第44話 襲名式の朝

 なんて。

 一連の騒動(?)があった直後に、ローザからタイミングよく通話がかかってきたものだから、俺は心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほどビックリした。

 騒ぎ立てる魔導フォンを落としそうになりながらも、しっかりと握りなおし、ちょっと緊張しつつ通話開始ボタンを押す。


「は、はいはい! レインですけども!?」

『――ふひひ。はいはい、ローザですけども?』

「……真似すんなよ」

『だって、なんかおかしかったから、つい』


 ローザの楽しそうな笑い声が鼓膜を震わせる。

 いつものローザの声なのに、どうしてか鼓動が高鳴って仕方なかった。

 というか。ローザの奴、てっきり前みたいに慌てた感じで通話してくるのかと思ったら、意外に落ち着いてるな。


「そ、それで、俺になにか用か? さっきも、メールとか送ってきてたみたいだけど」

『ああ、まだ確認してなかったのか』


 俺と同じく外に出ているのか。風の音がローザの声に混ざる。


『いやなに、実はレインに頼みたいことがあってな』

「頼みたいこと?」

『そう。ささいなことだが、私にとっては大事なことだ。明日なんだが――』


 そうして、ローザは頼みごとの内容を話しだした。


 

     □


 

『明日、看板勇者の襲名式が行われる王立闘技場に、私の昼の弁当を届けてほしいんだ。そう、レインが泊まっている宿屋ビレビハで注文できる弁当だ。以前、カナリエとやさしい味付けだとか話していただろう? そのときから気になっていてな。いい機会だから、襲名式後の昼食にしようと思ったんだ。ちょうど式が始まる時間に持ってきてくれると助かる。本来は宿の店主が配達するのだろうが、今回ばかりはレインに配達役を請け負ってほしい――頼めるだろうか?』


 断る理由がない。

 俺は一秒と迷わず快諾し、ローザとの通話を切ったのだった。


(それに、もしかしたら明日が、ローザと会える最後の日になるかもしれないしな……)


 襲名式が終わった直後に王都を発つ、なんてタイトなスケジュールではないだろうが、少なくとも、観光できるほどの余裕がないことはたしかだ。

 本当は、ローザが王都にいる間に騎士になりたかったが、どうやらむずかしいようだ。

 まあ、また帰ってきたときにでも、騎士になった姿を見せればいいだろう。

 そのお披露目が何年後になるのかは、わからないけれど。

 



 

 翌朝。起床してすぐに、ビレビハのオーナーに弁当を注文した。

 一緒に食べられるかはわからないが、俺の分もお願いしておく。都合、ふたつの弁当だ。


「注文してくれるのはうれしいですけど、私の古くさいお弁当なんかでいいんですか?」

「もちろん。オーナーさんのお弁当だからいいんです」

「そう? それじゃあ、腕によりをかけて作りますね」

「ありがとうございます。お願いします」


 窓の外では、早朝にもかかわらず、多くの国民が通りに出て飾りつけや出店の組み立てをはじめていた。オーナー曰く、今日行われる看板勇者襲名式を祝うための準備だそうだ。

 開式は、午前九時半。入場は無料。オーナーは腰が痛むので闘技場には行かず、ここで魔導テレビの中継を見る予定だとか。


 弁当は、カナリエが闘技場前で受け取る手筈になっていた。

 ローザは、襲名式の準備があって受け取れないらしい。今朝、メールでそう伝えられていた。


 しかし、と俺は昨夜の通話を思い返す。

 ローザはどうして、『ちょうど式が始まる時間』なんて指定をしたのだろう?

 昼食に間に合わせるのであれば、午前中ならいつでも良さそうなものだが……。


「朝から賑やかですよね。お祭りみたいでワクワクしちゃう」


 台所に立つオーナーが背中越しに話しかけてきた。


「今度の看板勇者さんは、騎士団の団長さんなんですってね?」

「そう、みたいですね」

「団長との両立なんて大変でしょうけど、がんばってほしいですね」

「ええ……そうですね」


 ローザは王国民の期待を一身に担っている。

 それが誇らしくもあり、どこかさみしくもあった。

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