第48話 レインの余裕

 四年前。ローザは村を燃やした【炎の精霊】の魔力残滓をつまみ、経口摂取にて体内に取り込んでいた。

【炎の精霊】を、体内で生まれ変わらせるためだ。

 精霊は魔力体だ。ならば、精霊の残滓を『種』にして、人間の体内魔力で再構築できるはず……四年前のローザはそう思い、魔力残滓を取り込んでいた。

 直感に近い賭けだったが、目論みは成功した。

 構成している魔力ごと生まれ変わらせたため、元の【炎の精霊】のような残虐性は引き継がれなかった。


 目的は無論、この世界から魔物と魔族、そして精霊を根絶やしにするため。

 要は、復讐だ。

 仇を討つためなら家族を燃やした力すらも利用してやろうと、ローザはそう思ったのだ。

 だが、実際は【氷の精霊】の力だけで魔王も殲滅できてしまったので、【炎の精霊】を顕現する機会はほぼなかったのだった。

 ローザ自身、まさかその機会が幼なじみとの戦いで訪れようとは、思いもしなかったが。



 

 

『われの出番だーッ!』


 顕現された【炎の精霊】が、外界に出ることができた喜びを叫び、『うおおおおー!』と【氷の精霊】の足元をぐるぐると元気に走り回る。

 齢5歳ほどの男児のようだった。ただし、肌は赤く、臀部にはトカゲのような太い尻尾が生え、頭部には牛めいた角が二本飛び出ている。一目で異形とわかる容姿をしていた。

 いまのローザと同じ真っ赤な髪だが、その一本一本が炎のようにユラユラと揺らめき、周囲には火の粉がチラついている。

 と。走り疲れた【炎の精霊】が、【氷の精霊】の足にしがみつきながら言う。


『よ、よし、これでおなかペコペコだ……いっぱい喰らうぞ、あるじ!』

「来い!」

『あむあむ!』


 ローザが応じるよりも早く、【炎の精霊】が口を大きく開き、ローザのナニカを貪った。

 刀身にまとった火炎がさらに激しく燃え上がる。

 ローザは疾風よろしくレインに駆け寄り、肌を焦がすその炎剣を容赦なく振り下ろした。

 速度、威力、熱波ともにこれ以上ない最高の一刀。


 しかし、レインは事もなげに回避してみせる。

 どうやらこの一刀は、【炎の精霊】の攻撃という未知ではなく、炎をまとったローザの攻撃既知として認識されてしまったようだった。

 

 ――と、ローザは思い込んでいた。

 仮に、この一刀が【炎の精霊】の攻撃として認識されていても、レインは躱している。

 なぜなら四年前、レインはローザとともに、村を燃やす最強の『火炎力』を体験しているのだから。


「クッ、これもダメか!」

『ああ! われの攻撃がー!』

「――わかってる」


 と。

 攻守交替と言わんばかりに、レインが回避の姿勢から上体をひねり、打ち下ろすような右のハイキックを繰りだしてきた。

 ローザは振り下ろした剣を咄嗟に手放し、両腕で顔面を防御する。

 だが、異常までに重い――おそらく数千トンはあろうレインのハイキックは、ローザの肢体を会場の壁際にまで吹き飛ばしたのだった。


「……、ガッ!!」


 壁に背中を打ちつけ、しばし呼吸を忘れるローザ。

 衝撃で【炎の精霊】との連携が切れ、髪色が元の銀髪に戻る。


(レインのやつ、もう【怪重】を吸収して……)


 防御した両腕が痺れ、震えていた。【精霊の加護】のおかげで骨折はしていないが、一時的に握力が弱まっている。これでは、剣も拳も握ることはできない。


「わかってたんだ」


 耳元からレインの声が聴こえた瞬間、ローザは生きた心地がしなかった。

 ほぼ無意識に、本能で右横に飛ぶ。

 直後。急接近していたレインの拳が振り下ろされるとともに、先ほどまでローザが尻餅をついていた地面が爆撃されたかのごとく弾けた。

 ヒートアップする観客。進行役が大音量で実況を叫ぶ。

 土くれの雨を浴びながら、レインが一歩一歩、ローザに歩み寄ってくる。

 その表情は、困惑に歪んでいた。


「俺は、――ローザと戦うとき、いつも違和感がつきまとってた。ようやくわかった。この違和感は、俺のスキルが発動した合図だったんだ。なぜかローザに勝てちまう、このおかしなスキルが……」


 眉をひそめ、拳を強く握るレイン。


「卑怯だと思う。反則だと思う……でも、それでも俺は、そんなスキルを使ってでもローザに勝ちたい――騎士になるって決めたんだ。もう、ローザを待たせたくない」

「――――――ふひ」


 わずかに笑い声をもらしたかと思うと、ローザは身体をくの字にして哄笑しはじめた。

 心の底から楽しそうに、狂ったように笑った後、


「笑わせるなッ!!」


 ローザは憤怒に叫んだ。


「私に勝ててしまう? 私は生きているのに、私を殺せていないのに、もう戦いを終えた気でいるのか? 勝利を確信したから、できるだけ私を傷つけずに戦いを終わらせたいとでも? に、情けをかけようとでも? ――ふざけるなッ!!」

「ローザ……」

「そんな甘ったれた精神の騎士はいらない! それでも情けをかけてくるようなら、幼なじみのよしみだ、ここで私が引導を渡してやる――精霊ども、【全開】だッ!!」


 ローザの呼びかけに精霊たちはわずかに驚いたあと、『仰せのままに』『わ、わかったよぉ……』『やるぞー!』と各々応じ、その姿を消した。

 ローザは腰を落とし、右手を地面に向け、空いた左手で右手首を握る。

 これまでにない魔力の氾濫が、ローザの右手を中心に巻き起こる。


「どちらの実力が上か、あらためて証明してやる」


 シュルシュル、と糸をほどくような音とともに、三色の細い魔力線が収束していく。

 幾重にも連なるソレは、ローザの右手の先になかったはずのモノを形作っていった。

 魔力の嵐が止むと同時、完成したのは――長剣。

 この世に存在し得ない、概念上の武器だった。

 剣聖のクラスを賜った者にしか顕現することのない、伝説の矛。


 ひとはこれを、『聖剣せいけん』と呼ぶ。


「今度は、ゲンコツじゃ済まさない」

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