第39話 ビレビハのために

 三年前。

 ローザとレインの故郷の村は一夜にして燃えた。

 ローザの体内を巡る上質な魔力の魔力香が、【炎の精霊イフリートス】を呼び寄せてしまったことが原因だった。


 村外れの大浴場にいたローザは一手遅れ、村を守ることができなかった。

 ローザの夢は村を守ることだった。村のみんなを守ることだった。

 その村が、自分のせいで燃えてしまった。

 自身の首をへし折りたくなるほどの後悔がローザに押し寄せた。

 いっそ、ここで死んでしまえばいいのではないかと、村人たちだった黒い塊を見て思った。


 そんな自暴自棄状態のローザを踏み留まらせたのが、レインという生存者の存在だった。

 村の広場で立ち尽くすレインに駆け寄り、ローザはその身体を強く抱きしめた。

 それは、レインにすがっているようでもあった。


〝大丈夫、大丈夫だ。レイン〟


 自分に言い聞かせるようにローザは涙声で誓う。


〝レインだけは、絶対に守るから〟


 村はもう戻らない。

 だから、残された村人レインを命に代えても全力で守る。

 それが、ローザにできる唯一の贖罪だった。


 レインもまた、ローザが帰れる場所を守ろうと誓った。

 自分自身が、ローザにとっての『村』になろうと考えた。

 そのために、騎士になる夢を捨て、農家になることを決めた。


 だから。

 ローザが過去に犯した罪とは、このときレインにすがるように抱きついてしまったこと。

 村を燃やすと同時に、レインの騎士の夢をも燃やしてしまったことだった。


 

     □


 

 古い回想を見た翌朝。

 宿屋ビレビハの洗面所で顔を洗い、食堂に向かうと、オーナーであるお婆さんが上機嫌にフライパンを振っていた。

 長テーブルには、三つのお弁当箱が並んでいる。


「あら、おはようございます。今日は随分とお寝坊さんですね」

「おはようございます。ちょっと昔の夢を見ちゃって……このお弁当は?」


 訊ねると、オーナーはフライパンで炒っていたウィンナーを弁当箱に詰めながら。


「配達のお弁当です。ついさっき、昔馴染みのお客さんから注文が入ったんですよ。半年ぶりくらいかしら? 久しぶりすぎて張り切っちゃったわ」

「ああ、配達の……三つも注文が入って、よかったですね」

「あ、いいえ。注文はひとつだけ。残りのふたつは、私とお客さんの分ですよ」

「え……」

「オンボロ宿ですもの。この時代に、わざわざ注文してくるひとなんて知り合い以外いませんよ。私みたいな古い人間は、置いていかれるだけ」


 自虐的に笑って、オーナーは朝食のスープを温めだす。

 俺は宿屋ビレビハのベッドのやわらかさを知っている。布団の温かさ、料理のおいしさ、オーナーのやさしさを知っている。この店の良さを、みんなが知らなすぎるだけなのだ。


〝うまく宣伝できれば、またお客さんはつくでしょうけどね〟


 どうすれば、ビレビハを繁盛させることができるのだろう?

 そんな門外漢なことを考えながらテーブルにつくと、ポケット内の魔導フォンが震えた。

 メールの送信者は、キャロル。

 昼過ぎから、キャロルの家でゲーム実況の生配信をしよう、という誘いのメールだった。

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