった。
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