第23話 嫌になる
「やっと見つけたぞ、クソ野郎ッ!」
騎士団寮からの帰り道。
夕陽の届かぬ暗い路地裏を通っていると、背後からそんな敵意むき出しの声が聴こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは茶髪と赤髪の男。
昨日の迷惑系マチューバーだった。
茶髪の男が、包帯を巻いた右手をかばいながら、額に青筋を立ててまくしたてる。
「女ども引き連れての魔導フォン購入配信は楽しかったかよ、農家のレインさまよぉ! テメェが楽しんでる間、おれらは腐ったマチューバーに粘着されて散々だったわ! おれのチャンネルが削除されてから、家に大量の配達物が届くわ、四六時中監視されるわで、結局一睡もできねえままボロホテルに逃げてよ……しまいには、大家に強制退去喰らってこのザマだわ! どう責任取るつもりだよ、あぁ!?」
がなり声で凄み、茶髪男は近くの石塀を苛立たしげに蹴り上げた。
ガン、という衝撃音の後、プスプス、と聞き馴染みのない音が聴こえる。
見ると、男の蹴り上げた塀が、薄い煙をあげて溶けはじめていた。
不可解な現象を前に思わず目を見開くと、茶髪はニチャア、と得意げに口端を歪めた。
「ビビっちまったか? だろうな。これ、おれのスキルの【
悪辣に微笑みながら、茶髪が距離を詰めてきた。
「試しに、テメェの顔をその塀みてえに、ぐちゃぐちゃに腐らせてやるよッ!!」
俺の顔を鷲掴もうと、左の手のひらを近づけてくる茶髪。
嫌になる。
今日だけは……過去の自分を思いだしてしまったいまだけは、色々と整理しながら静かに帰りたかったのに、どうして二日連続で絡まれるのか。
俺だって、たまには逆ギレしたくなる。
昨日よりも遅い、もはや停止した手のひらを避け、俺は力任せに右ストレートを茶髪の左頬にお見舞いした。
動きは緩慢とはいえ、スキルを使用した殺意をほのめかして襲ってきたのだ。正当防衛は成立するはず。
もし証人が必要なら、屋根上からこちらを見張っている謎の二人に頼めばいい。
おそらくあの二人が、カナリエの配備した護衛なのだろう。
路地に入ったときは気づかなかったが、なぜか感覚が鋭敏になっているいま、気配を掴むことができた。
「ガ、ハァ……ッ!?」
俺の右拳をモロに喰らい、茶髪の身体が吹き飛ぶ。
路地に倒れ伏す茶髪。と同時に、濁った色の煙と異臭が立ち込めはじめた。
「……あ、ぁ…………あ、ああアアァアああぁぁァァあーーーッッッ!!」
昨日よりも痛切な茶髪の絶叫が響く。
俺が殴り飛ばした茶髪の左頬が、先ほどの塀のようにドロドロに溶けていた。
皮膚がこぼれ落ち、頬骨と歯茎が露呈する。
ジュクジュク、と肉の焼ける音と臭いが辺りに充満する。
慌てて路地に落ちた肉片をかき集める茶髪だったが、元に戻せるわけもない。その様はまるでアンデッドモンスターのようだった。
倒れた拍子に自分の頬を触ったのだろうか? いや、こういったスキルは大抵、使用者には効かないか、耐性があるのが普通と聞いたことがあるが。
まさか、俺が腐らせた?
いや、そんなわけ……。
「お、おい、エグい……エグいってッ!!」
昨日と同じく傍観していた赤髪男が、半ば放心状態の茶髪に駆け寄った。
ゾンビめいた顔の茶髪をまたも肩で支え、逃げるように路地を出ていく。
これ以降、このふたりを王都で見かけることはなかった。
魔導ネット上でも見ることはなかったから、迷惑系マチューバーを引退してひっそりと暮らしているのだろう。
戦闘態勢を解き、俺は自身の感覚に意識を向けた。
やはり、ローザと手合わせを行ったあとのような、あの違和感が残っている。
――これは、いったいなんなのだろう?
いまさらな、当たり前の疑問を巡らして、俺はあるひとつの仮説を思いつく。
昨日の常人ならざる力に、今回の成人男性を殴り飛ばすほどの腕力。どちらも一般人の枠を超えたものだ。
それはまるで、ローザの【精霊の加護】のような、埒外の現象。
もしかして、これは。
名前も存在すらも忘れてしまっていた、俺のスキルによるものなのではないだろうか?
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