第36話 過去話4
それまでの敵意むきだしの態度から一変。
今度はローザがレインを遊びに誘い、行動をともにするようになった。
年齢も実力も、どちらが上かなんて関係ない。ローザにとってレインはもはや同じ村の住人、家族のひとりだった。
六歳になると、まるでそれが当然かのように、ふたりで剣術ごっこをするようになった。
ローザは村を守るための肉体作りが目的だったが、レインは絵本の英雄譚に出てくる騎士に憧れて木剣を握っているようだった。
ふと、ローザは思った。
騎士団長になって騎士団を村に配備できれば、みんなをもっと確実に守れるのでは?
その方法に気づいた瞬間、なんの迷いもなく、ローザの目標も騎士に決まった。
目標がハッキリしてからは、ふたりはこれまで以上に剣術ごっこに……見習い騎士同士の『手合わせ』にのめり込むようになった。
普通に遊ぶこともあったが、一日一回は必ずふたりして木剣を握っていた。
「レイン、もう一度だ!」
「うん!」
同じ目標に向かって突き進む仲間がいる。その事実が、ローザに無限の力を与える。
隣にレインがいるだけで、空だって飛べてしまいそうだった。
ローザの成長速度はすさまじかった。
九歳になる頃には、レインはもちろん、剣に覚えのある大人ですら、ローザに敵わなくなっていた。
【精霊の加護】の恩恵ではない。ローザ自身に天賦の才があったのだ。
そうした、言わば天才の手ほどきを受け続けていたからか。レインの剣術も人並み以上のレベルに押し上げられていた。
十歳を超えた頃には、すでに騎士団に入っても遜色ない活躍ができる程度には強くなっていた。
その成長を一番喜んでいたのは、誰でもないローザだった。
「レイン、脇が甘い! 攻撃の最中にも常に防御を意識しろ!」
「くッ……、わかってる!」
先を行くローザが、後ろにいるレインのレベルを引き上げる。
それはまるで、ローザがレインの手を引いて走っているかのようでもあった。
光陰矢の如し。
気づけはふたりは、十三歳という成人の節目を迎えていた。
村に立ち寄った神官に頼み、クラス適正の儀とスキル適正の儀を受けさせてもらった、一ヶ月後のとある冬の日のこと。
雪が降り積もる中。
成長したローザとレインは、今日もいつもの手合わせをしていた。
「さあ、ここからどうする? レイン!」
「……、だぁッ!!」
数秒の鍔迫り合いを経て、レインが木剣を押しだし、距離を取った。体勢を立て直そうという魂胆だ。だが、それを許すほどローザの剣は遅くない。
バランスを崩しながら後退するレインの肩目がけて、ローザは木剣を振り下ろした。
速度を重視した片手持ち。防御の隙間を縫う、避けようのない必中の一撃。
もらった――ローザがそう確信した、直後。
バキッ! と鈍い音が響くと同時、ローザの木剣が空高く舞い上がった。
手から離れた木剣はそのまま宙を舞い、はるか後方の雪原にトサッ、と落下する。
「……え?」
声をもらしたのは、レインだった。
半身をひねり、木剣を振り上げた形で固まっているレイン。
彼自身、なにがどうなったのか、なぜこんな体勢になっているのか、理解できていない様子だった。
だが、ローザはその一部始終をしかと目撃していた。
ローザの一撃が当たろうとしたその刹那、思わずといった風に目をつむったレインが、とんでもない反応速度で半身をひねり、高速を超えた神速で木剣を振り上げたのだ。
いままでのレインではありえない。肉体の限界を超えた、異常な加速だった。
(ローザ様)
脳内で【氷の精霊】が語りかけてきた。どこか慌てているような声音だった。
ローザはレインに断りを入れて、後方の木剣を取りに向かいながら、小声で訊ねる。
「シヴァっち。いまのは?」
(先だって判明した小僧のスキルかと思われます。たしか、【下克上】でしたか)
「だが、あれは世界最強にしか勝てないという能力のはずじゃあ」
(ですから、ローザ様がそれになっただけかと)
「……は?」
(世界最強になったのです、ローザ様が)
思わず足を止めるローザ。【氷の精霊】は続ける。
(ローザ様の太刀筋、体術、戦略、そのどれもがすでに至高のソレです。数千年生きてきましたが、これほどの剣士を……いえ、剣聖を見たことはありません。もはや単純な戦力でローザ様に敵う生物は存在しないでしょう。また、御身の魔力も成熟され、さらにその香しさを増しております。その年齢で、よくぞこの域に到達されました)
「……私が、世界最強……」
唖然としたまま、足元の雪原に落ちた木剣を拾う。
弾かれた刃先から柄にかけて、びっしりと深いヒビが走っている。
もう一度鍔迫り合いでもして力を加えようものなら、粉々に砕け散ってしまいそうだった。
(そのヒビがなによりの証です。十三歳同士の手合わせでは決してこうはなりません――とはいえ、世界最強を超えるスキルで世界最強になったことを知る、というのも、皮肉が効きすぎている気はしますけれど)
「【下克上】、最強にしか勝てないスキル……」
(小僧に明かしますか? まあ、明かすというか、小僧は自身のスキルを卑下して存在を忘れようとしているだけなので、思い出させる、というのが正しいのでしょうが)
一ヶ月前。ローザに下されたクラスとスキルの神託に村中が騒然となった。
告げた瞬間、神官自身が驚いて、その場に尻餅をついてしまったほどだった。
そんな騒ぎようだったから、レインは余計に、騒がれなかった自分のクラスとスキルを卑下してしまった。
端的に言って、拗ねた。
ローザの説得もあって、なんとか前向きにはなったが、いまだに卑下している感は否めない。
加えて、世界最強にしか勝てないというひどく限定的な能力が、レインの興味を削いだ。農家が世界最強と対峙するわけがない、無用の長物だと、そう高をくくらせてしまった。
このままなら、名前どころか、スキルの存在すら忘れてしまうだろう。
レインに【下克上】を思い出させるか、忘れさせるか。
「………………いや、いまはまだいい」
熟考した後、ローザは首を横に振った。
「【下克上】の特性を知って、最強を自負する力自慢がレインの下に押し寄せてくるとも限らない。そうなれば、レインに危険がおよぶ。いまはまだ、忘れさせたままでいい」
(なるほど、聡明な判断です)
ローザの判断を尊重した後、【氷の精霊】は重ねて問う。
(それでは、妾の存在はいつ開示するおつもりで?)
「? それこそまだいいだろう。なんだ、レインにバラしてほしいのか?」
(そういうわけではありませんが……)
区切って、【氷の精霊】は歯切れ悪く続ける。
彼女にしては珍しい反応だった。
(妾は、共同体であるローザ様と感覚を共有しております)
「? そうだな」
(つまりは、あの小僧に対するあらゆる『感情』も共有しているわけでして)
「あ」
(ですから、妾のことを隠している罪悪感ですとか、はたまた小僧の男らしく育った腕の筋肉や喉仏をつい目で追ってしまう背徳感ですとか、あるいは心地いい低音ボイスにトキめいてしまう高揚感ですとか、その他諸々がすべて妾に筒抜け――)
「い、いずれ話すからッ!!」
小声ながらも、語気強くローザは言う。
「だから、ちょっと黙ろうかシヴァっち! なッ!?」
(……仰せのままに)
強引に【氷の精霊】を黙らせて、ローザは足早にレインの下に戻る。
ローザの真っ赤になった耳が、その感情の正体をなによりも雄弁に物語っていた。
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