第21話 時間を少し戻して不参加組
見張り以外の者がそれぞれ自室に入ったのは、日付が切り替わろうかという頃合いになった。
「お疲れ様」
部屋の前に来た実光が、その時間帯に見張りにつく加藤と王子谷に声を掛ける。
「他の女子とお喋りタイム、ですか」
王子谷の質問は、無理矢理考えたような雰囲気があった。実光は微笑を浮かべて、「そうよ。森島さんのことを始め、色々起きているから弾んだものにはならなかったけれど、それなりに充実してたかな」と答える。
「昨日は確か寝間着を持って来たとか言っていたと記憶するが」
部長の細かな指摘に、実光は今度は苦笑を浮かべる。目の前にいる彼女は色気に乏しい、上下とも紺のジャージ姿だ。
「ええ、昨日、着てたのを見たわよね? 今日は状況が変わったから。何か起きたら、この格好が一番行動しやすいと思って。逃げるにしても戦うにしても」
「ぬかりがないね。ま、それくらいの方がこちらも安心できる」
「でも、このあとだいたい一時間は、隣の部屋に誰もいないのよね、私」
「ん?」
加藤が首を傾げ、はたと気が付いた風に王子谷を見る。
「それもそうか。王子谷君はここにいるのだから。隣室に誰かいた方が安心できるとでも言うのかい?」
「そこまでは言わないけれども。ね、これってミステリでたまにあるシチュエーションじゃない? 部屋の前には見張りがいて、室内の窓も外とは出入り不能。ところが朝になってみると、中にいた美女は消え失せていた……みたいな」
「消えるか、もしくは殺されていた、だな」
「ちょっと。折角ぼけたんだから、つっこみなさいな」
「うん? つっこみどころ……分からん」
加藤部長が真剣な顔をして腕組みを始めたものだから、王子谷が慌てた様子で横から口を出した。
「あのー、美女ってところです」
「美女? いや、実光さんが言ったってぼけとして成立していないぞ」
「だーかーらぁ、たとえ美人であっても、本人が自分で言ったらぼけなのよっ。その解説をまた本人に言わせるなっ」
言って、実光は加藤の脇腹辺りに肘鉄を食らわせた。短く呻いた加藤を後目に、「あーあ、こんなことなら上岡君に試せばよかったかしら、今のぼけ」と嘆く。
「か、関西出の奴と比べられるのは、僕としても厳しい。とにかく、実光さんが皆の前で明るく振る舞ってくれて、助かっている。おやすみ」
「……おやすみ。加藤君も王子谷君も気を付けて」
「あ、おやすみなさいです、先輩。鍵を掛けるの、忘れずに」
扉が閉ざされると、男二人は自分達の役割へと意識を戻した。
* *
「ごちそうさまでしたー!」
俺と笠原さんは並んで、田島記者のセダンに手を振り、見送った。自宅前でご近所に対して少々恥ずかしいとは言え、感謝の気持ちははっきり伝える。
田島さんは、ファミリーレストランでもっと話を聞きたがっていたのが明白だったけれども、時間の都合で切り上げることに。別件の取材が入っているそうだ。予定していたよりも個々の質問に時間を割いてしまったと、悔やんでいた。
その失った時間を少しでも取り戻すべく、車内でも俺達から情報を得ようと、質問をしてきた。
といっても運転しながらだからか、深く突っ込んだものではなく、周辺事情を探るような感じの質問が並んだ。たとえば、今度の合宿の参加メンバーはどうやって決めたの?とか、永源先生は他の大学の後輩にもこんな贈り物をしているのだろうか?とか。車の中でされた質問の内、一番重要そうに思えたのは、箕輪段四郎に関して知っていることがあれば教えてほしい、だった。残念ながら俺も笠原さんも、全然情報を持ち合わせていなかったけれども。
「さてと。このあとどうする? すっかり予定と違ってしまった訳だけど」
笠原さんに聞いてみた。
なお、彼女が彼女自身の自宅まで車で送ってもらわなかったのは、俺の家にスクーターで来ていたため。
「予定は、藤君と連絡がつかなかった段階で、難しいと分かってたでしょうに。それに、今からじゃ二人でまた出掛けて、なんてのも無理に決まってる」
「だよね。特段、緊急事態が起きたって訳じゃないけど、先輩達に電話連絡取ってみるというのはどうかな。入善藍吾の建築物では怪事件が起きがち、という話もあったんだしさ」
「非常に魅力的な提案だけど。九分九厘、事件なんて起きてないだろうから、そんなところへ不安を煽るだけの情報を届けるっていうのは、ちょっとね。もう少し具体的な話が分かってからでもいいんじゃないの? 加藤部長が地図を眺めながら、『島々の間隔が意外と近い。その上、電話設備があるときては、クローズドサークル気分も半減かな』なんてつまらなさそうに呟いていたの、私聞いちゃったのよね」
「ていうことは、そんなとこへたいした用でもないのに電話を掛けたら、俺、怒られる?」
「怒られはしなくても、無粋な奴として認識されそう」
「うーん」
それは考え物だ。別に、加藤部長の機嫌を損ないたくないとかどうとかではなく、ミステリに関して粋じゃないと思われるのが嫌だ。
「検討しなくちゃな。でもまあ、記者が取材したがっているとなったら、それなりに緊急事態ではあると思うんだ、うん。OKかNGか、早めに部長の返事をもらうという名目で……」
「最終判断はあなたに預けるけど、変なことになった場合、私を巻き込まないでよ」
「それは約束する」
「よろしい。それより私、十鶴館で昔起きた事件に俄然興味が湧いてきたわ。特に、送迎をした船長まであとで殺され、犯人不明って。その船長の子供と知り合いの人が、今度は我がB大推理研を送り届けた……シチュエーションだけを見れば、事件が起きないはずがないって感じ」
「だったら、それこそ電話して先輩達の無事を」
「でも事件が起きるとしたら、昔の事件の関係者が一人は館にいないと成り立たないでしょ。ううん、関係者じゃないけどちょっとつながりのある、箕輪段四郎氏でもいいけど。ねえ、永源遙一先生に連絡を取ることはできないかな?」
「はあ?」
「お弟子さんの箕輪氏は、そちらに戻っていますかとだけ聞ければいいんだけど」
「まさか、箕輪氏が戻らずに、十鶴館に先輩達と一緒に滞在しているって?」
「館にいるか、あるいは船に留まっているか。船が故障したと言えば、そこで停泊していてもおかしくないわ」
「待て待て。船が故障したなら、さっさと電話してるだろうもちろん俺らのとこではなく、永源先生が船の修理を頼めるところに。それか、別の船を手配するとか」
「ああ、そっか。それだと事件が起きる前に、箕輪氏は退散ね。あ、でも、どこか近くに船を隠せるとしたら? 隠すのは無理なら、いっそ沈めちゃうという手もある」
「どういう想定をすれば、そんな突拍子もない状況を考えられるのさ? 箕輪氏は旧友のため、つまり旧友の父親を殺した犯人を見付けて、代わりに復讐してやろうって? 仮にそうだとしても、何でうちの推理研が巻き込まれなきゃならないんだろう? 十鶴館を調べたいのなら、我々を招く前に、いくらでも時間があったはずだ」
「いちいちごもっともで」
ようやく興奮が去ってくれたか、笠原さんは頭に片手をやり、ぺこりとお辞儀した。
「ごめん、妄想が暴走して止まらなくなるところでした」
「いや、別に実害はないし、いいんだけど」
往来でこんなやり取りをするのが、ちょっぴり気恥ずかしい。こんなに長話になると分かっていたら、家に上がってからにすればよかった。
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