第19話 屋上捜索と不審な影?
幸い、屋上へ通じる梯子が設置されていた。二階にある小さな物置部屋をよく見ると、その天井の一部が正方形に枠取られ、蓋状の扉になっていた。簡易な錠が付いており、つまみを捻ると解除された。扉を押し上げると梯子があり、屋根の上に出られる仕組みだ。なお、この扉のロックは、外(上)側からは操作できない仕様だった。誤って閉じないよう、フック型のストッパーが施されている。
「――よかった。雨、ほぼ止んでいる。これなら傘なしで平気だ」
一番最後に上がった力沢が、ほっとした口調で述べた。
「油断したらあかんで。肝心なのは足元やさかい」
上岡が指摘し、注意喚起をする。が、その言葉は必要以上に効いてしまったらしく、力沢は腰が引けてしまったようだ。
「おいおい、大丈夫かいな。できたら三年生と二年生のペアで、屋根に出てほしいんやが」
「い、いえ。行けます」
任せてくださいと言った手前、簡単には引き下がれないのだろう。力沢は姿勢を正して、踏み出した。そんな彼と加藤部長が横並びに立って、屋上を見て行く。上岡は屋上と屋根裏をつなぐ、ちょっとした庇の下に立ち、部長と力沢のいる方を懐中電灯で照らしながら見守った。
「隅から隅まで見る必要はないと思う。窓から屋根に投げ上げたんだとしたら、そんな遠くに飛ぶはずがない。海側を重点的に調べよう」
「了解しました」
加藤部長はこういったものの、実際にはかなり時間が掛かった。ロープ状の凶器の長さは最低でもこれくらいと想像がつくとして、色が分からない。明るい色ならいいが、もしも灰色や黒だったらと思うと、極めて慎重に見回る必要がある。
「ないな……」
十五分近く掛けて屋上海側を調べたが、凶器の発見には至らず。雨樋の役割を果たす雨水溝と雨水を下に逃がすパイプがあり、そこも念入りに見たが空振り。パイプ入口には割と目の細かい金属製の網が掛けられ、紐状の凶器が簡単に流されるとも思えない。
その他、屋上に似つかわしくない変な物が転がっているということもなく、濡れた葉っぱや小枝、砂に極小さな小石がある程度。
「前もって掃除をしてくれたんだろうか。紙くずやビニールのようなごみがないのは、ともて気分がいい」
そう評してから、山側へ目を転じる加藤。
「あっちも見ておくか。海風で、想像以上に飛ばされたのかもしれないから。大丈夫かい、力沢君は」
「平気です。これくらい、もう慣れた。下があんまり見えない方が、怖くないみたいですよ」
「それは結構なことだけれど、油断しないでくれたまえ」
こうして継続された山側の捜索だったが、凶器となり得る紐状の物体は見付からなかった。
「まさか鳥がくわえて持ち去ったなんてことはあるまいし、多家良君の言った方法は使われなかったと断定してよさそうだ」
手の汚れを払い、力沢の方を向く。
「引き返すとしよう。力沢君、よくやってくれた」
「これくらい、大したことじゃあ……」
ともに戻ろうとしたときだった。力沢がふと足を止める。気付いた加藤は数歩進んだところで立ち止まり、振り返る。見れば、力沢も同じように振り返っていた。何を見ようとしてそんなポーズを取ったのか?
「力沢君、何を見ている? 何かあるのか」
「……何かというか……誰かいたような……」
「誰か? 人が見えたというのかい?」
暗がりで分かりづらいが、力沢は右腕を伸ばし、海岸線の方を示している。館から海を真正面に見た場合、向かって右だ。そちらの方へ行けば行くほど砂浜は狭くなり、草木が茂る。
「分からないな。力沢君は灯りでも見たのか」
「ええ。多分、懐中電灯の。白い光が」
二人で話し込んでいると、待ちかねたらしい上岡が「何しとるんや」と、近寄ってきた。
力沢が目撃したことをざっと伝える。
「今はもう見えないんか?」
「はあ、見失いました」
「どっちの方向に動いてた?」
「ええっと……光の動きは上下左右に揺れていて、こっち、つまり十鶴館の方に向かってきてるように見えたんですが」
「波打ち際を行こうとして、さらわれた可能性は?」
加藤が海へ目を凝らしながら尋ねる。
「いや、それはないと思います。こっちに近付いている途中で灯りを消した感じと言えばいいのか……」
「とりあえず、救助は考えなくてもいいと。何者かがいるとして、館を目指していたとしたら、その目的は? 途中でスイッチを切って暗くしたのは、僕らが屋上にいると気付いたからか? それとも最初から身を隠すつもりだったのか」
ぶつぶつ言って、きびすを返した加藤。
「分からないことだらけだが、何にせよ皆に知らせないとな」
「案外、下にいる誰かが外に出たとか、ないですかね」
梯子を降りる途中、力沢が言った。三人とも降りきったところで、加藤が見解を述べる。
「――その可能性は低いと思うね。玄関はロックしていて、鍵は僕が預かっている。わざわざ窓をくぐってまで外に出る理由が見当たらない。不審人物を目撃したとしても、この暗さで外へ確かめに行くのは賢明じゃないし」
「ていうからには、このあと外を見回りに行く、なんてことはせんのやな」
上岡の問いに加藤が「当たり前だろ」と返すと、ほっとした調子で「せやな」と応答があった。
その後、三人はロビーに向かった。力沢が見掛けたという怪しい人影が、館周りまで来ているとしたら、ロビーで待機していた面々が何か気付いたかもしれない、あるいは何らかの実害が出ていないとは言い切れない――そんな想像を加藤が口にしたこともあり、急いだのだが。
「その巾着袋、きれいね。手作り?」
「うん。合宿に持って行くのはどうかなって思ったけれど、持っていると安心するから」
「実際、おかしな事件が起きたから、そういう精神安定剤的なアイテムはあるにこしたことはないわ」
ロビーでは、和やかな日常トークがなされていた。といっても喋っているのはほぼ女子三名で、男性陣は相づちを打つ程度のようだが。
「実光先輩の言う通りなんです。けど、つい、紐を触りすぎて、ほらここなんか黒く」
「――あら、お帰りなさない」
三人の帰還に実光がようやく気付いて声を上げると、残りの待機組もそれぞれ「お疲れ様です」「どうでした?」と反応する。
「ここは平和そうで何より。いや、嫌味でも何でもなく、本気でそう感じたからついつい、眺めてしまったよ」
加藤はまずそう答えてから、探索結果を報告した。屋上に凶器らしき物は見当たらなかったことに続き、力沢が人影のような何かを目撃した一件を伝える。
「何それ、コワ」
柳沢が真っ先に反応する。身震いが来たのか、両腕で自分自身を抱きしめるポーズまでする始末。
「幽霊とかそう言うんじゃないから……と思う」
力沢は目撃者とは言え、確証はなさそうで何とも頼りない。
「ばかばかしいが、まず基本的なとこを押さえさせてくれ。僕らが上にいる間に、誰も外に出なかったね?」
「もちろんよ」
部長の質問に副部長が即答する。
「誰がこんな時間に、好きこのんで。雨はだいたい上がったみたいだけど」
「それじゃあ、獣が通り抜けたとかは? 分からないかもしれないが、鳴き声や気配がしたというのでもいい」
「え、野生生物が懐中電灯を持っていると?」
多家良がびっくりしたように目を大きく開いて、聞き返す。
「そうじゃない。力沢君が目撃したのは、懐中電灯で照らした瞬間のことだったんじゃないかと考えたんだよ。そこそこ大型の獣なら眼が光を反射して、逆に懐中電灯でも持っているかのように見えたんじゃないかってね」
「あ、そういう……すみません。でも、動物の気配や鳴き声はなかったと思います」
多家良が「ねえ」と同意を求めると、中谷を始めとする一年生部員が頷いた。
「他の人は?」
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