第5話 不気味な遍路の噂
「遍路Xの噂を知ってるかい? モリー」
年も押し迫った12月の
時刻は夕方前。二階店内に客はまばらだった。
「ヘンロエックス?」
ホットコーヒーと釣り銭の乗ったトレイを持ったまま首を傾げる。初めて耳にする言葉だった。
窓際カウンター席に座るキヨが僕の方に体を向ける。目の前のトレイには、丸めたバーガーの包装用紙とポテトLの空箱が乗っていた。
「すっごい不気味なお遍路の噂なんだよぉ」
野球帽のつばで指先を拭きながら、特徴のある間延びした喋り方で僕を覗き込むように見る。
僕は彼の隣に座り、マフラーを巻き取りながら考える。
「オヘンロって四国のお遍路さんのことかい?」
「そうそうそう!」友人はその小柄な体を揺すって何度も頷く。
「ははあ。それが今回の『謎』ってわけか」
キヨにポケベルで呼び出された時点で『謎』に関することだろうと察しはついていた。
彼は『謎』を手に入れた時、いつも「◯◯を知ってるかいモリー」と聞く。
僕はその言葉を聞くのが好きだった。彼の自信満々の笑顔を見る度、今回の謎はどんなだろうといつも期待で胸が膨らむ。
『謎』とは、僕らが人生をかけて取り組んでいる課題だ。
とてつもなく高尚なことのようだが、平たく言えば、見つけたオカルトネタを二人で考察しようということだ。
僕の生きがいだ。
多分、キヨにとっても。
キヨとは高校三年からの付き合いになる。
当時の僕は、将来への不安から古書店に逃げ込むように通っていた。そこで、同じくオカルト本を漁っていたキヨと知り合ったのだ。
突然、キヨが自宅に招いてくれた時は驚いた。彼の家には、僕の愛読書である隔月刊誌『ホラーとミステリー』のバックナンバーが大量にあり、僕を歓喜させた。
そして何より、彼の家にはパソコンがあったのだ。子供の頃から貯めていたお年玉合計五十万円を全部使い切って購入したと話してくれた。
「パソコン通信がしたかったんだよぉ。知ってる? BBS」
見せてくれたのは、オカルト情報が飛び交う電子掲示板、通称BBSだった。そこには僕たちの空想を現実のものとして語り合う人々がいた。
「面白いデショ?」キヨは目を輝かせた。
彼のことを親友と呼ぶのかは分からないが、オカルトへの情熱を共有できる唯一無二の存在だった。
高校卒業後、僕は流されるがままフリーターに相成り、キヨは簿記の専門学校へと進学するもほどなくして中退する。
風に舞い上げられた
高校を卒業して三年。これまでたくさんの『謎』に取り組んできた。
河童の目撃情報の検証、森から聞こえてくる女の叫び声の調査、廃寺に出る人魂など。
残念ながら著しい成果を上げたことはない。
一度だけ警察に通報されたことはある。
UFOの秘密基地と噂される家の調査をしていた時だ。付近をウロウロしていると、パトカーがやってきて職務質問される羽目になった。
正直に滞在していた理由を述べると、警察官は呆れたように苦笑して「なんだか漫才師みたいな怪しい風貌の二人組がいるって通報があったんだ。君達だろう」
そう教えてくれた。
気弱で真面目そうな男と小柄な野球帽の男。はたから見るとどうやら僕らは漫才コンビに見えるらしい。どちらがボケでどちらがツッコミに見えたのか。
ちなみにUFOの正体は、日本ではあまり見ることのない高級外車ということだった。
「会うのは一ヶ月ぶり?」と僕。
「一ヶ月半だよぉ。前回はほら、アレだよ、廃ホテルの『謎』をやった時だよぉ」
「あぁ~……」思わず顔をしかめた。
その『謎』は、埼玉県の廃ホテルで目撃される
そのホテルはある一族が経営していた。
バブル経済の崩壊に伴い業績が急速に悪化し、遂には破産に至ってしまったという。
悲劇はそこで終わらない。一家は心中という最悪の道を選んだ。その幼い霊は、亡くなった夫婦の子と言われている。
レンタカーを借り、夜中、廃ホテルまで赴いた。幼子の霊が出るのなら一目見たいと思っていた。
到着して唖然とした。そこは暴走族のアジトと化していたのだ。
彼らに絡まれて追いかけ回されて、ほうほうの体で逃げ帰った。
「ひどい目にあったねぇ……」
僕は、ミルクポーションをコーヒーに注ぎ入れながらしみじみ言う。
「散々だったよぉ、もう暴走族はこりごりだよぉ」キヨが同調した。
「遍路Xって言ったけど。どこで手に入れた『謎』なの? BBS?」熱々のコーヒーにフーフーと息を吹く。
キヨは、オカルトネタのほとんどを、BBSを通じて仕入れる。
当然遍路Xもそうだと思ったが、キヨは違うと言う。
「へぇ、いつもBBSからネタを仕入れてくるんじゃなかったっけ?」
「うん、今回は違うんだよぉ。実は、高知の伯父さんから直接聞いたんだよぉ。たまたまうちに来ることがあってね。その時に」
キヨはトレイの上に散らばるポテトのカスを指でペタペタとくっつける。
「へえ、初耳だね。高知に伯父さんがいたのかい。具体的にはどんな噂なんだい?」
キヨは待ってましたとばかりに手招きする。僕が顔を寄せると、彼は野球帽を目深に被り直し「あのね……」と声を潜める。
誰も盗み聞きなんてしないのにといつも思うが、重要な情報を仕入れた時に見せる、彼特有の芝居がかったポーズだ。
「高知県はね、海岸沿いにずーっと長い遍路道が続いてるんだよぉ。歩き遍路はその道をひたすら歩いていくわけ」
僕はコーヒーを啜りながらキヨのボソボソ話にじっと耳を傾ける。
「で、深夜、現れるらしいんだ……。白い遍路装束を身にまとった大女が」
僕は思わず身を乗り出す。
「その大女、人間の手首を持って歩いてるんだって……」
「人間の、手首……?」彼の目をまじまじと見る。
「やばいでショ? これ調べた方がいいでショ?」
これもキヨの口癖だった。
「どういう意味なの? 人間の手首って……」
やがて彼は詳細を語り出した。
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