第21話 合流

 僕は遍路道で腕を組み、しばらく悩んでいた。

『ハンニン ミッケ』のメッセージを見た時、一つ思い出したことがあった。


 キヨは前回の事件解決で警察から百万円の報奨金を受け取っている。

 全額を父親に渡したと彼は言っていた。

 家計を助けたい一心で、今回も危険を顧みず単独で犯人に接触しようとしているのではないか。その考えが頭から離れなかった。


 確かにキヨは、誘拐犯に自首を勧めてそれを成功させている。だけど僕は、うまくいったのは結果論だと思っている。

 犯人のあとをつけてアパートに単身乗り込むなど正気の沙汰ではない。最悪殺される可能性だってあったのだ。

 僕はあとから、もし今後こんなことがあっても危険だから絶対に止めた方がいいと、こんこんと彼に言い募った。

 どこまで聞き入れてくれたかは分からないが。


 郵便局の脇にあった公衆電話から、キヨに「コ゛ウリュウシヨウ」とメッセージを打った。

 僕は急遽来た道を引き返すことに決め、踵を返した。


 早足で歩きながら考える。


『ハンニン ミッケ』


 友人は一体誰を見たのだろう。

 キヨがもし再び『ハンニン』を捕まえようとしているのなら、その人物は報奨金制度の対象になっているに違いない。指名手配犯だろう。

 話の通じない凶悪犯ということも十分考えられる。一人で対峙するのは余りに危険だ。


 歩きながら何度もポケベルを確認するが『ハンニン ミッケ』以降何も送られてこない。

 知らず知らずのうちに歩調が速くなる。早く合流しなければならないと考える一方、キヨの現在地が把握できないため、気付かずにすれ違わないよう、くまなく視線を走らせる。


 次第にあたりは暗くなっていた。

 このまま進み続ける方がいいのか。それとも一旦どこかで待機する方がいいのか。


 僕は、直近のキヨからのメッセージを見直す。


『ハンニン ミッケ』

『コンヒ゛ニカレーク』

『ヒ゛ールノミタイ』

『23ヤクオウシ゛』


 僕のポケベルは旧式なため、メッセージを9文字までしか表示できない。キヨはいつもそれに収まるように送ってくる。

 例えば『コンヒ゛ニカレーク』は、コンビニでカレーを食ったという意味だ。クだけで食うと表現することはこれまでもあった。


 唯一具体的な場所を示しているのは、一週間前に受信した『23ヤクオウシ゛』だ。

 これは第二十三番霊場薬王寺を打ったという意味だろう。


 今は3月27日の18時。

『ハンニン ミッケ』の受信日時は27日の13時。

『23ヤクオウシ゛』は3月20日の朝8時。


 僕が薬王寺を打ったのは18日の夕方なので、距離的に縮まっていることが分かる。

 元々友人は僕よりも歩くのが早い。両者には三日分の距離の差があったはずだが、多分今はもっと縮まっているだろう。

 現在の僕と彼との距離は、ざっと見積もって10キロ程度だと踏んだ。


 仮に僕がここで移動せずに待っていたら、数時間ほどで合流できるかもしれない。ただしそれはキヨが遍路道をこちらに向かって歩いてきてるという前提での話だ。

 そんな保証はない。

 すでにどこかで野宿している可能性もある。


 山側から気の早いふくろうがホーホーと鳴き出した。迷ってる内に辺りはどんどん暗くなってくる。


 一旦どこかで野宿しようかと考え始めた時、道の向こうからこちらに向かって歩いてくる遍路の姿が見えた。

 キヨか! と一瞬浮き足立ったが、それよりもかなり大柄な男だった。

 歩いてきた遍路は、小人さんだった。

 一瞬の高揚感が、あっけなく萎んでいくのを感じた。


 そういえば以前東屋で会った時も同じような時刻だった。どうやら日が落ちてからも結構歩くタイプらしい。


 小人さんは、こちらを見ると少し気まずそうな顔をした。

 僕は恐る恐る「どうも……」と会釈した。前回の酔った姿が脳裏をよぎり、嫌な汗が背中を伝った。

 相手も静かに頭を垂れた。


「どうかしましたか?」彼の声は意外なほどに穏やかだった。


 遍路道で留まっている僕のことを不思議に感じたのだろう。

 僕は迷った。正直に理由を述べるべきだろうか。キヨの危機を考えると、躊躇ためらっている場合ではない。


「実は友人を探していまして……」


 僕は手短に事情を説明する。ただし、キヨの『ハンニン ミッケ』のことは言わず、友人が自分を追って遍路道を歩いているのが心配で引き返してきた、と伝えた。


「あなたのご友人と遭遇したかも知れません」


 びっくりして僕は聞き返す。


「え? 本当ですか!?」


「はい」


「あの……、どこでです?」


 聞けば、若い歩き遍路が遍路道を逸れていくのを見たと言う。


「遍路道を逸れていった?」


 僕がキヨの具体的な風貌を伝えると、小人さんは納得したように「間違いないと思います」と言った。


「あれは君の友人でしたか……」


 遍路道を逸れるというのは普通ではない。

 何かよほどのことがあったのだろうか。もしかして『ハンニン』に関係していることだろうか。

 どう捉えればいいか分からず、不安が襲ってきた。


「面目ありません。私から声をかけるべきでした。そっちはルートじゃないですよと……」


 やぶ蛇になるかもしれないと思い、下手に声をかけなかったらしい。

 胸騒ぎが強くなる。


「案内しましょう。こっちです」


 返事するよりも先に小人さんはくるりと踵を返す。

 僕は言われるがままに彼の後を追う。ただの酔っ払いだと思い込んでいた非礼を心の中で詫びた。

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