第17話 翌朝

 照りつける朝日が差し込み、僕の顔を撫でた。

 目を細めながら周囲を見渡すと、すでにあたりは明るく、遠くの山々までくっきりと見えた。

 すぐに寝坊したと分かった。慌てて起き上がる。


 小人さんが寝袋を敷いていたスペースはもぬけの殻だった。すでに出発したあとらしい。

 男が昨日と同じ態度だったらどうしようと内心ビクビクしていたため、どこか安堵した気持ちになった。

 それにしても、昨日遍路Xの話を聞いてから、複雑な感情が胸の奥でうねっている。


「おはよう。昨日は大変でしたね」庭さんがやってきた。


 両肩に垂れたイヤホンコードから、シャカシャカと音が漏れている。タバコをくわえたまま、火に触れないようそれをくるくると器用に懐に仕舞った。


「森沢くん……、本当に申し訳ない。なんか巻き込んでしまって」


「いえいえ、とんでもないです。僕はとても楽しかったです」それは本音だった。お酒の怖さも痛感したけど。


「小人さんはもう出発されたんですね」彼が寝袋を敷いていた場所を見る。


「うん、ずいぶん早くに発っていきましたよ。4時ぐらいだったかなぁ。物音で何となく目を覚ましたんで『ご出発ですか?』って聞いたら、どこか村の方へ門付かどづけへ行くって言ってましたよ」


「門付け?」


「ああ、おうちやお店の前で、経文きょうもんを唱えるんですよ。それで食べ物とかお金をもらうんです。彼ぐらい遍路歴が長い人は、多分自分のルートを持っているんでしょうね」


 そう言えば、僕も遍路をやる中で何度か見かけたことがある。スーパーや商店の前で、職業遍路さんがお経を唱えて椀を持つ姿を。


「あの人は、ひょっとするとお酒で失敗しちゃった人かもしれないですねぇ……」庭さんは小さく首を振ると「歩き遍路さんも色々だ」と呟いた。


 やがて、先に出発準備が整った庭さんがヘルメットを被る。


「本当にありがとう。森沢くんのおかげでたくさんの面白い話が聞けました」


「こちらこそ、とても楽しかったです」


 空は澄み切った青さで、雲ひとつない快晴だった。


「庭さんはこれからどうするんです?」


「もちろん取材を続けます。特に遍路Xの話は興味深かったですから、もっと色々と掘り下げるつもりです。とりあえず、高知市の宿に荷物を預けているので一旦それを取りに戻ります」


 その後は、再び歩き遍路を探しながら徳島方面へと引き返してくるという。お互い向かい合って進むことになるので、またいずれ会うことになるかも知れない。

 僕らは簡単に連絡先を交換した。


 庭さんは「くれぐれも気をつけて」と神妙な顔つきで言った。多分これから僕が挑む道程を心配してそう言ってくれたのだろう。


 作家は「じゃあまた」と手を振った。

 エンジンをかけると、その音が朝の静寂を破る。

 その後ろ姿を見送りながら、ほんの少し孤独感が押し寄せてくるのを実感する。

 再び一人きりに戻ったのだ。


 この先は遍路Xの道だ。

 僕は己を鼓舞するように「挑戦」と呟いた。

 心の中に小さな炎が灯るのを感じる。

 恐怖も、好奇心も、すべて炎の燃料となってゆけ。

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