第24話 未明の検討会
~ ~ ~
まだ夜が明けきらない四時五十五分。七人の推理研メンバーは、食堂に集まっていた。
「ざっとだが、僕と副部長、上岡の三人で、王子谷君と中谷君の亡くなった状況を視てみた。なお、三年生ばかりになったのは、王子谷君の件が発覚した時点で居合わせた四人の内の三人というだけで、大層な意味はないよ。ちなみに、もう知っている人もいるだろうけれど、中谷君が亡くなっているのを最初に見付けたのは実光さんだ。女子は女子が見て回ったから。あと、それぞれの現場を写真に収めたんだが、あとでインスタントカメラでも撮っておきたいので、和但馬君、また貸してほしい」
「分かりました……」
和但馬の返事は、惚けたような口ぶりだった。親しい同学年が立て続けに二人死ぬ、恐らく殺されたという事実は、想像以上にショックをもたらすようだ。
「では改めて状況を。なるべく簡潔に話す。原則的に僕ら三人の意見が一致したことを話すと思ってくれ。意見の相違があったものについては、都度、注釈を入れるから。
先に、今、それぞれの現場である個室の状況を話しておこう。一号室は、中に入るために格子を力尽くで引っ張って外した。窓は開いていたので、ガラスは無事だ。その窓ガラスを閉めてロックし、ドアも施錠して、中で王子谷君を安置している。ただ、安置と言ってもさっき話した通り、もう一度写真を撮るので、発見時からほとんど動かしていない。
次に中谷君が死亡していた十一号室。遺体の安置という観点では、先に述べた王子谷君の状況とほぼ同じだ。違いは、格子窓が壊れていないくらい。ドアも施錠した。が、発見時は、ドアに鍵は掛かっていなかった、そうだったね?」
実光に確認を取る加藤。
「掛かっていなかった。だからこそすぐに室内を見ることができて、異変に気付けた」
「ロックされていなくて幸いだ。一階と異なり、二階だと窓から入るのは至難の業だろうからね。部屋の鍵は室内にあった。床に放り出す感じだった。ああ、王子谷君の部屋の鍵にも言及しておかないと。鍵は王子谷君のジーンズのポッケに収まっていた。
うーん、どうもいけないな。各部屋と遺体の安置状況にのみ、先に話すはずだったんだが、ごちゃごちゃしてしまったね。冷静でいるつもりなんだが、僕自身知らない内に、心がかき乱されているらしい」
深呼吸をし、肩を上下させる加藤。
「ここからは個別に見ていくとする。まずは王子谷君の事件からだ。
王子谷君は、頭を窓の方へ向けて、俯せに倒れていた。喉の付近を鋭い刃物で横方向に切られており、大量出血が死因と思われる。血しぶきが多く飛んでおり、その痕跡から、窓辺に立って外を見ているときに、格子の隙間から刃物で刺されたと推察される」
「じゃ、じゃあ、犯人は返り血を浴びてる?」
辛抱できなくなった風に、和但馬が質問を飛ばした。
「恐らく、な。雨合羽やフードみたいな物で防いだとしても、完全に身ぎれいなままとは行かないと思うね」
「じ、自分は違いますよ」
フードという単語が出たせいで、注目されてしまった力沢が、動揺も露わに首を横に振る。彼は夏でも、フード付きのパーカーを羽織るのが習慣となっているらしかった。
「やあ、すまない。そんなつもりはなかった。頭から全身を覆う物をイメージしたら、つい」
「慌てる必要なんて全然ありませんよ、先輩」
加藤に続いて、多家良が言った。
「フード、ちっとも汚れていないじゃないですか」
「それはそうなんだが……同じ物を密かに二着持ってきているとか」
「私がいうのもなんですが、ミステリに毒されてます。自分で自分を追い込んでどうするんですか。だいたい、用意するんだったらフード以外のもっと使い勝手のいい物を選ぶべきでしょ」
多家良の指摘は的を射ているが、どこかユーモラスで場の空気をちょっとだけなごませた。彼女がその効果を狙っていたのかどうかは、定かでない。
「返り血についての議論は、あとでまたやるつもりだから、ひとまず切り上げるよ。次に……凶器は見付かっていない。出刃包丁ほど大きくはないと思うが、まあこれは意見が割れた。刺し方次第、深さ次第なところがあるからね。半可通のミステリマニアが目視しただけでは、確定的なことは言えない。念のため、キッチンにある刃物類、道具入れにある諸々を調べてみるつもりだ。
ただ、今度の事件で、外部犯の可能性が高まったと言えるだろう。外部の人間が犯人だと断言したいくらいだが、何を隠そう、僕自身を容疑の枠から排除できないので困ってる」
加藤部長は疲れたような苦笑を浮かべ、実光にバトンタッチした。
「加藤君が今言ったことの説明をするわ。先に触れた現場の状況から分かるように、犯行は窓越しに行われた。仮に私達推理研の中に犯人がいるとして、一号室の窓の外に立つには、玄関か勝手口、一階廊下奥の窓のいずれかから出入りする必要がある。この内玄関と勝手口は内側から施錠され、加藤部長が預かる鍵がないと使えない。廊下奥の窓はみんな知っての通り、交代で見張っていたから、やはり誰も使えない。あとは格子を壊すくらいだけど、誰もやってないわよね? 二階から飛び降りるなんてリスクが大きい上に、館内に戻るのがさらに大変なんだから。一階の私は部屋を二人に見せて、格子がしっかり固定されているのを確かめてもらった。
こういう状況だから、あるとしたら加藤君が鍵を使って、玄関か勝手口から出入りするケースなんだけど」
「続きは僕が話すわ」
上岡が引き継ぐ。
「加藤が鍵を使って出入りするんも、それなりにハードルはある。二階から降りてきたとき、廊下に立つ見張りに目撃される可能性が大や。目を盗んで切り抜けたとしても、鍵を開ける音が結構でかい。少なくとも玄関の方は、見張りの者の耳に届くやろうな。せやから、可能性としては勝手口を出入りするパターンが残るんやが、そのあともう一度、会談を今度は登らなあかん。短い時間に二度続けて、見張りの目を盗むのは綱渡りにも程があるいうやつやと思う」
「あのー、可能性を潰すために敢えて問いますが」
柳沢が言った。
「階段の上り下りの際に見付かったとしても、他の用事があったと言えばごまかせるのでは? 喉が渇いたとか眠れないから部屋を出たとか」
「――と言うとるけど、どうや?」
上岡が加藤に話を振る。
「その場しのぎにはなるだろうね。でも、あとになって王子谷君の事件が露見したら、たちまち疑われる。せめて他に何人かが夜中の館内を歩き回っていたのならともかく、みんな部屋に籠もっていたんだろう? 見張り以外は。そういう訳で、僕がほんとに犯人なら、そんな大胆な賭けはしないよ。こんな言い方をしたら、かえって容疑が晴れないかもしれないが」
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