第14話 取材

 夕闇が深まってきた。 

 だんだん相手の表情が見えづらくなってきた頃、庭林さんが小さなランタン型のライトを出して僕と自分との間に置いた。


「森沢さとしくんと言うんですね。僕は今回、歩き遍路さんについて取材してるんです」


 ニコッと人好きのする笑みを浮かべる。


「中でも職業遍路さんのことを調べているんですけど、森沢くんは、職業遍路さんをご存知ですか?」


「ずっとお遍路を回り続けてる方たちですよね……?」


「そうそう、よく知ってますね。会ったことは?」


「何人かとお会いしました」


「ふんふん。年齢層はどれくらいだった?」


「五十代とか六十代ぐらいでしょうか……」


「雰囲気は?」


「雰囲気? 別に、普通だったと思います……」


「思い詰めたとか、そんな感じは?」


「え? いやぁ、特には……」


 作家はメモを取り出して、それを見ながら質問する。


「あのう、庭林さん……」


「『庭』でいいですよ。『庭林』はいかにも長ったらしいでしょう?」目線を落としたまま言う。


「あ、じゃあ……、庭さん。これは、一体何の取材なんですか? 職業遍路さんの何を調べているんです?」


 え? と庭さんが顔を上げる。


「あっ、そうですよね、ごめんなさい。実はね、職業遍路さんの数が、ここ最近急に減ってるらしいんです」


 その言葉を聞いた瞬間、すぐに思い出したことがある。

 新聞投書欄に投稿されていた内容だ。善根宿をやっていた久保川老人が心配しているというあの記事。

 友人が地方新聞の投書欄で同様の内容を見つけたことを言うと、庭さんの目が点になった。


「そうそう! 僕もまったく同じ記事を見たんです! 土佐タイムスでしょう?」


「は、はい、そうです」


「やっぱり! そうですかそうですか、森沢くんもあの記事を。いやぁ、驚きました!」


 庭さんはキラキラと目を輝かせた。


「僕はね、一体何が起こってるんだろうって、ミステリー作家の血が騒いでねぇ。思い切って高知くんだりまでやってきたってわけなんです」


「あれを見てわざわざ高知まで、ですか……?」


「そうですよ~! 思い立ったが吉日ってね!」


 作家はトントンと自分のメモ帳を指で叩く。


「僕は常にミステリーのネタを探しています。今回は知り合いの雑誌編集者が教えてくれたんです。『ほら、こんな新聞投稿があるぞ』って例の土佐タイムスの記事を持ってきて」


 そこからすぐに高知に向かったという。

 興奮気味に庭さんが話を続ける。


「ほら、これ見て下さい」突然スクーターに駆け寄るとナンバープレートを指差す。


「4186……?」


 庭さんは少し照れくさそうに笑った。


「そう、4186。ヨイヘンロって読めません? 良い遍路ってことですよ」


 僕が首を傾げると、庭さんは楽しそうに続けた。


「レンタカー屋でこれを見た時、思わずニヤリとしちゃいました。これは縁起がいい、絶対に取材が上手くいくってね」


 庭さんはうんうんと満足げな表情を浮かべる。

 僕の頭の中は疑問符で満杯になる。正直どう反応していいか戸惑った。

 4186で、ヨイヘンロ……。

 歯医者さんがやってる『6480(ムシバゼロ)』みたいなものだろうか……。


 庭さんは、陰鬱で重厚な作風が特徴の作家だ。

 その作家から飛び出したのは、語呂合わせによる不思議な験担げんかつぎだった。

 そのギャップに僕は困惑を隠せないでいた。


 口には出さなかったが『8』の字をヘンと読ませるのは無理がある気がした。


 当の作家はこちらの様子を気にするでもなく、そのまま話を続ける。


「ところで、森沢くんは東京の人なんでしょう? どうしてまた高知県のローカル新聞を?」


 別に隠すこともないので、僕はそのまま答えることにした。


「実はですね……」


 遍路に来ることになった経緯や、遍路Xのことを話し始めると、庭さんは身を乗り出すようにして、真剣な眼差しで僕の話に聞き入った。

 ランタンの柔らかな光に照らされた作家の顔には、子供のような好奇心が浮かんでいた。


「いやぁ、驚くことばかりです!」庭さんはあぐらの膝をパシッと打った。


「遍路Xですか!? そんな不気味な遍路が高知県に……?」


 興奮を隠せない様子で「遍路X、遍路Xかぁ……」とぶつぶつ呟いた。


「あの、失礼ですが、タバコを吸ってもいいですか?」


 僕が頷くと、胸ポケットからくしゃくしゃのハイライトを取り出しライターで火をつける。


「ところで遍路Xの『エックス』は一体どういう意味なのでしょうね」煙を吐きながら問いかけてきた。


 やはり僕と同じ疑問をいだいたようだった。


「なんだか数学の変数みたいですね」と笑う。


 僕は、続けてキヨの話をした。

 予々かねがね、人を歩き方だけで特定するという、友人の特殊能力を誰かに聞いてほしいと思っていた。

 作家は強い興味を示したようだった。


 彼の吸うタバコが闇の中で赤く光り、ぼうっと顔に淡い陰影を刻んだ。

「ふっふっふ」と笑った時、その陰影が揺れた。


「やっぱり僕の験担ぎもあながち捨てたもんじゃないみたいです。こうして森沢くんと出会えて、こーんな面白い話をたくさん聞けたんだですから!」


 作家は満足気に煙を吐いた。

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