第22話 後輩からの問い合わせ

「俺も田島さんが話すのを聞いていて、うん?と妙な感じを受けたとこあったんだ。だから気になるのはほんと、よく分かる」

「妙な感じって、どこに?」

「それが思い出せない。笠原さんと二人で聞いたのか、それとも君がまだ出てくる前の立ち話だったのかすら、はっきりしないんだよなあ」

「頼りないわねえ。その分じゃ、電話番号をメモした手帳の行方も、怪しいんじゃないの?」

「あ、それがあったな。早く見付けておかないと」

 いい機会だとして、笠原さんとはここで別れた。

 スクーターで去る彼女を見送るや、俺は帰宅の挨拶もそこそこに、自室に引っ込んだ。無論、手帳を探すためだ。

 心当たりを順に見ていくが、なかなか見付からない。というのも、笠原さんが部屋に来るというのを柄にもなく意識して、部屋を急いで片付けたせいだ。あのとき問題の手帳はどこかに紛れ込んでしまったに違いない。


 その後、夕飯を挟んで、合計四時間くらい探索し、やっと手帳を発見した。冬物のコートのポケットに滑り込んでいたとは、まったく想像できなかった。コートを着なくなった四月以降も手帳は使っていたので、入れっ放しで忘れていた訳では決してない。夏物の服のポケットに入れたまま、クローゼットのハンガーに掛ける際、何かの拍子で手帳が飛び出して、隣に掛けていたコートのポケットにたまたまインした、とでも考えるしかなかった。

 あだしごとはさておき。

 十鶴館の電話番号が分かったのだから、ファミリーレストランで約束した通り、田島記者に教えればそれで済む。きっと田島さんは可能な限り速やかに電話を掛けるだろう。わざわざ俺がその前に掛ける必要はなくなる。

 だけど、どうも気になってならない。このまま他人に渡していいのか、この事件。ミステリマニアとして、さらに十鶴館を使わせてもらうという僥倖に恵まれた推理研メンバーとして、もっと突っ込んで考えるべきじゃないのか。他人に教えないというのではなく、俺達が事件について考えるのを放棄してはいけない、そんな気がするのだ。

 よし。覚悟を決め、まずは俺から十鶴館に電話をしよう。緊急の用事とするには厳しいが、それでもいくらか有用なネタを掴んだことだし、きっと加藤部長も分かってくれる。

 俺は家の黒電話の前まで行き、一つ深呼吸をした。そして送受器を持ち上げようとしたそのとき――じりりりりっ、とベルが鳴った。

 驚きでドキドキする胸を押さえ、もう片方の手で電話を取る。

「もしもし? 夜分にすみません。松田さんのお宅でしょうか。僕は未来さんと同じ部の後輩で、藤と――」

「藤君か? 俺だ、松田未来」

「あ、先輩でしたか。よかった~、家族の人が出たらどうしようって、ドキドキしてました」

「それはこっちの台詞。電話を掛けようとしたら、その直前に掛かってきてびびった」

「え、松田先輩が僕に?」

「あ、いや違う。昼間掛けたことは掛けたが、今さっきのは違う。それで何の用かな? 昼間は不在だったみたいだが」

「用というか、十鶴館の様子が知りたくて。館の電話、番号を知っているのは松田先輩だけなんですよね?」

「ああ、不参加組ではな。様子が知りたいって、電話して聞いてくれということかい?」

「いえ。合宿で何かあって連絡の必要が生じた場合、電話を受けるのも松田先輩なんですよね?」

「そうなっている。合宿の機関中、ほぼ確実に家にいる奴となると俺が一番だったからな。まあ、俺が電話に出られなかったら、他の部員の家に掛ければいいだけなんだが」

「その様子じゃあ、まだ何にも電話は来てないんでしょうね?」

「もちろんだとも」

「そうですか……いやあ、かつて事件が起きた屋敷を借りて、推理小説研究会の若者が合宿するなんて、推理小説ではありがちな設定じゃないですか。ひょっとしたらひょっとして、本物の事件が起きるんじゃないかと」

「藤君も笠原さんも、その手の作品を読みすぎだな」

「あ、笠原さんも同じようなこと言ってたんですね?」

「まあな。これで気は済んだか?」

「うーん、もう少しだけお付き合い願います。僕は一年生部員だから、これまでの合宿の雰囲気なんて全然分かりません。松田先輩は去年体験してみて、よくご存知のはず」

「よくってほどではないかもしれないが、まあ、君よりは知っているわな。当たり前だが」

「合宿中に、先輩が後輩にサプライズ、ドッキリを仕掛けるなんてことはありませんでした?」

「ドッキリか。いや、それはなかったな。今年の合宿は日程が長いから、ひょっとしたらそういう企みをやっててもおかしくはないが、少なくとも俺は何も聞かなかった。どうしてそんなこと知りたがるの?」

 ここまですいすいと答えていたが、ふと気になった。合宿が始まる前に、合宿に参加する一年生部員が聞いてくるのなら分かるんだが、合宿はもうスタートして二日だし、藤は不参加組だ。

「いやー。たいした理由じゃないんですけど。三年生以上の先輩達がドッキリを仕掛けたことがないようでしたら、僕らがやるのはどうかなあと思いまして。ちょっとしたサプライズを」

「サプライズねえ。それ、部活としての話だよな? 合宿から帰って来た先輩達を驚かせるような何かをする、と」

「はい。合宿参加の選考に漏れた僕ら居残り組で、どうにかして参加組の鼻を明かせないかなと考えていました」

「面白そうな話ではある」

 率直な感想を述べる。けど、もし本格的にドッキリを仕掛けることになれば、電話しづらいような気がする。緊急の用件でもないのに電話を掛けたら、変に勘ぐられて。俺はミステリが好きで、作品を書いて読者を騙すのも好きだけれども、対面で相手を騙すのは苦手なんだよな。表情に出てしまうっていうやつだ。でも電話越しなら何とかなるか。その通話で騙す訳じゃないんだし。

 と、個人的な小さな悩みで逡巡していると、藤の声が届く。

「僕、今はまだ出先で、先輩に会いに行けないんですけど、ドッキリのアイディア、思い付いたらまた電話します」

「あ、ああ」

 生返事をしていたら、いつの間にか決定事項になったのか? 不参加の居残り組と一口に言っても、最年長は俺じゃないぞ。

 そのような意味のことを早口で伝えると、「分かってますって」と気楽さあふれる声で返された。

「帰って来た部長達に仕掛けると言っても、次に部員が集まるのって、だいぶ先ですよね? 全員揃うかどうかも不確かだし。だからやるとしたら結局は十月、後期が始まってからになるんじゃないかと踏んでいます」

「それならまだ時間はあるな。しかし心配事もある。学園祭に剥けての準備で忙しくなる頃合いだが、並行してできるのか?」

「あ、そうなんですか。じゃあ……ドッキリそのものを推理研有志による学園祭の出し物の一つにしてしまうとか、無理ですかね」

「分からんけど、聞いてみる価値はある」

 ドッキリと知られないようにして、先輩のOKを取るのは結構苦労しそうだが、ひとまずここはできる方向で。一年生の“やる気”という芽を早々に摘むこともあるまい。

 こうして後輩との通話は終わった。送受器を戻したあとになって、出先と言っていたがどこに行っているのか聞きそびれたと気付く。合宿に行くつもりで空けていたスケジュールを急遽埋めて、家族旅行のようだけれども、行楽だと交通や宿泊の手配が大変だったろう。田舎への帰省かな。

 などと詮無きことを考えるのに時間を浪費する己に気付き、頭を振る。目の前の電話に目をやった。十鶴館に掛けるべきか。藤との電話が意外と長引いたため、時間はますます遅くなっている。

「誰からの電話だったのー?」

 唐突に、離れた部屋にいる母親に聞かれ、電話をする気分ではなくなってしまった。自室に戻る途中で顔を出し、母親へ答える。

「知り合い。同じ推理研の後輩からだよ」

「合宿に行ってる? 女の子?」

「違う、どっちもバツ」

 某かの期待を込めた目で見られて、俺は慌てて否定した。笠原さんがうちに来たことはほとんど話題にしないくせに。

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