第50話 農家から、看板勇者へ

 昨夜。ちょうどレインの衝撃の個人配信が終えた頃、ミルルの個人スタジオにカナリエがやってきた。

 なぜスタジオの場所を知っているのだろう?

 ミルルがわずかにいぶかしみかけた瞬間に、カナリエは「先日レインに護衛をつけていて、それで」とだけ明かした。

 まるで、ミルルが疑問を抱くのを待ち構えていたようなタイミングだった。


「明日の襲名式、ミルルさんとキャロル王女のおふたりで、現地から生配信してみませんか? おふたりのために指定席も用意してあるんです」


 慌てて走ってきたのだろう。ひどく息を切らしながらそう言って、カナリエはポケットからシワくちゃになったチケットを取りだした。「すいません」とその場しのぎにシワを伸ばして、ミルルに手渡す。

 それはたしかに、襲名式の指定席チケットだった。

 魔王が討伐された二ヶ月前から指定席の予約ははじまっていたが、あまりにも倍率が高くてミルルは入手できずにいた。王都の大富豪でも入手できなかったと聞く。


「予想だにしない『勇者』の誕生を、ぜひ生配信に収めてください」


 看板勇者ではなくて、勇者?

 思わず首をかしげたが、まあ、走ってきた疲れで言い間違えただけだろう。

 ミルルはさして気にせず、約束通りカナリエとのツーショット写真を撮った後、ありがたくチケットを受け取ったのだった。



 

 

 あのときの記憶が、雌雄を決したこの瞬間、ミルルの脳内をよぎった。

 カナリエが残した、真の最後の一手。


「――【勇者】だ」


 ガラス越しに観戦していたミルルの口が、無意識に動く。

 それは、、こぼれた言葉だった。


 直後。配信のコメント欄が『勇者!』で埋め尽くされた。

 ミルルの隣にいたキャロルも、テンションを上げて「レインが勇者になった!」とはしゃぎ、リサに抱きつく。

 観客席にいながら魔導フォンでミルルの配信を同時視聴していた観客も立ち上がって、「勇者!」「勇者!」「勇者!」と叫びだしていた。


 ミルルのスキル【周知の真実】だ。

 しかし、観客のボルテージは収まらない。

 ミルルの配信を視聴していなかった観客までもが、口をそろえて「勇者!」「本物の勇者だ!」「エリオガルではじめての勇者の誕生だ!」と喝采を送りはじめていた。

 看板なんかじゃない。【周知の真実】の影響でもない。

 レインの実力は本物だと、この激闘を見届けた誰もがそう確信していたのだ。


 カナリエは、


「さあ、国王さま!」


 避難していたスタッフからマイクを奪い、カナリエは会場の北――国王が観覧している特別指定席を見上げ、叫ぶ。


「この場で最も相応しき者に、看板勇者の称号をッ!!」

「~~ッ、女狐が……ッ!!」


 ようやくローザたちの作戦に気づいた国王が、憎々しげに歯噛みする。



 ローザとカナリエが講じた、反逆の一手。


 レインを、――


 国王は私怨で損を取らない。

 個人的な恨みがあろうと、得であればそちらを選ぶ。

 そしていま、目の前でレインはローザ以上の戦力を見せつけた。


 剣聖ローザを凌ぐ最終兵器。

 レインを看板勇者に据えれば、他国との交易でより優位性を保てるようになり、自国内のインバウンド利益が雀の涙に思えるほど、巨額の国益を得ることができる。

 逆に、ここでレインを看板勇者にしなければ、国王の判断能力の低さが国民に、ひいては他国に露呈することになる。

 そうなれば、他国への優位性は脆くも崩れ落ちる。


〝貴族はいい、他国の


 国王自らそう口にしたのだ。

 他国の、ではないが、自国の看板勇者であれば身分『相応』。

 騎士団長のローザの傍にいても文句はないだろう。


 無論、この作戦を成功させるには、いくつかの条件があった。

 そのうちのひとつが、『レインを本気にさせること』だった。


 そのためにカナリエは、『一番大切なモノはなにか』というアドバイスを送った。こうすることで、レインは一番大切なローザを想い、離れ離れになるタイムリミットに焦り、騎士になる願望を強めることになる。

 騎士になろうと強く願い、特別入団試験と銘打ったローザとの一戦に全力を注げば、山で行っていたような一方的な手合わせではなく、互いの実力が拮抗した『死闘』を演出することができる。

 それを国王に見せつけられるかどうかが、作戦成功の鍵だった。


 ローザの『殺すつもりで……』という宣言もその演出の一環だ。

 ローザが手を抜けば、やさしいレインは手加減してしまう。そうなれば国王に八百長やおちょうを疑われ、こちらの作戦に気づかれかねない。本気でレインを殺すつもりで戦わなければならなかった。

 もしレインを殺してしまったら、ローザは自死するつもりでいた。

 それほどまでにローザは、この反逆の一手にすべてを賭けていた。



『国王さま! 看板勇者の称号は、いったいどちらに!?』


 進行役の煽りを受け、スタッフが国王にマイクを手渡した。

 鳴りやまない勇者コールを耳にし、国王の顔が笑顔と屈辱に歪む。


(アンタが口にできる答えはひとつだけよ、クソダヌキ!)


 カナリエがミルルにチケットを渡したのは、『過去の不思議な体験』を期待したからだった。

 ミルルがマチューバーをはじめて半年ほど経った頃、カナリエは興味本位で彼女の動画を覗いてみたことがあった。取るに足らないメイク動画だ。

 動画のラスト、ミルルが【チャンネル登録お願いします!】と言った直後、指が勝手に動いてチャンネル登録をしていた。

 他者を操る【魅亡人】を使うカナリエだからこそ気づけた違和感だった。


 真相は定かではないが、あの『力』を発揮することができれば、こちらの勝率は格段に上がる。

 そう考えたカナリエはミルルの下に走り、わざと『勇者』と言い間違えてチケットを渡した。

 印象に残しておくことで、戦闘後に『レインが勇者だ』と配信で口にしてくれるのを期待したのだ。


 そうすることで民衆は、チャンネル登録をしてしまったカナリエのように、レインを看板勇者に、と望むようになる可能性が生まれる。

 あくまで可能性だ。

 この賭けは、別に外れても問題はなかった。

 だが、その賭けこそがいま功を奏し、国王を盤上の隅に追い詰めている。


 結果。

 運命は、ローザたちに味方した。


「……、ろ、ローザよ」


 引きつった笑みのまま、国王は告げる。

 それは言わば、投了宣言。


「こ、国王特権により、其方そなたへの襲名を破棄。代わりに…………うぐぐ、看板勇者の称号を、対戦相手のレイン、に、授ける……」


 数瞬の静寂。

 後、闘技場全体が大歓声に揺れた。

 唖然とした表情で口を開けるレイン、やりきったとばかりに大の字に寝転がるローザ、国王向けて中指を立てるカナリエ。


 と。数人のカメラマンとマイクを持った進行役が大慌てでレインの下に駆け寄ってきた。

 勝利者インタビューだ。

 この激戦を讃えたあと、看板勇者になった感想を求め、レインにマイクが向けられる。

 レインは緊張気味に感謝を告げた後、ハッと思いだしたようにして、こう叫んだ。


「そんなことより、ビレビハっていう宿屋さんのお弁当がすごくおいしいので、みなさんぜひ注文してみてください! もちろん、宿泊も最高ですのでおススメです! よろしくお願いしますッ!!」


 レインが頭を下げると、会場が笑い声と拍手であふれだす。

 その直後。レインが知らず吸収していた『販売力』の影響により、宿屋ビレビハの電話がひっきりなしに鳴りはじめたことは、このときのレインはまだ知らない。

 



 

 ともあれ――こうして。

 レインは一般人たる農家から、見習い騎士兼、看板勇者へとジョブチェンジしたのだった。

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