第30話 聞き込み

 次に僕らが向かったのは地元のスーパーだった。

 駐車場には、夕方の薄曇りの空の下、買い物を終えた人々が次々と車に乗り込んでいた。


「すみません、この人を見かけませんでしたか?」


 僕は、買い物袋を両手に抱えた老婆に控えめに声をかけた。

 老婆は目を細めて写真を覗き込んだが、無言で手を振って立ち去った。


「ありがとうございました」僕は彼女の背中に深々とお辞儀をする。


 かれこれ二時間、聞き込みを続けている。

 僕は手に持ったキヨの写真を見つめ、深いため息をついた。


「まあ、こんなもんですよね。情報は簡単には集まりません」


 庭さんが僕の肩にポンと手を置いた。


 写真を見せても、ほとんどの人は関心を示さない。

 時々立ち止まって見てくれる人もいるが、多くは怪訝そうな顔をして足早に去っていく。


 このスーパーは遍路道からさほど離れていない田舎町にあった。利用するお客さんは、近所に住んでいる人が大半だろう。

 歩き遍路と接触している人もきっと多いはず、じゃあキヨと会ったことがある人も居てるかも――、という読みだった。

 だがキヨの面影は、この場所の誰の記憶にも残っていないようだった。


「正直、もう少し手応えがあると思ったんですけど……、甘かったですね」心の中にじわりと失望感が広がっていた。


 僕は手に持った写真をじっと見つめた。

 山ほどのキュウリを抱えて笑うキヨの写真だ。河童を捜索しに行った時のものだった。


 夕日は完全に沈み、周囲は暗闇に包まれつつある。

 駐車場のライトが次々と点灯し始め、柔らかな光の島を作り出していた。

「毎日安売り!」と書かれたスーパーののぼりが、寂しげに光を浴びている。

 その光景を見て、僕は突然ある場所を思い出した。


「庭さん」僕は勢い込んで庭さんの方を向いた。「温泉保養センターに行ってみませんか?」


 庭さんは目を丸くする。


「温泉保養センター?」


「はい。前回の遍路の時に、僕が立ち寄った温泉施設です」


 僕は少し興奮気味に説明を続ける。


「菅根温泉保養センターっていうんですけど、遍路御用達の場所です。キヨも絶対にそこを訪れてるはずです! ああ、なんで今まで気づかなかったんだろう! ここよりも話が聞けるかも……」僕は無意識のうちに、靴の先で舗装された駐車場の地面をトントンと叩いていた。


「なるほど……。悪くないアイデアですね。確かに、歩き遍路さんが集まる場所なら、キヨくんの目撃情報が得られる可能性は高そうですね」


 庭さんは顎に手を当て、ゆっくりと頷いた。


「よし、すぐに向かいましょう。何か手がかりが掴めるかもしれません」

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