第46話 告白3

 重苦しい沈黙の中、結衣子はゆっくり顔を上げた。


「ずっと怯えて暮らしていました……。赤ん坊を盗んだ罪悪感と、バレるかもしれないという恐怖感がいつもありました」


 その目には、長年の疲労と、言い知れぬ解放感が交錯していた。

 僕は彼女が話すのを黙って聞いた。


「被害者の奥さんがテレビに出ていたのを見たことがあります……。お葬式の時に、記者から囲み取材を受けている時の映像だったと思います。

 モザイクがかかっていたけど、泣いていたのは分かりました。

 ずっと『信じられません』って繰り返して……。その声が心に焼き付いて離れないのです……」


 風が冷たく肌を刺し、木々のざわめく音が責め立てるように響いた。

 結衣子はかすかに身を縮め、視線を落とした。


「引っ越した先で、娘のことを『お父さん似かな』ってよく言われました……。

 裏を返せば、私とは似てないということです。だから皆もう片方の親に言及するのです。誰もお父さんの顔なんて知らないのに……」自虐的に笑う。


 遠くで夜鳥やちょうが鳴いた。


「似てないのは当たり前です。だって私とは血が繋がってないんですから……」


 彼女の頬を涙が伝った。


「それでもあの子は、私の娘でした……」


 言葉が、夜風に乗って消えていく。


「あの子の本当の名前は美穂。だけど私にとっては有紀なんです。それは、永遠にそうなんです。

 あの子は川で死にました。流された下級生の女の子を助けようとして、飛び込んでそのまま溺死したんです。下級生の女の子は助かったけど、あの子だけ死んだ……」


 僕は山崎さんの資料を思い出していた。

 広島で、川遊び中に溺死した8歳女児の新聞記事。

 亡くなった重村有紀ちゃん。

 彼女の本当の名は、美穂だった。


 結衣子の頬を、涙がとめどなく伝う。


「勇敢な子でした。母親の私は、ベビーカーからあなたを奪ったのに、あの子は誰かの命を助けたのですから」


 誘拐を実行した結衣子に対する憤りが胸の奥で渦巻く。

 それと同時に、二度も子をうしなった彼女の悲痛を思うと、やりきれない気持ちが込み上げてくる。

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