第51話 お前が最強か
「そう遠くない未来、私は消えることになる」
怒濤の襲名式を終えたあと。
騎士団寮へ戻る、茜色の帰り道。
俺の【下克上】というスキルに関する詳細だとか、精霊契約だとかの話をしていた流れで、隣を歩くローザがそんな告白をしてきた。
あまりに急な話すぎて、俺はうまく反応することができなかった。
「比喩や概念的な話ではなく、言葉通り消える。それが、精霊契約した稀人が払う代償なんだ――精霊魔術を使用するたび、私という存在は精霊に近づいていき、最期は肉体が魔力体に変容。新たな精霊へと生まれ変わる。同時に、この世界から『ローザ』という人間に関する記憶はすべて抹消され、存在していたことすら忘れられる。私を覚えている者は、誰ひとりいなくなる」
声のトーンからして冗談ではないようだった。家族を燃やされた俺たちが、生き死に関するジョークを口にしたことはない。
「……じゃあ、髪の色が水色っぽくなってきてたのは」
「ああ、気づいてくれていたのか――シヴァっち、【氷の精霊】に近づいている影響だ。使用頻度の問題なのか、相性か。もしかしたら、私は【氷の精霊】として生まれ変わるのかもしれないな……ずっと裸なのは恥ずかしいが、まあ、そういった羞恥心もなくなるのだろう」
「…………」
うまく言葉が出てこない。
なにかが引っかかっていた。その引っかかりのせいで、悲しむべきローザの告白を本気で悲しむことができなかった。
見落としている気がする。
重大な、ナニカを。
けれど、それを言語化することができず、俺はその場しのぎの励まししか紡げなかった。
「……俺だけは、ずっと覚えてるよ」
「ああ、そうだな。そうだとうれしい」
微笑むローザ。どうしたって実現不可能な子どもの夢物語を笑って聞いている母のような、やさしくも残酷な表情だった。
「どうして、このタイミングで代償の話を?」
問うと、ローザは路地の脇を流れる小川を眺めながら。
「レインが騎士になれた区切り、というのもあるし、なにかあってからじゃ遅いと思った、というのもあるが……そうだな、なにより」
「なにより?」
「れ、レインが……その」
チラリ、と俺を一瞥して、ローザは気恥ずかしそうに言った。
「私のことを、す…………好きだ、って、言ってくれてたから……だから、レインにだけは教えておこうと思って」
意図せず足が止まった。
「……………………えっ、と」
「き、昨日、聞いてしまったんだ。宿屋ビレビハに向かう途中、裏路地で……」
「…………ッスー」
思わず天を仰ぐ。
昨日の個人配信をしていた際、裏路地に近づいていた足音が止まったかと思えば、今度は走り去るように遠ざかっていったことがあった。
ただの通行人かと思っていたが……そうか、あれがローザだったのか。
だからそのあとの通話で、外にいるような風の音が混じっていたのだ。俺の告白を聞いて引き返している最中だったから。
〝そんなことをするくらいなら直接会いに行けばいいだけの話だものな〟
たしかにそう言っていたし、メールでも行くって伝えてきてはいたけれども!
なんで俺はあんな場所で配信したんだ! と後悔に悶えていると、ローザが進路を阻むように前に行き、くるり、とこちらを振り返った。
「好き、なの? 私のこと」
「……、あー、まあ…………好き、というか、なんというか……」
「私は……私はな? レイン」
一歩、勇気を振り絞るようにしてこちらに歩み寄ると、ローザは小さく深呼吸。
騎士の宣誓のように、胸に手を当てたまま口を開いた。
「不器用でやさしくて、笑うと子どもみたいに顔がくしゃってなるのがかわいくて、だけど集中してるときの真面目な顔は誰よりもカッコいい、そんなあなたのことが――」
「――ま、待った、待ってくれッ!」
なにを言われるか、伝えられるか察した俺は、慌ててローザの想いを遮り、その華奢な両肩をガシッと両手で掴んだ。
「れ、レイン?」
「悪い、この期に及んで逃げようとしちまった――ちゃんと、俺から伝えていいか?」
「え、あ……は、はい」
ローザの緊張と期待に満ちた瞳から視線をそらし、地面を向いて、大きく息を吐きだす。
まさか、こんなタイミングで伝えることになるとは。
でも、もう待たせたくないし、待ちたくもない。
バクバクと心臓が跳ねる中。俺は意を決して顔を上げ、ローザを真正面から見つめる。
ローザは、不可解とばかりに眉根をひそめていた。
「……ローザ?」
「避けろレインッ!!」
緊迫した面持ちで叫ぶと同時に、ローザが俺の手を取る。
状況がわからなかった俺は一瞬、その場に留まろうとローザの引っ張りに反発したが、まさか剣聖の腕力に勝てるはずもなく、気づけばローザと一緒に真横に飛んでいた。
俺を抱きかかえるような体勢のまま、ローザが信じられないといった表情でつぶやく。
「私が、レインとの引っ張り合いに、勝った……?」
直後。
俺たちのいた場所に、ドゴン、と一本の大剣が降り注いできた。
路地に突き刺さったソレは、よく見れば、大剣のような形を模した『石』だった。
柄や鍔はあるが、刀身部分があまりにも太すぎる。物を切断するのは到底不可能だろう。斬るのではなく、叩くための鈍器に近い風体だ。
と。そんな墓標のような大剣に向かって、見知らぬ人物が歩いてきていることに気づいた。
「――近づけなかった。ずっと」
鈴を転がしたような声が、俺とローザの視線をその人物に引き寄せる。
古びたマントを羽織った、ひどく小柄な女性だった。背丈だけでいえば、キャロルよりも小さいかもしれない。
耳の先がすこしだけ尖がっている。エルフは伝説級の希少種だから別として、おそらくはドワーフあたりの種族だろう。それなら、あの石剣にも納得がいく。ドワーフは怪力で有名なのだ。
淡い栗色の髪はボサボサで、その目はクマだらけ。
何日、何十日……いや、何百日も寝ていないかのようだった。
小柄な女ドワーフは、俺に歩み寄りながら続ける。
「あの女が生配信で忠告してから、おかしな力が働いていた。お前に近づこうとしても、どうしても近づけなかった。お前のプライベートに踏み入ることができなかった。弱い護衛にまでなぜか手間取った。できることと言えば、生配信でコメントすることぐらいだった――なのに、お前が看板勇者になった瞬間、呆気なく近づくことができた。たぶん、お前が一般人を辞めたから近づくことができたんだ。国の代表たる看板勇者は、どう言い訳しても一般人ではないから」
なんの話をしているのかはわからない。
だが、文脈からするに、おそらく。
「……アンタ、俺に用がある、のか?」
「そうだ――その前に、ひとつ確認したいことがある」
「ッ――、逃げろレインッ!!」
ローザが俺を背に回し、臨戦態勢を取る。
刹那。女ドワーフが目にも留まらぬ速度で詰め寄ってきたかと思うと、重々しい前蹴りでローザを吹き飛ばした。
「グッ――、」
小さく呻き、路地を転がるローザ。
蹴り飛ばしたローザも意に介せず、そのまま流れるような動きで、女ドワーフは眼前の俺に拳を振りかざした。
直撃は免れない――そう覚悟した俺だったが。
「……え?」
俺の目には、女ドワーフの攻撃がゆったりとスローモーションになって映った。
と同時、襲い掛かるあの違和感。
【下克上】の発動――
つまり。
現時点での戦力最強が、ローザからこの女ドワーフに移った?
「……ッ、なッ、――」
女ドワーフの攻撃を楽々と躱すと、俺は追撃を加えず、背後に回る。
ローザが攻撃されたのだから反撃すべきなんだろうが、なぜだろう、彼女からは敵意を感じなかったのだった。
むしろ、助けを求めているかのような、そんな切迫感と焦燥感だけがひしひしと伝わってくる。
「ああ……そうか、やはり、お前だったか」
ゆっくりとこちらを振り返り、どこかホッとしたような表情で、女ドワーフは言う。
「お前が、最強か」
(第一章・完)
――――――――
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剣聖の幼なじみが俺にだけ弱い 秋原タク @AkiTaku
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