第20話 見張り
「私も何も感じなかったわ」
「同じく、です」
ロビーで待っていた全員が否定。加藤は上岡、力沢の順に目を見合わせ、嘆息した。
「見間違いであってくれれば、どれほど楽か。しかし、都合よく、なかったことにする訳にも行くまい」
加藤は実光を見た。
「部屋、代わる意思はあるか?」
「はい? 何を言い出すの」
「外から中に侵入するとして、実質的に破れるのはあの一階廊下奥の窓だけだろう。あそこをガードしさえすれば、侵入される心配はない。僕と他男何人かが一晩、交代で見張りに立とうと思う。部屋のすぐ外に男がいて気になるというようであれば、部屋を代わろうかという意味さ」
「先にそれを言ってちょうだい。いきなり変なこと提案されたら、戸惑うしかないじゃないの」
「悪い。で、どうする?」
「別に、あの部屋で構わない。二日目だし、いちいち移るのが手間。それに代わりの部屋って、男子の誰かの部屋になるんでしょう? 気になるかどうかで言うならそっちの方がよほど気になるわ」
「分かった。見張りが立つこと自体はOKと受け取っていいのかい? それすら嫌なら、バリケードを築くぐらいしかなくなるが」
「バリケードって、私が部屋を出入りするのに邪魔になりそう。それにもし不審者がバリケードを崩して入って来たら、ドアの前を塞がれて、私、監禁状態になるんじゃない?」
「バリケードの方が危ない、という意見なんだ? それならやっぱり、見張りを置くってことでいいね」
「全員の安全を考えれば、当然」
そうと決まれば、シフト作りに取り掛かる。女性陣が入浴している間に、男六人で話し合いとなった。
「今、二十一時で、朝明るくなるのが六時頃でしょうか。二十三時までに全員床に就くとして」
白い紙を用意して、タイムラインめいた物をボールペンで書いていく和但馬。
「待った。見張るんは寝てからでええんか? いつ来るか分からんやろ」
「それもそうですね……加藤部長はどう思われます?」
「怪人物がいるとして、そいつが十鶴館に押し入るつもりなら、先に人数を把握しようと努力すると思うんだ。正確に九人とは分からなくても、それなりに大人数だということはじきに理解するはず。となれば、やはり夜中を狙う可能性が一番大きい……と考えるのが論理というものだが、怪人物が理性的な判断を元に行動を決めているかというと、分からない。それに、何となく力沢君の証言のあと、みんな外部犯がいたんだっていう空気になっているみたいだが、決め付けていいのかどうか」
「その問題も残っとるんやな。外部の人間が入り込んだ方法も。中に協力者がいるいう説は、まだ潰せとらへん」
上岡に続き、王子谷が「あの――力沢さん、先に謝っておきます、ごめんなさい」と断りを入れる。
「な、何なんだ?」
「森島さんが手引きして、その直後に殺されたっていう説に触れるからです」
「あ……ああ。しょうがねえ、もう冷静でいられる。犯行後に犯人が館全体を密室にできないという理由で、否定されたしな」
「すみません。――そういう見方が出ましたが、あれから考え直してみて、館全体を外から密室にする方法があったとしても、そもそも犯行の形態として変だなと感じ始めたです、はい」
「変と言えるだけの理由があるのかい? 聞かせてもらおう」
加藤が促しながら、足を組み換えた。シフト作りがあっさりストップして、和但馬はすっかり手持ち無沙汰となり、右手でペン回しを始めている。
「外部犯にとって、館の中にいる協力者ってとっても貴重な存在です。なのに、いきなり殺してしまい、また出て行くというのはよく分からない、意味を汲み取れない行動なんじゃないかなあと。連続殺人を計画しているのなら言うまでもありませんが、仮に森島さん一人を狙ったにしても、彼女一人がターゲットならわざわざこんな場所でやる必要性はないんじゃないか。せいぜい思い付くのは、館内の僕ら九名を互いに疑わせ、疑心暗鬼に陥れたかったのかな、ぐらいです」
「しかし互いに疑わせたいのなら、凶器をそのままにしておきゃいいんじゃないか」
柳沢が言った。この男、何故か女性の目がないときの方が、しっかりするようだ。
「そうなんです。わざわざシーツに置き換えて、下手な自殺偽装をする必要性がまた分からなくなる。そんな風に、あちらを立てばこちらが立たずじゃないですけど、外部犯説はどこかで行き詰まるなあと思いまして」
「だから見張りは必要ないって?」
加藤が聞く。王子谷はぶるぶると激しくかぶりを振った。
「そんなことはないです。森島さんが殺された件と関係があろうとなかろうと、不審者対策は講じなくては」
「それやったら、早いとこ場所を移ろうやないか。こんな話し合いしとる間にも、不審者が窓を割って入ってくる恐れがある言うこっちゃないか」
「シフトが何番目でも構わないというのであれば、上岡、君がすぐに行って見ていてくれるか?」
「引き受けた。とは言え、あと一人おった方が心強い。敵の強さが分からんだけに」
「それじゃ……力沢、また頼めるか?」
部長に言われ、力沢は無言で首肯すると席を離れた。彼ら二人の姿が見えなくなったところで、和但馬が口を開く。
「今みたいな感じで、二人一組にしますか?」
「そう、だね。単身の見張りだとやられる恐れが二人のときより大きくなるのは間違いないし、居眠りする可能性だってあるし、トイレで離れることも考えないとね。二人一組としよう」
こうして四人で話し合って、以下のようにシフトを組んだ。
21:00~23:00 上岡&力沢
23:00~ 1:00 加藤&王子谷
1:00~ 3:00 柳沢&和但馬
3:00~ 4:00 上岡&力沢
4:00~ 5:00 加藤&王子谷
5:00~ 6:00 柳沢&和但馬
各組二度ずつ、一度目は二時間、二度目は一時間となる。すでに二十一時を回っているので、厳密に言えば上岡&力沢の一回目は二時間弱だが、二人は屋上探索にも出ていたことを考慮すれば、これで妥当だろうと決められた。
「各組、終了時間の五分前になったら一人が場を離れて、次の二人を呼びに行く。これの繰り返し」
「分かった」
先んじて見張りに立っていた上岡と力沢は、加藤から説明を受けた。
「そのまま見張るんはかまわへんけど、立ちんぼは辛いな。折り畳み椅子が一つほしい」
「一つでいいのか。複数個あると思うが」
「いや。二人とも座っとったら、いざっちゅうときに対応が遅れるかもしれんやろ」
「言われてみれば。あと、見張ってくれている間、残りの男も順次風呂に入ると思う。二人も一回目の見張りが済んだら、風呂に浸かるといい」
「せやな。気懸かりなんは、今夜だけで終わらん可能性があるいうこっちゃ」
こうして正体どころか存在すらはっきりしない不審者を警戒しての、監視態勢がスタートした。
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